2015年7月8日
民主法律協会
会長 萬井 隆令
- 本年(2015年)夏に、来年度から使用される中学校の教科用図書(教科書)の採択が予定されている。
教科書採択は、地方教育行政法により学校を設置する教育委員会の権限とされ(23条6号)、小中学校等(義務教育諸学校)については、採択地区を単位として教育委員会が採択を行う。各教育委員会は、子どもの学習権保障と教師の教育の自由を尊重するため、公正に教科書採択を行う責務を負っている。
ところが、近年、手続の公正に疑義のある教科書採択を行う例が発生している。東大阪市では、2011年の中学歴史・公民教科書の採択において、従来3社だった推薦を4社として、現場の教師による「学校意見」でほぼ最低評価だった育鵬社の教科書を推薦に含めたうえ、公民で育鵬社の教科書が採択された。推薦段階で、従前と異なる不透明な取扱いがなされており、手続上不当な圧力が働いた可能性がある。 - 育鵬社版教科書は、自由社版教科書と並び、安倍政権の改憲を見据えた「教育再生」を後押しする内容となっている。
育鵬社版及び自由社版の公民教科書では、基本的人権保障の原則より人権制約や義務が強調され、国民主権の原則よりも「天皇」の役割が強調され、平和主義の原則よりも自衛隊の活動など軍事的対応の必要性が強調されるなど、日本国憲法の原則について誤った理解を生みかねない。
同じく、育鵬社版及び自由社版の歴史教科書では、アジア諸国を蔑視する視点で記述されており、幅広い視野で国際協調の精神を養うことに逆行しかねない。
そのため、いずれに対しても、多数の有識者・父母・教師から強い批判の声が上げられてきた。 - 日本国憲法は、国民に学習権を保障し、特に子どもの学習権を充足させるべく、教育を受ける権利を保障している(憲法26条)。学習権は、子どもが自由で独立した人格と価値観を持ち、民主主義社会を構成する個人として成長・発達することを保障するために重要な基本的人権である。教育基本法も「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成を教育の目的としている(同法1条)。
教育は、子どもの自主的・自律的な人格の成長を目的として行われなくてはならず、一方的な見解を教え込んだり、正しい価値観は一つだけと誤解させる教育を強いるような公権力の介入があってはならない。そのため、教育基本法16条は、「教育への不当な支配」を禁じている。
そして、子どもの個性に応じた教育を実現するためには、直接に子どもと人格的接触を図る教師の専門性に鑑み、教育の具体的内容・方法については、個々の教師の判断が尊重されねばならない(教師の教育の自由・憲法23条)。 - 日々授業で使用される教科書は、子どもの知識の蓄積・意見形成、ひいては子どもの成長・発達に大きな影響を及ぼすものである。
公正な教科書採択にあたっては、民主主義社会を構成する個人の成長発達のため、子どもの学習権が保障されたことに鑑み、教科書の内容が、一方的な価値観を子どもに押しつけるものでないかどうか、基本的人権の尊重・民主主義・平和主義といった日本国憲法の原則を、より深く理解させるものであるかどうかが十分考慮されなければならない。
また、現場の教師の選択を尊重することが、手続の公正上も重要である。実際に、長年にわたり、教育委員会は、各学校の教師の意見を尊重して、教科書採択を行ってきた。 - 本年の中学校教科書採択において、不透明・不公正な手続を繰り返すことは許されない。各教育委員会におかれては、次の各点に留意し、公正な採択手続を徹底されるよう要望する。
① 教科書採択においては、現場の教師の意見を尊重するとともに、都道府県教育委員会が開催する教科書展示会の参加者意見などを十分吟味すること。
② 教科書の内容については、日本国憲法の原則をより深く理解させるものかどうかを考慮し、憲法原則や歴史認識に誤解を生みかねない教科書を採択しないようにすること