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- 事案の概要
残業代を就業規則の変更によって「付け替え」る行為について、あまり判例がないところでもあるので、注目すべき判決として報告する。
平成20年の郵政民営化の際、郵政公社の専属下請の輸送会社32社のうち約半数の14社が選別され、それらが最大手であった日本郵便逓送(日逓)に吸収合併される形で「日本郵便輸送」という郵便事業会社の子会社に一本化された。その際、全港湾阪神支部の組合があることを真の理由として子会社化から外され、解散した近畿高速郵便輸送、大阪エアメールの従業員(全港湾阪神支部組合員)13名は、現在、実質の親会社である郵便事業会社その他に対して、法人格否認の法理を軸にして裁判、労働委員会を闘っている。この事件については、大阪地裁、大阪府労働委員会において組合員たちの請求が斥けられたため、大阪高裁、中労委に不服申立てをして、巻き返しを図っている(大阪高裁では本年7月29日に判決言渡し期日が指定されている)。
一方、本件の原告となっているのは、全港湾阪神支部の組合員数が比較的少なかったことから、上記2社とは異なり、子会社化された14社の1社として残った旧大阪郵便輸送の組合員である。旧大阪郵便輸送が吸収された旧日逓では、労基法上残業代の基準賃金とされなければならない無事故手当(事故がなければ定額で支給される)、運行手当(月額定額で支給される)が旧日逓の組合との労使協定によってその基礎とされていなかった(労基法違反の労使協定である)。平成21年1月、旧大阪郵便輸送は旧日逓に吸収され、旧日逓の給与規定を基本にし、大阪郵便輸送の従業員に不利益にならないよう経過規定をおいた新就業規則が制定された(就業規則変更1)。その際、旧日逓における前述の無事故手当等を基準賃金に含めない労使協定や運用については、旧大阪郵便輸送の全港湾阪神支部組合員に対して何らの説明もなされなかった。なおその後、平成21年2月に旧日逓が日本郵便輸送に吸収されている。
旧大阪郵便輸送その他の会社が旧日逓に合併され就業規則変更1がなされた平成21年1月以降、旧大阪郵便輸送の全港湾阪神支部組合員に対し、合併前の旧大阪郵便輸送時代には正当に支払われていた残業代が、旧日逓の運用(無事故手当の半分は割増賃金とする)により支払われないこととなった。阪神支部組合員がこの旧日逓ないし日本郵便輸送の残業代の計算方法は労基法37条に違反して違法であると労基署に是正申告をしたところ、労基署は日本郵便輸送の扱いを違法として是正指導をし、日本郵便輸送もこの指導に従って一定の時期について正当に支払われるべき残業代との差額を支払った。しかしその間の平成21年4月、日本郵便輸送はあろうことか「無事故手当、運行手当の半額は残業代割増賃金の支払いとする」という新たな就業規則変更を行った(就業規則変更2)。つまり、違法な残業代不払いを形式上合法化するための姑息かつあからさまな「付け替え」を行ったのである。
平成21年11月、旧大阪郵便輸送の全港湾阪神支部組合員2名が原告となり、「付け替え」をした就業規則が労基法37条に違反し、またこの就業規則変更は不利益変更にあたり無効であるとして、未払い残業代と付加金を請求する訴訟を大阪地裁堺支部に提訴した。
- 争点と裁判所の判断
@ 無事故手当等の半額を割増賃金とする就業規則は労基法37条に違反するか
原告らはそもそも無事故手当(無事故であれば定額で支払われる)や運行手当(定額で支払われる)という手当の性質から、職務手当や営業手当など割増賃金性が肯定されやすい手当とは違い、その半額が割増賃金であることを認めると、家族手当や通勤手当等以外は全て割増賃金の基準賃金に入れなければならないとする労基法37条の趣旨を没却すると主張した。しかし裁判所は、無事故手当等についても、その半額が割増賃金ということであれば、割増賃金とそうでない部分が明確に区別でき、このような扱いも労基法37条には違反しないという、極めて形式的な判断を行った。しかも、原告らがもっとも強調していた、違法な残業代不払いを「付け替え」によって脱法的に形式上合法化したという、姑息かつあからさまな手段をとった違法性については、何らの判断も示さなかった。本判決ではこの点が最も問題である。
