民 主 法 律 協 会
会 長 萬井 隆令
橋下徹・大阪府知事は、廃止を検討している府立国際児童文学館の館内の様子を把握するとして、職員や利用者の同意を得ることなく、秘密裡に、私設秘書にビデオで撮影をさせていた。さらに、同文学館以外の7つの施設でも、同様の秘密録画(隠し撮り)を実施していたという。
そもそも、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由が憲法13条によって保障されていることは、最高裁判所の判決でも確認されているところである(最高裁判所大法廷昭和44年12月24日判決)。橋下府知事が行った秘密録画(隠し撮り)は、憲法で保障された個人の権利を侵害するものとして厳しく非難されるべきである。
さらに、大阪府個人情報保護条例7条1項は、「あらかじめ個人情報を取り扱う目的を具体的に明らかにし、当該目的の達成のために必要な範囲内で収集しなければならない」と定め、同条2項は、個人情報は「適法かつ公正な手段により収集しなければならない」と定め、同条3項は、個人情報を収集するときは、原則として、本人から直接収集しなければならないことを定めているところ、橋下府知事の行った秘密録画(隠し撮り)は、これら府条例の定めにも明確に違反するものである。個人情報の適切な管理と、不当な収集を禁じた同条例の執行に責任を負うべき機関の長である府知事が、率先してその条例を踏みにじり、府民の個人情報を侵害することは、法令に基づく行政という法治国家の根本原則に背くものであって、まことに許し難い。橋下府知事は、府議会での放映も準備していると発言したが、違法に収集した個人情報を開示することは、違法行為を重ねることにほかならない。放映は認められないし、撮影したデータをただちに廃棄すべきである。
また、橋下府知事は、「民間なら当たり前」と述べたと報じられているが、労働省「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年12月)において、使用者が職場内で労働者をビデオカメラ等でモニタリングを行う場合には、原則として「労働者に対し、実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に通知するとともに、個人情報の保護に関する権利を侵害しないよう配慮する」ことが求められており(同指針第2・6・(4))、民間企業においてもビデオによる隠し撮りは原則として許されないのであって、橋下府知事の発言は不見識も甚だしい。それのみならず、府知事という社会的影響力の大きい立場にある者の発言により違法行為が助長されるおそれも強いのであるから、橋下府知事はただちに誤った見解をあらため、発言を訂正すべきである。
そもそも、秘密裡にビデオカメラで「隠し撮り」することによって、職員の勤務状況を監視しようという発想自体が、個人情報保護の重要性や労働者のプライバシー保護に対する配慮をまったく欠如させた前近代的なものであり、雇用分野においても民間に率先してその模範たるべき地方公共団体としておよそあるべき姿ではない。
以上のとおり、職員や利用者の事前の同意を得ることなく、ビデオにより監視・状況把握を行うことは違法であり、今後、同様の行為を繰り返さないことを強く求めるものである。
なお、今回の橋下府知事による「隠し撮り」は、もっぱら、府立国際児童文学館の廃止という橋下府知事が自己のポリシーとしている施策を有利に推し進めるためではないかと強く疑われる。撮影者は橋下府知事の私設秘書とのことであり、府知事の施策にとって都合の良いシーンばかりが撮影されている可能性も否定できない。個人情報やプライバシーの侵害とその公表という恫喝によって職員を支配・抑圧するとともに、センセーショナルな言動によってマスコミの注目を集めて自己の施策をすすめようとする橋下府知事の行政手法そのものが非難されるべきである。
2008年9月19日