2010年12月号/MENU


(株)K事業所役員宅周辺街宣損賠事件報告
 ―大阪高裁での逆転勝訴判決―
別法人での雇用実態も考慮して期待権発生を肯定 
京都新聞COM雇い止め事件の報告
「え〜、そこまで言うの?!」
 ―大阪府障害者福祉事業団(金剛コロニー)
賃金削減事件の判決について


(株)K事業所役員宅周辺街宣損賠事件報告
  ―大阪高裁での逆転勝訴判決―

弁護士 徳 井 義 幸

  1. 事案の概要
     (株)K事業所は、市役所より委託を受けて家庭ゴミ等の収集事業を行っている会社である。本件は、同社従業員で組織されたOJ労組の組合員が行った役員宅周辺での街宣活動について、当該役員がこれを違法として組合員に対して損害賠償を請求したものである。
     K事業所とOJ労組間では、春闘の賃上げをめぐって労使紛争が長期化していた。OJ労組が、情報公開制度により入手したゴミ収集委託料に関する資料では、委託料収入の4割しか人件費に充てられていなかったことから、それ以外の委託料収入の使途等を追求する団体交渉を繰り返していたが、K事業所はこれに誠実に回答せず、団体交渉が中断する事態となっていた。またK事業所の非組合員らは、会社が組織する別組織に参加し、OJ組合員に対するいじめや嫌がらせを実行していた。
     このような背景のもとで、OJ労組は役員宅周辺の街宣活動を実施するに至ったものである。

  2. 街宣活動の態様・内容と不当な堺支部判決
    (1) OJ労組組合員の行った役員宅周辺の街宣活動の具体的態様と内容は、概要以下の通りであった。
    @ 街宣車を役員宅周辺の住宅街を含めて駅・市役所・商店街等に周回させながら、あらかじめテープ録音した宣伝文言を拡声器で大音量で流す。なお役員宅周辺で一番接近する場合でも20数メートルの距離があった。
     →平穏な生活を営む権利の侵害を役員は主張。
    A また、ビラも配布されたが、ビラは代表者の個人名を会社の商号より大きな文字でしかも文字囲いなどして強調したものであった。
     →ことさらに個人を攻撃する表現態様と役員は主張。
    B 宣伝内容は、「K事業所○社長は、誠意ある団体交渉を直ちに行え」「・・・労働者いじめをやめろ」「・・・不当労働行為をやめよ」「・・・委託業者としての責任を果たせ」等であった。
     →名誉毀損と役員は主張。
    C @の街宣活動は、平成19年10月17日から平成20年4月22日までの間に161回、Aのビラ配布は4回実施された。
     なお、これらの街宣活動に対して役員は仮処分の申立をなし、役員宅周辺の一定の範囲内での街宣をしない旨の和解が成立していた。当然のことながら、この和解以降については、OJ労組は和解で禁止された役員宅周辺エリア内では街宣活動はなされずエリア外での街宣活動になっている。

    (2)弁護団(徳井・横山)としては、仮処分和解前の役員宅20メートル付近での街宣については、裁判所が損賠を一定認容する可能性があるかと考えたが、その他の点については大丈夫であろうとの予測をしていた。
     ところが、堺支部は従前にない不当な判断を示し、金55万円の損害賠償を命じた。
     判決の従前にない街宣活動に対する不当な判断部分は以下の通りである。
    @ 和解前の街宣について役員宅周辺での街宣を違法としたのみならず、和解の前後を通じて、役員や家族が利用する駅、店舗、病院等の付近など労使関係の領域である職場領域を離れ、役員の私生活領域で行われた街宣をも違法要素とした。
    A 街宣に際しての役員の氏名の連呼やビラでの役員名の大文字表示等を違法要素とした。
    B 名誉毀損については真実性の要件を満たしているが、その表現態様からして正当な組合活動とは言えず違法とした。

