1 本年6月19日、厚生労働省の「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」において、報告書が取りまとめられ公表された。
2 報告書は、今後の両立支援制度の基本的な考え方として、すべての労働者の「残業のない働き方」の実現を目指すことを表明している。仕事と育児・介護の両立を妨げている最大の問題は長時間労働であるため、この基本方針自体は評価できる。しかし、報告書は、「残業のない働き方」実現に向けての具体的な提案はない。むしろ、政府は、裁量労働制の対象拡大の検討や、兼業・副業を推進するなど、その施策に一貫性がない。
実質賃金の減少が続く中、労働者は生活の確保のために、育児・介護休業を躊躇せざるを得ず、長時間労働をも余儀なくされている。厚労省の調査によれば、労働者が育児休業制度を利用しなかった理由として、「収入を減らしたくなかったから」との回答が最も多い。大幅な賃上げ、長時間労働の規制、雇用の安定に加えて、公的保育や社会福祉の充実などが両立支援においても欠かせない。
3 報告書では、子の年齢に応じた両立支援についての提案もなされているが、制度の創設や拡充だけでは、両立を実現することはできない。
現在も仕事と育児・介護両立のため制度が一定整備されているものの、男性の育児休業取得率は約14%に留まり、その取得期間も約5割が2週間未満である。女性労働者の介護離職も後を絶たない。依然として女性に家事労働が集中する傾向が見られる。育児・介護休業が促進されていない大きな理由として、制度を取得しづらい雰囲気が挙げられる。周囲の労働者が長時間労働に晒されている中、育児・介護休業を取得することが容易ではないというのが実態である。両立支援のためには、すべての労働者の長時間労働からの開放、職場における理解の促進、代替要員確保のための厚労省の支援策の拡充が不可欠である。
4 転居を伴う配転命令は、育児や介護に重大な影響を与える。転勤する労働者だけでなく、その配偶者や家族にも大きな生活の変化をもたらす。ところが、報告書では、今後の両立支援に向けて、転勤命令についての十分な検討がなされていない。
裁判所では、配転命令の有効性について、いまだに東亜ペイント事件最高裁判決の判断枠組みを用いている。転勤による育児や介護に生じ得る支障の有無や程度に関して、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」に該当するかについて、業務上の必要性と比較衡量され、労働者に対して厳しい判断が示されることが多い。仕事と育児・介護の両立のためには同最判の枠組みからの脱却が必要である。
すべての労働者に対する転勤に関する意向の聴取及び尊重義務を事業主に負わせるとともに、育児や介護を困難とするような転勤命令への厳しい法規制を具体的に検討すべきである。
5 日本の仕事と育児の両立支援に関する政策は世界的にも大きく遅れており、両立支援のための政府の本気度が問われている。仕事と育児・介護の両立は、雇用社会や家庭生活に不可欠である。職場および家庭におけるジェンダー平等の実現も急務である。
民主法律協会は、真の意味で仕事と育児・介護の両立ができ、誰もが互いにケアしあい、尊重し合う社会の実現を目指し、積極的に声を上げ続けていくことを宣言する。
2023年8月26日
民主法律協会第68回定期総会