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政府は、2021年4月23日、新型コロナウイルス感染症のワクチンの予防接種業務に係る人材確保のための特例措置として、看護師及び准看護師が行う医療関連業務のうち、予防接種法に基づく新型コロナウイルス感染症のワクチンの予防接種業務に係るものについて、労働者派遣を解禁する省令を公布・施行した。
政府は、自治体でのワクチン接種を行う看護師等の人材が不足しており、これを確保する必要があることを労働者派遣解禁の理由とする。
確かに現在、新型コロナ感染拡大の影響による医療体制の逼迫により、看護師の人手は不足しており、自治体のワクチン接種業務に係る人材確保の必要性があることは否定できないが、その解決方法が労働者派遣の解禁であるということは断じてない。
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そもそも、看護師の人材不足が生じている原因は、かねてから看護師が過酷な労働環境に置かれ、他方でそれに見合った待遇を受けていないことにある。新型コロナの感染拡大に伴い、看護師が置かれている労働環境はさらに悪化している状況にある。人材を確保し人手不足を解消するために行うべきは、何よりも、看護師の労働環境・待遇の改善である。
にもかかわらず、労働者派遣の形態をとれば、労働者に支払われる賃金は、自治体が派遣会社に支払う派遣料金から派遣会社のマージンを差し引いた金額となり、直接雇用の場合に自治体が労働者に支払う賃金より低額になることは明らかである。また、労働者派遣は指揮命令を行う者が雇用責任を負わない間接雇用であるため、雇用の不安定さがつきまとうとともに、感染予防措置等の安全配慮義務や労災責任の所在が不明確となりやすい。
さらに、このような看護師の労働環境・待遇の悪化を招くことからすれば、労働者派遣が人材確保の手段として有効であるかも疑わしい。
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また、新型コロナワクチンの予防接種業務は、まさに国・自治体の公的責任として行うべきものであり、住民が安心して予防接種を受けるために国・自治体が接種計画樹立から、ワクチンの移送、現場での接種、副反応への対応、公的記録保存の事後業務に至るまで全面的に責任を持つべきである。しかし、看護師の労働者派遣を解禁すれば、労働者派遣においていかなる労働者を雇用し、派遣するかは雇用主たる派遣会社の権限かつ責任で行われるものであるため、自治体が同業務に携わる看護師について雇用責任も負わず、選定も行えないこととなり、予防接種業務について全面的な責任を負わないこととなる。
そもそも、看護師業務について労働者派遣が禁止されていたのは、患者の生命にかかわる医療や福祉に従事する看護師は、チーム医療・福祉におけるチームの一員として他のスタッフと日々コミュニケーションをとりながら働く必要があり、雇用が不安定になり病院等が直接雇用責任を負わない労働者派遣ではこのようなチーム医療に支障を来すおそれがあるところにある。そして、自治体における予防接種業務においても、定期(一類疾病)の予防接種実施要領において予防接種を行う際に医師2名を中心として看護師、保健師等の補助者2名以上及び事務従事者若干名を配した班を編制してこれを実施することとされるなど、チームで実施に当たることが予定されている。他方で2015年4月1日から2016年3月31日までに6168件のミスが発生する(第10回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会資料2)など予防接種において一定のミスが生じうる。したがって、住民の生命・安全に関わる予防接種業務においても、その安全のため医師、看護師、保健師等のチームでコミュニケーションをとりながら業務を行う必要があり、予防接種業務に労働者派遣を解禁することは、予防接種業務におけるチーム医療・福祉、住民の生命・健康の保持に支障を来すことになる。
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さらには、労働者派遣において対象業務が拡大されてきた歴史に鑑みれば、ワクチンの予防接種業務の労働者派遣解禁がさらなる看護師業務全体の労働者派遣解禁につながるおそれもある。
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本省令改正については、労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会において2021年4月9日及び同月13日という短期間のわずか2回の審議のみで承認され、行政手続法上、省令改正に必要とされる意見公募について緊急性を理由に省略された。上記のように極めて問題の多い内容の制度について、国民の意見を十分に反映させることなく拙速に導入されたこともまた極めて問題である。
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以上のとおり、ワクチンの予防接種業務における看護師の人材確保のために行うべきは労働環境・待遇の改善であり、同業務についての労働者派遣の解禁は、むしろ労働環境・待遇の悪化を招くとともに、住民サービスの低下にもつながるものであるため、当協会はこれに強く反対するとともに、国民の意見を反映させることなく拙速な手続で導入したことについて抗議する。
2021年5月10日
民 主 法 律 協 会
会長 萬井 隆令