  3. 控訴審での逆転勝訴
     堺支部の判決は、上記の点で到底納得できないと考え、大阪高裁へ控訴した。なお、新たな観点からの訴訟活動の必要を感じて、控訴審より出田幹事長の応援を頂いた。
     控訴審では、原審判決の杜撰な事実認定(テープでの宣伝文言とビラの宣伝内容は異なるのに同一視したこと、大音量との事実認定の証拠の不十分さ等)を批判すると同時に、従前の判例分析を踏まえて、原判決の異常さを批判した。控訴審は、OJ労組の証人申請を却下して判決を下したが、その内容は以下の通り原判決を完全に取り消し、 役員の損害賠償を全て棄却する逆転判決であった。
    @ 和解前の街宣には役員の平穏な生活を営む権利を侵害する態様のものが含まれている。しかし、継続時間はそれほど長くなく時間帯も夜間や早朝に及んでいない。また役員は労使紛争の第三者ではなく純粋な第三者に対比して受任すべき範囲はより広い。従って和解前の街宣は、正当な組合活動の範囲を超えた違法なものとは認められない。
    A 和解後の役員や家族が利用する駅、商店、病院等の付近での街宣は、不特定多数の利用する公共の場であり私生活の平穏を侵害するものではない。従って和解後の街宣の態様は違法ではない。
    B 街宣内容やビラの内容には役員の社会的評価を低下させる部分があり名誉毀損の成立の余地がある。しかし真実性の要件を満たしているうえ、個人名の強調についても、会社の代表者として労使交渉に誠実に対応することを求める趣旨であり、労働組合の活動として配布されているビラに通常見られる表現方法で、正当な組合活動の範囲を逸脱していない。

  4. 最後に
     大阪高裁判決は、考えてみれば普通の判決であり特に紹介に値しないかも知れないが、逆に堺支部判決に見られるように、労使関係に於ける役員の個人としての私生活の保護の範囲を、組合活動を不当に抑圧する方向で拡大する傾向のあることに対する警鐘として紹介するものである。なお、役員は高裁判決を不服として最高裁に上告しており、弁護団としては気を抜かずに頑張るつもりである。

(弁護団は、徳井義幸、横山精一)

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別法人での雇用実態も考慮して期待権発生を肯定 
 京都新聞COM雇い止め事件の報告
京都第一法律事務所 弁護士 渡 辺 輝 一

第1 事案
 
 原告の二人は、2001年6月(Aさん)、2004年5月1日(Bさん)に、京都新聞社の子会社である京都新聞企画事業株式会社(以下「企画事業会社」という)に採用された。Aさんは同社において、当初は官公庁の広報支援業務を行っており、入社2年目からは京都新聞に掲載する「記事体広告」(記事の体裁をとった広告)の作成や京都新聞社が主催するイベントの運営業務等の業務に従事した。後に入社したBさんも記事体広告の作成やイベント運営業務等に従事した。最初は6ヶ月、後には1年ごとに契約を更新する雇用形態(Bさんは最初から1年更新)でありながら、従事していた業務は京都新聞社の収益の中心となる基幹的なものであった。
 2006年4月1日、京都新聞社が事業再編を行ったことに伴い、記事体広告の作成業務やイベント運営等の業務委託は企画事業会社から引き上げられ(なお、企画事業会社自体は現在でも存続している)、新設された京都新聞COM(以下「COM」とする)に業務委託され、Aさん、BさんもCOMとの間で雇用契約を締結するようになった。そして、COMにおいて2回契約更新をした直後の2008年6月、二人は2009年3月31日付で雇い止めする旨の通知を受けた。
 申立人二人は、京都新聞労働組合に相談し、組合がこの問題で団体交渉を行うなど支援を受ける中で組合に加入し、2008年10月27日、京都地方裁判所に、2009年4月1日以降の地位保全と賃金仮払を求める仮処分の申立をし、遅れて本訴も提起した。


第2 争点と主張立証の工夫


  1. 方針
     二人の勤務実態を見れば、COMへの移籍は京都新聞社の事業再編にともなう組織図上の部署の移動に過ぎない実態が浮かび上がった。そこで、企画事業会社及びCOMでの通算の雇用期間を根拠に期待権の発生を主張することとし、二人の雇用の連続性を根拠づけるために資料を多数提出し、その連続性が京都新聞社による子会社支配によってもたらされている状況を詳細に立証した。

  2. 雇用の連続性につい
     二人が従事していた業務内容は移籍前後でほとんど変わらなかった。部署の上司や同僚も移籍前後で全く同様で、二人の給与は移籍時に増額されていた(増額の幅は在籍年数に応じて差があった)。有給休暇の日数も、移籍前後を問わず毎年2日ずつ増えており、COMの規定で契約社員の有給日数は「法の定めに従う」としていることに矛盾しており、二人の「年次有給休暇届」には企画事業会社からの通算在籍年数が在籍年数として記載されていた。また、COMは2006年6月に二人に対して企画事業会社に在籍した時期を対象期間として夏季特別手当を支給した。
     二人の契約更新を担当していたのはいずれの時期も京都新聞社から企画事業会社や京都新聞COMに出向していた幹部職員だった。毎年、契約書は作成されているものの、契約更新をする前に次年度まで続く長期の業務を指示するのが常で、手続も全く形骸化していた。契約書に雇用期間の上限が記載されたことは一度もなかった(なお、COMの契約社員規定には雇用期間の上限を3年とする規定があったが、発効したのがCOMによる雇い入れの後であり、周知徹底もされていなかったので、本件ではあまり重視されなかった)。
     二人の通算雇用期間は、Aさんが7年10ヶ月、Bさんが4年11ヶ月であった。

