2022年5月11日
民 主 法 律 協 会
会長 萬井 隆令
1 はじめに
厚生労働省は2022年3月30日、「多様化する労働契約のルールに関する検討会」の報告書(以下、報告書という)を公表した。
民主法律協会では、既に、2021年12月9日、「無期転換ルールの見直しに関する意見書」を公表し、無期転換ルールの施行後の無期転換ルールの認知・行使状況、これに関連する不当な雇止めや無期転換後の労働条件の悪化などが多発している現状を踏まえ、常用雇用の原則に基づいて見直すべきであることや求められる法規制内容についての意見を述べた。しかし、報告書は、指摘した種々の問題点の根本的解決はおろか、問題点の是正を積極的に行おうともしないもので、実質的にみて現状追認に等しい内容となっている。
以下、報告書の問題点を述べるとともに、無期転換ルールの趣旨と実態に鑑み最低限法案に盛り込むべき点について意見を述べる。
2 常用雇用を原則とすることの確認
業務の性格・内容が継続するものである限り、それを遂行する労働者の労働契約に期間の定めをする必要も合理的理由も存在しない。労働契約に期間を定めること(有期雇用)は業務が一時的・臨時的な場合にのみ例外的にそれに対応して認められるべきもので、労働契約は期間の定めのないとする常用雇用を原則とすべきものである。報告書にはその認識がないことが根本的に問題である。
有期労働契約を更新しながらも雇止めされた場合、労働者は、経験・技術等積み上げてきた職能も労働条件もリセットされ、転職の可能性も狭まり、自己実現も図りにくくなるなど多大な不利益を被ることになる。雇用を安定させ、家族を含めた労働者の生活を維持・向上させるためには、無期労働契約による雇用(常用雇用)が原則でなければならず、有期労働契約はあくまで必要やむを得ない例外と位置付けられるべきである。
3 無期転換権を希望する労働者の転換申込機会の確保
報告書では、無期転換ルールが労働者に知られていない現状に鑑み、無期転換申込権が発生する契約更新のタイミングごとに、使用者が労働者に対して労働契約法18条に基づく無期転換申込みの機会の通知をすることが適当としている。
しかし、このような措置では労働者が無期転換権を行使できない状況は解消され得ない。多くの労働者は無期転換ルールという言葉を知ったとしても、権利行使によって労働者が得られるメリットが判らないし、逆に、権利行使によるデメリットがあるのではないかと不安に感じている。また、どのように行使してよいのか判らない。自ら使用者には言いにくいという事情もある。
これらを解消するために、まず、有期労働契約と無期労働契約の相違、特に、無期転換すれば解雇権濫用法理の規制(労契法16条)を受け、容易に職を失うことがなくなること(雇用が安定すること)を厚労省が広報するとともに、その明示を使用者に義務づけるべきである。無期転換権を行使したことを理由とする不利益取扱いは受けないことを法文上明記すべきである。そのうえで、無期転換申込権が発生する契約更新のタイミングごとに、労働者に無期転換権を行使するか否かの意向確認を行なうことを使用者に義務付けるべきである。
4 無期転換前の雇止め等
報告書では、無期転換前の雇止め等、無期転換回避策をとられるケースがある現状に鑑み、不更新条項の有無および内容の労働条件明示の義務付けや契約途中に更新上限を設定した場合の理由の説明の義務付けを図るべきとしている。
しかしながら、合理的な理由がないにもかかわらず、更新上限を無期転換権発生前までに設定することは、実質的に無期転換ルールを無にするものである。更新上限の設定は「それ自体としては違法になるものではない」という報告書は、無期転換ルールの理解を誤っている。当該部分は直ちに削除すべきである。
次に、更新回数・期限などを設定する場合には、使用者は労働者に対し、その理由も含め明示することを義務付ける必要がある。理由を明示しない場合または明示の内容に合理的な理由がない場合には、当該上限設定は無効とすべきである。
さらに、報告書は、無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対する対応を、不利益性の判断が難しい等の理由で立法化を見送っている。しかし、無期転換権を行使すると不利益になる(可能性がある)のであれば、労働者がこれを行使できなくなるのは必至であり、また、無期転換後の労働条件が「別段の定め」により著しく低い条件が設定されていれば、そもそも権利行使など不可能となる。無期転換ルールを十全なものとし労働者の雇用の安定を図るためには、本来的には、無期転換後の労働条件は転換前の労働条件を下回ってはならない旨の規定を設けるべきである。
なお、無期転換権を行使したことを理由とする不利益取扱いの禁止を法律に明示すべきである。そのような判断は、現在も労基法3条、労組法7条1項、男女雇用機会均等法等の種々の法律において行われており、躊躇すべき理由はない。
5 通算契約期間およびクーリング期間
報告書では、無期転換申込権の発生に必要な通算契約期間が5年とされていること、6か月のクーリング期間が設けられていることについて、有期労働契約の反復更新による濫用的利用を防止する必要があるとしつつ、制度の安定性も勘案して現時点で制度枠組みを見直す必要は生じていないと結論付けている。
しかし、労働契約においては無期労働契約が原則でなければならず、有期労働契約は、一時的・臨時的な業務に対応するために例外的に認められるべきものであり、5年の上限はもはや一時的・臨時的な雇用とはいえない。長引くコロナ禍で非正規労働者の失業や労働条件の低下等が社会問題化している現状も踏まえれば、やはり5年は長すぎるといわざるを得ず、通算期間は3年以下にすべきである。
また、報告書では、クーリング期間は単に無期転換ルールの適用を阻止するための脱法的な期間と位置づけられているのであり、その存在は不合理であり、廃止すべきである。
6 無期転換後の労働条件
報告書では、無期転換後の労働条件については、「別段の定め」により転換前より不利な処遇としている事例があることや、無期転換者と従来から無期契約である労働者との間不合理なの待遇の差が生じていることを認めながら、前者については就業規則の合理性判断の問題、後者については原則として労使自治に委ねられるものだとして、留意点の周知を提唱するだけで、立法的措置を必要とは述べてない。
しかし、無期転換によっても労働条件が改善しない、むしろ低下するといった事情が無期転換申込権の行使の促進に大きな障害となっている。無期転換後の労働条件は転換前の労働条件を下回ってはならない旨の規定を設けるべきであるが、少なくとも、「別段の定め」による労働条件の設定については、労契法9条、10条の規制に服することを条文上も明記すべきである。
なお、無期転換労働者とその他の無期契約労働者との間でパート・有期法8条、9条と同様の規制を設け、差別的な取扱いおよび不合理な待遇の差を法律で禁止すべきである。
7 有期雇用特別措置法に基づく無期転換ルールの特例
有期雇用特別措置法は、高度な専門的知識等を有する有期雇用労働者(第一種)および定年後引き続いて雇用される有期雇用労働者(第二種)を対象として、一定の期間内に完了することが予定されている業務に就く期間(10年が上限)は、無期転換申込権が発生しないとする。
報告書では、同法の特例のために雇用が進んでいる面もあり、特に高齢者に関しては意義が大きいと評価したうえ、同特例についてさらなる周知をすべきと結論づけている。
しかし、2020年度時点で第一種の認定は1件とニーズがないことが明らかである。また、第二種の高齢者雇用に関しては、高年法に基づく継続雇用制度のもとでの雇止めや定年後再雇用における労働条件の著しい低下などの問題事例が多発している。年金の支給率も低下している状況であり、今後高齢者雇用がさらに増加していくと考えられることからすれば、高年齢労働者の地位の安定を図ることが最優先課題であり、地位の不安定さを助長する特例は廃止すべきである。