橋下徹大阪市長は、2012年5月23日、大阪市職員の政治活動を国家公務員並みに厳しく規制し、違反者には刑事罰を科す旨の条例案を7月議会に提出する方向で検討することを明らかにした。
しかし、かかる条例は、職員の憲法上の権利を侵害するだけでなく、公務員の人権保障を拡大しようとする世界的な流れにも逆行し、地方公務員法制定の経緯を無視するものであり、到底容認できるものではない。
人は誰でも、ある時の社会や政治の在り方に、不満や異論を持つことがあり得る。それを他の誰かに伝え、共感を得られればさらにそれを広げ、望ましい社会・政治の在り方を求める。ただ、他の人が異なる意見を持つことも当然あり得ることで、その場合には、政治的な議論に発展する。それらはきわめて自然なことであり、それゆえに、憲法上すべての人に等しく思想信条の自由・表現結社の自由、そして政治活動の自由が基本的人権として保障されている。公務員といえども1人の市民であり、各人がそれぞれの思想信条を持つことはいうまでもなく、政治活動の自由もまた保障されなければならない。
「公務員の政治的中立性」といわれることがあるが、誰もが思想信条の自由を持つ以上、政治的意見が分かれることは不可避であって、人格的に「政治的中立」ということはあり得ない。重要なことは、公務員が業務を遂行する場合に、相手方の政治的意見や立場によって業務の内容や順序、優劣などを変えてはならないということ、つまり公務遂行の際の政治的中立性の維持である。
国家公務員法102条1項、人事院規則14-7(以下「国公法102条1項等」という)は公務員の政治活動を禁止しているが、その本来の趣旨は、国家権力を行使する権限を有する公務員が、その立場を利用して他者に自らの政治的見解を押し付けることを禁ずることである。その趣旨を超えて、同法が、例えば公務員個人の政治的意見の表明や、職務時間外に公務員としての立場を離れて行うビラ配布に対しても適用されるとすれば、過度に政治活動の自由を規制するもので、憲法第21条第1項に反すると言わざるを得ない。
国際的にも民主主義国家においては、①勤務中とそれ以外を区別し、勤務時間外については公務員であろうとも一定の政治的活動を認め、②職員の地位や権限に応じて規制の程度に差を設け、③規制違反に対する制裁は懲戒処分にとどめることが通例となっている。 日本の現行法のような包括的な公務員の人権制限は、表現の自由を保障する国連の自由権規約第19条ならびに政治活動の自由を保障した同第25条に違反する。2008年には国連自由権規約委員会が、日本政府に対し、国家公務員法から表現の自由および政治に参与する権利に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである旨勧告を行っている。
およそ公務員であれば地位も時間も問わず一切の政治的活動を制限し、違反者には刑罰を科すという現行の国公法102条1項等は異常という他ない。
さらに、地方公務員法は、既に存在していた国公法に倣わず、現業公務員の政治活動は自由とし、非現業の地方公務員の政治活動を禁止はするものの、違反に対して刑罰は科さずに懲戒処分のみとした。
公務員の政治活動に関する国際的動向のみならず、国内法の体系に照らしても、今、違憲の疑いの濃い国公法102条1項等に倣おうとする橋下市長は、言葉どおりの意味において「反動」という他はない。
我々は、違憲かつ国際法規にも違反する条例制定に強く抗議し、橋下市長に制定を断念するよう強く求める。
2012年6月8日
民 主 法 律 協 会
会 長 萬井 隆令