  3. 京都新聞社による支配について
     二つの子会社の役員はいずれも京都新聞社の役員ないし従業員であり、京都新聞COMに至っては全従業員の8割が京都新聞社からの出向社員であること等を厚く主張立証した。Aさん、Bさんはそのような出向社員から具体的な指揮命令を受けていた。
     また、京都新聞社は記事体広告の作成を「COMに業務委託をしている」としながら、実際には人件費を人数で把握して支払い、対外的な契約締結はすべて京都新聞社の名義で行い、業務に係る金の支出、業務機材類等はすべて京都新聞社のものであった。業務が企画事業会社からCOMに移管された際も、事業譲渡等は一切行われておらず、単に企画事業会社から業務委託の引き上げ、COMへの新たな業務委託が行われた。
     総じて、京都新聞社による子会社支配が壮大な偽装請負の様相を呈していた(余談だが、筆者が担当しているトステム綾部の過労死事件でも同じような企業支配の構造が見られるので、京都新聞社に特異な形態ではないと思われる)。企業支配に関する資料は、京都新聞社を相手方にして提起した不当労働行為の救済命令申立事件の中で会社側に提出させたものも多く、親会社と子会社を同時に攻める二方面作戦が奏功した。

                           
第3 裁判所の判断

  1. 京都地裁の仮処分での勝利
     京都地裁の決定は、明確な基準こそ示さなかったが、企画事業会社での二人の勤務実績を期待権発生の根拠の一部にして雇用継続に対する期待権の発生を認め、COM二対して賃金仮払いを命じた。この決定文は裁判所のホームページに掲載され、『労働判例』(981号165頁)にも掲載された。会社側は異議申し立てをしたが京都地裁はこれを退けた。
  2. 大阪高裁では一応の基準が示された
     仮処分異議に対する抗告審の大阪高裁でも二人は勝利した。決定文は雇用の連続性について踏み込んで判示し「(二人の契約更新は)別法人である企画事業会社に関するものと抗告人に関するものとがあるが、京都新聞社グループ全体の再編に伴い、同グループ内の同一の業務を担当する会社が異なったに過ぎないと評価できるほか、有給休暇や賞与の計算に当たり、企画事業会社での勤務年数も通算されていたことを総合すると、この点を重視することは相当でない。」と、雇用の連続性を認めた根拠を示した。

  3. 京都地裁判決でさらに踏み込んだ判示
     さらに、2010年5月18日にあった本訴の京都地裁の判決でも二人は勝利した。判決は雇用の連続性について「原告らは平成18年4月に企画事業会社から被告に移籍しているが、業務内容に変更はなく、勤務場所も同じ京都新聞社の社屋内でフロアが変わっただけであること、被告勤務開始時の原告らの基本給は、企画事業会社での勤続年数に応じて違いがあり、有給休暇についても、企画事業会社での勤務年数に応じて日数が決められ、被告での賞与についても企画事業会社の在籍期間をも計算対象期間として支払われていたことなどからすると、雇用契約期間や契約更新回数を考えるにあたっては、企画事業会社での勤務と被告での勤務は継続しているものと考えるのが相当である。」とした。ここでは法人の枠組みを超えて期待権が発生する基準として@業務内容の異同、A勤務場所の異同、B給与体系の連続性、C有給休暇の持ち越し状況、D移籍後の賞与計算根拠に移籍前の事情が含まれていたこと、の5つが示された。
     この判決文は日本経団連が作成している判例速報の冊子に掲載されたが、専ら契約社員規定に「3年上限」の規定があり、それにそった慣行がある等、会社が「3年ルール」を主張しているのに、雇い止めを無効とした裁判所の判断を批判しており、上記の点については関心を払っていないように思われた。

  4. 会社の控訴と和解
     会社は京都地裁の判決に対して控訴したが、同年10月14日に和解が成立し、同日付で二人が退職、解決金支払いによる雇い止め事件本体は終了した(不当労働行為の救済命令申立事件は現在も中労委に係属中)。様々な事情から金銭解決となったのは代理人として残念であるが、破格の解決金を会社に支払わせ、和解日までの賃金支払に加えて社会保険等の処理もさせ、会社都合による退職とさせたので、勝利和解であると考えている。
     
