近年、トヨタ自動車や三菱電機といった日本を代表する大手企業においても若手社員が上司のパワーハラスメント(パワハラ)を原因として相次いで自死している。厚生労働省の総合労働相談コーナーには、2018年度に112万件の労働相談が寄せられているが、そのうち民事上の個別労働紛争相談(約27万件)の約3割がいじめ・嫌がらせの相談となっている。パワハラは労働者の人権を侵害するものであるばかりか、人材不足にあえぐ企業の経営面からも労働生産性をさらに低下させる原因として、社会問題化している。
かかる社会情勢も受けて、2019年5月、職場のパワハラに対する事業主の措置義務を定めた改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が成立した。2020 年6月1 日の施行を前に、労働政策審議会雇用環境・均等分科会において同法の事業主の措置義務を具体化する指針(パワハラ指針)が検討され、2019年12月23日、素案について「おおむね妥当」として厚生労働大臣に答申がなされた。
パワハラ指針は、パワハラ防止法の適用範囲と企業の防止措置内容を具体化する重要なものである。しかし、労政審で答申がなされたパワハラ指針は、経済界への配慮に偏重して同法の適用範囲を矮小化し、また措置義務の内容を相談窓口の設置等にとどめる極めて不十分なものとなった。
まずパワハラの定義について、「優越的な関係」等について厚生労働省の既存の定義よりも限定し、しかも「パワハラに該当しないと考えられる例」を挙げ、事案によっては十分にパワハラに当たるものを例示するものとなっている。このようにパワハラ指針は、むしろパワハラを許容し、助長しかねない危険を有する内容である。
冒頭に挙げたトヨタ自動車・三菱電機の各事件当時も、トヨタ自動車には相談窓口が4つあり、三菱電機にも相談窓口はあった。単に相談窓口を設置するだけではパワハラ被害を防止できず、適切な相談窓口の在り方まで指針で定められなければならない。その他、パワハラ被害防止のためには全労働者への研修の義務付けや、加害者の厳正な処分及び処分例の周知徹底、相談者の希望に配慮した解決策を講ずること等の措置も規定されるべきである。
一方、2019年6月、日本も賛成して国際労働機関(ILO)が採択した条約は、適用対象が「職場に関わる人全般」と幅広く、法律によるハラスメントの全面禁止を求めるものである。ハラスメント行為自体を法的に禁止することで、加害者や企業の損害賠償責任がより明確になり、高い抑止効果が期待できる。パワハラ防止法の附帯決議でも与野党が全会一致でこのILO条約の批准に向けて検討を行うことを決議した。パワハラ防止法を制定し、またILO条約に賛成して国際社会での体面を保ちながら、国内の運用で規制を骨抜きにすることは、決して許されない。
民主法律協会は、パワハラ被害を根絶するため、「パワハラに該当しないと考えられる例」の全面削除を含むパワハラ指針の抜本的な早期改訂と、ハラスメント行為自体を法律で禁止するハラスメント禁止法の早期の制定を求める。
2020年2月15日
民主法律協会2020年権利討論集会