A 旧大阪郵便輸送が旧日逓に吸収合併された際に、旧日逓における労働条件(無事故手当等の半額を割増賃金とする扱い)が旧大阪郵便輸送の従業員の労働条件となるか
この点については旧大阪郵便の労働条件を旧日逓が引き継ぐのが原則であり、旧日逓の運用については旧大阪郵便の従業員には何ら説明していないのだから、原告らが吸収合併の際の労働条件の変更に合意したこともない、と判断した。
B 就業規則変更1と就業規則変更2が一体のものとして利益変更となるのか、別異のものとして就業規則変更2が不利益変更となるのか
この点は、日本郵便郵送としては、就業規則変更1と2は一体である、これらを一体と見れば原告らにとっては実質有利な変更である、原告らは就業規則変更1による利益だけ享受して就業規則変更2による不利益を甘受しないということであり不公平である、など縷々主張していた。しかし判決は、就業規則変更1の段階で就業規則変更2を予定していたと認定されるものの、就業規則変更1の際に、2の変更について旧大阪郵便輸送の従業員に対して何らの説明もしていなかったとして、就業規則変更1と2を一体のものと解することはできないと判断した。結論としては正当な判断であるが、しかしこのような枠組みをとられて判断されると、もし就業規則変更1の段階で就業規則変更2の内容である「付け替え」について説明をしていた場合には、このような「付け替え」も有効となる余地があることになり、極めて不当である。
C 就業規則変更2に合理性はあるか
日本郵便輸送側が何らの合理性を主張していないとして、形式的に合理性なしと判断した。
D 付加金請求の成否
就業規則変更1の際には旧大阪郵便輸送の従業員に不利益にならないよう経過措置をとったこと、就業規則変更1の際に就業規則変更2も一挙にしなかった日本郵便輸送の「手落ち」から就業規則変更2が無効と判断されたこと、日本郵便輸送が労基署の是正指導に従って一定未払い残業代を原告らに支払っていることなどから、日本郵便輸送に順法精神がないとはいえないとして、付加金請求を認めなかった。
- 判決の評価など
勝つには勝った。判決日直前に行われた労働法研究会(堺支部の傾向がテーマ)においては堺支部の偏った判断について議論されていたが、本件はさすがに勝つだろうと報告をしたところでもあった。しかし蓋を開けてみれば、判決で勝つには勝ったものの、判決内容は就業規則変更2について合理性の主張がないという理由で、薄氷の勝利となった。日本郵便輸送の姑息かつあからさまな「付け替え」の違法については、裁判所は何ら判断せず、また無事故手当等の割増賃金の性格をもちようがない手当についてその半額を割増賃金とする就業規則も有効であるとする、とんでもない内容であった。やはり堺支部は要注意であるということを思い知らされた。
もっとも、本件では多数の日本郵便輸送の従業員に影響が波及する可能性があり、その意味では画期的と言える裁判であることも確かである。放っておけば当然のこととしてそのまま扱われていた問題について、全港湾阪神支部の組合員が少数ながらも声を上げ、裁判まで構えたことで問題化することができた。この運動の成果については、十分に意義を確認すべきである。
本件については日本郵便輸送は当然のように控訴をしたため、原告側も棄却された付加金請求について附帯控訴をし、大阪高裁において判決内容についての上記の問題点についても是正させるよう、全力を尽くしたい
- (弁護団は坂田宗彦、増田尚、谷真介)
- はじめに
大阪地裁第1民事部(横田典子裁判官)は、平成23年5月10日、建交労の街宣活動を禁止する仮処分決定を行った。本件街宣活動は、会社から組合員に対する違法不当な攻撃が相次ぐ中、組合が会社周辺で短時間の街宣を行ったというものである。それにもかかわらず、組合の街宣活動を禁止するという本件仮処分決定は、まさに前代未聞の決定と言わざるを得ない。