  5. 評価と今後の課題
     京都新聞COM事件は「法人の枠組みを超えた雇用継続に対する期待権」という論点について労働者の権利を前進させる成果を作ったと思っている。個別の事案ではあるが、判例において期待権が発生するメルクマールがある程度示されたことは今後の糧になると思われる。
     法人の設立が容易な現代では、筆者が見聞するだけでも法人の枠組みを悪用されて無権利状態に置かれている労働者が散見される。今後の課題は、本件の個別性を超えて基準を一般化し、多くの事例で労働者を励ます基準を作っていけるか否かだと思う。まだ成果は端緒的なものであるが、今後も全力を挙げたいと思う。




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「え〜、そこまで言うの?!」
 ―大阪府障害者福祉事業団(金剛コロニー)賃金削減事件の判決について
弁護士 岩 嶋 修 治
 

  1.  大阪府障害者福祉事業団(以下「事業団」)が、平成20年10月1日から給与規則を改定して、それまで毎月支給されていた移行時調整手当を、平成23年3月末日までに段階的に廃止することにしたのに対し、135名の職員が、大阪地裁堺支部に、就業規則の不利益変更は無効だとして、削減された移行時調整手当(未払賃金)を請求していた事件について、11月5日大阪地裁堺支部第1民事部(山田知司裁判長、新谷貴昭裁判官、甲元雅之裁判官)は、原告らの請求を棄却する判決を言い渡しました。

  2.  移行時調整手当は、事業団が、平成16年7月1日から、それまでの給与規則を改定して、基本給の中に職能給を導入した際に、給料が下がるのを補填(「現給保障」)するものとして設けられた手当で、135名の原告のうち、多い人で月額8万円代、平均すると5万円代の金額でした。
    しかし、移行時調整手当は、賞与、退職金の計算基礎には算入されないので、このときの給与改定によって、既に、原告らの多くは、生涯賃金として1000万円前後の損害を被っていましたが、このときは、訴訟まではしませんでした。
     その上に、平成20年の改定により、原告らの多くは、生涯賃金として数100万円から1000万円以上の 損害を被ることになったので、ついに平成21年3月訴訟を提起しました。

  3.  法的な争点としては、事業団は、大阪府から指定管理者の指定を受け、業務委託料により人件費を賄っているところ、大阪府から移行時調整手当廃止の指示があった場合、それに従わざるを得ないかということです(この「指示」なるものが、法的にどのような意味を持つのかが、まさに問題です)。
     労働法的に言うと、大阪府からの指示を受けて移行時調整手当を廃止したことが、最高裁判例のいう就業規則不利益変更の合理性(「高度の必要性」「内容の相当性」)がある場合にあたるかということです。

  4.  判決は、もし事業団が大阪府の指示に従わなかったら、指定管理者の指定を取り消されたり、指定を受けられなくなることもありうる、そうすると事業団職員の雇用さえあぶなくなる、他方で、原告らの給料は、同種の福祉労働者の給料よりも高いなどと言って、就業規則不利益変更の合理性を認めました。
     ただし、実際に大阪府が、もし事業団が指示に従わなかった場合、指定管理者の指定を取り消すとか、今後は指定しないとまで指示していたわけではありません(少なくともそのような証拠はありません)。

  5.  さらに、この判決の特徴は、法的判断に止まらず、つぎのような一種の政治的判断までしていることです。
    すなわち「大阪府だけでなく日本国全体が財政難に苦しんでいる中で、限られた財源を障害者福祉サービスにどれだけ振り分けるかは、国及び地方自治体の政治部門に委ねられた政策課題である」「財政難に苦しむ大阪府が近年継続して障害者福祉サービスに競争原理を持ち込むことにより、同サービスの低下を防ぎつつ支出を減少させようとしているところ、その間に、大阪府知事選挙など、民意の問われた機会があったことも当裁判所に顕著である」「今のところ、国及び地方自治体が障害者福祉サービスにより多くの財源を振り分け、現状の他の同種施設の職員の低い給与を引き上げるべきであるとの見解が国民又は大阪府民の大多数の支持を得ているとまでは必ずしもいえないように思われる」と。
     ふつう裁判所が、ここまで言うか?!

  6.  11月18日原告らのうち109名が控訴しました。
     だれか良い知恵を貸してくれませんか。

(なお、原告ら訴訟代理人は、私のほかに、岩田研二郎弁護士、成見暁子弁護士です。)

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