- 事案の概要
本件の街宣禁止仮処分を申し立てた北港観光バス株式会社には、建交労の組合員4名が在籍しているところ、会社は組合を嫌悪し、組合員4名に対して、雇い止め、配車差別、不当配転、出勤停止処分、退職勧奨、残業代未払い、自然退職扱いなど、あらゆる違法不当な攻撃を行った。そのため、現在4件の訴訟が大阪地裁第5民事部に係属しており、新たに1件の訴訟提起と、労働委員会への救済申立をすべく準備中であった。
こうした中、組合は、3月22日から4日間、各日15分ほど会社周辺を街宣車でまわり、「北港観光バスは、労働組合を敵視し、解雇や賃金差別、出勤停止処分、さらには配置転換など不当な攻撃を行っています・・・建交労北港観光バス分会は、会社の不法・不当な組合つぶしを許さず、働く者の生活や権利を守るため、裁判闘争を含め、粘り強い戦いをすすめています。みなさんのあたたかいご支援をよろしくお願いします。」とのテープを流した。
これに対して、会社は、街宣活動及びビラ配りの禁止等を求めて、仮処分を申し立てたのである。そもそも、本件のような街宣活動に対して、仮処分を申し立てること自体が異常である。
- まさかの仮処分決定
ところが、裁判所は、会社側の主張をほぼ全面的に認め、会社周辺500メートルの範囲において、「街頭宣伝車等の車両で徘徊し、街頭宣伝車等を利用して演説を行い、あるいは放送を流すなど、債権者の業務を妨害したり、債権者の名誉、信用を棄損する一切の行為」及び「債権者の名誉及び信用を棄損する内容を記載したビラを配布する行為」を禁止するとの仮処分決定を行った(なお、組合は、会社周辺を街宣車でまわったものの、ビラは配布していない。街宣活動を行うにあたって自治会長宅に挨拶に出向き、組合ニュースを渡しただけである。)。しかも、この仮処分決定には、一切の理由が示されておらず、本件街宣活動がなぜ正当な組合活動でないのか、なぜ会社の権利を侵害したことになるのかなど、裁判官の思考回路がまったく分からないのである。
我々は、決定の前日に、組合活動の重要性などを詳細に記した主張書面や、組合員の陳述書などの書証を提出したが、このような何の理由も示されることなく不当な決定を出されたのでは、裁判官はこちらの提出書面を読んでいないのではないかとの疑念を抱かざるを得ない。
また、この仮処分決定は、労働部の裁判官ではなく、第1民事部(保全部)の裁判官による判断である。労働部の裁判官が、必ずしも労働者の権利擁護に長けているとも思えないが、このような不当な仮処分決定を行われたのでは、組合活動の意義についての理解を欠いた保全部の裁判官に、組合活動の適法性を判断させること自体も問題視せざるを得ない。
- 今後の課題と展望
近年、組合の街宣活動に対して、裁判所は組合活動に対する理解を欠いた判断を示しており、役員個人宅での街宣活動や、判決確定後の街宣活動に対しては、仮処分を認める不当決定や、損害賠償請求を認める不当判決も多く、組合活動が大きく制限されている。しかし、本件街宣活動は、組合員の権利関係が裁判所で係争中に、会社周辺で短時間の街宣をしただけであり、近年の決定を以てしても、本件仮処分決定は明らかな不当決定であり前代未聞と言わざるを得ない。
このような不当決定がまかり通るのであれば、労働組合は、憲法で保障された組合活動すら行うことができないことになりかねず、まさに労働者、労働組合の根幹を揺るがす重大な問題である。
組合は、5月20日付で仮処分に対して異議を申し立てた。今後は、弁護団、組合が一体となって、本件仮処分決定の不当性を明らかにすべく、さらなる理論武装をするとともに、抗議宣伝活動等の運動を進めていく所存である。どうか皆様方におかれましても、ご支援、ご協力を賜りますよう宜しくお願いします。
(弁護団は、梅田章二、杉島幸生、原啓一郎、吉岡孝太郎各弁護士と当職である。)
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