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関西金属工業事件
和解して職場復帰 6年半越しの裁判闘争に決着!
平成22年10月27日仙台高裁判決 
自衛官過労死事件 逆転取消判決(確定)
近畿高速・大阪エアメールの怠慢と
郵政当局の逃げを許した大阪府労委命令


関西金属工業事件
和解して職場復帰 6年半越しの裁判闘争に決着!
弁護士 古 本 剛 之

  1. 概要
     関西金属工業事件について、二つの事件が同時に和解となり、全ての裁判事件が終了した。6年半越しの裁判闘争に一つの決着が付いたのである。
     本事件は、2004年、会社が労働組合員ほぼ全員の10名を解雇したことに始まり、解雇無効の判決を得て職場復帰した後にも、執拗な嫌がらせ・不当な懲戒処分が行われたため、これに対する懲戒処分無効確認訴訟、損害賠償請求訴訟を提起し、その審理中に起きた不当な懲戒解雇に対する訴訟も提起した事件である。今回の和解によって、最後まで戦い続けた井富男氏の再度の職場復帰が果たされた。

  2. 最近の経過
     懲戒処分無効確認訴訟は、2009年9月、会社が処分をすべて撤回する形で和解終了した。その後、組合員2名に対する嫌がらせについての損害賠償請求訴訟が進められた。この事件は、1名については先行して和解したため、井氏1名についての訴訟が残された。
     また、会社は、損害賠償事件の審理が続いている2009年4月、井氏が職場で暴力をふるわれた事件を機に、逆に井氏を懲戒解雇したため、井氏より地位確認等の仮処分を提起し、2010年に認容の決定を得て、その後本訴を提起した。

  3. 本件事件の内容
     本件は、会社が、整理解雇事件の勝訴後職場復帰した組合員に対して嫌がらせを繰り返したものである。
     特に2人の上長は井氏を狙い撃ちにし、日常的に作業の指導において必要もなく怒鳴りつけたり、「なめとんのか」「頭かちわるぞ」などと言った暴言を連発したりしていた。 少しでも口答えしたり、ミスをしたりするとすぐに叩かれる、蹴られるといった暴力行為も頻繁になされた。このような暴力をふるった上長は、尋問においては、「指導だった」「触っただけ」などと言い逃れをしていた。
    仮処分事件においては、暴言の入った録音テープを証拠として提出したが、テープに入っている暴言すらも「言った覚えがない」などと否定した。

  4. 和解折衝
     裁判所での和解折衝は尋問終了後の2010年6月から始まったが、会社側と組合側の対立は深いままで、当初、復職方向での和解は無理だと思われた。和解できるとしても、損害賠償事件のみであり、解雇無効の訴訟は続くだろうと考えられた。
     しかし、7月の和解期日において、意外にも会社側は復職を認める意向を見せた。それも、嫌がらせをしていた上長とは別の部署への復帰を認める内容であった。その代わりに、復帰後の賃金カットなどの条件もつけてきた。
     このため、解雇事件の本訴も事実上進行が止まった状態となり、全面解決に向けて和解の調整が続けられることになった。
     調整すべき点はいくつかあった。復帰後の賃金カットは、整理解雇事件時に会社が出してきた変更解約告知(一旦退職して退職金を精算し、賃金カットで再雇用)と同条件になるものであった(組合員らは拒否して解雇され、訴訟になったが、他の従業員は受け入れた)。このため、退職金の精算が問題となった。また、懲戒解雇されてから復帰までの期間の身分を継続させるのか、一旦合意退職して再雇用とするのかによって、失業給付の返還の問題、年金加入期間継続の問題等、入り組んだ調整が続いた。
     組合側では、嫌がらせに対する損害賠償請求事件であるので、慰謝料(またはこれに代わる解決金)か謝罪を強く求めたが、会社側はこれについては受け入れようとしなかった。裁判所もまた、この点にこだわると和解自体が壊れてしまうと懸念し、会社を強く説得することには消極的だった。かなり悩みがあったが、職場復帰を重視することになった。そして、会社が井氏の就労に当たって、「不当な扱いを受けることのないように配慮し、従業員に対する必要な指導、助言を行うように努めるものとする」と約束することを和解内容に盛り込むこととなった。

  5. 解決
     この和解に基づき、井氏は11月16日から職場に復帰している。2度にわたって解雇を受け、裁判闘争の末に2度の職場復帰を果たした希有な例である。
     整理解雇事件から6年半続いた裁判闘争であった。その間、組合員は定年退職者もあり、半分以下に減ってしまっている。会社と組合の関係が円満になったわけではないので、復帰後もバラ色の職場とは言えまいが、再び次の裁判闘争が必要になるような事件が起きることなく働き続けられることを願うものである。
     この事件においては、大勢の方から、実に長い間にわたって支援をいただいてきたものであり、その方々に改めて感謝の意を捧げるものである。


 (弁護団は、鎌田幸夫、城塚建之、河村学、古本剛之、谷真介)

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平成22年10月27日仙台高裁判決
自衛官過労死事件 逆転取消判決(確定)
弁護士 土 井 浩 之
弁護士 波多野   進

第1 事案の経過・概要
  1. 被災状況
     平成13年9月21日、宮城県宮城郡松島町内の自衛隊反町駐屯地の通信部隊の部屋で、出勤してきた自衛官が、当直勤務をしていた先任陸曹(被災者)が死亡しているのを発見した。
     死因は、くも膜下出血ないし脳内出血。享年51歳であった。

  2. 被災前1か月の状況
     被災者の部隊は、反町駐屯地に配置されている通信隊(定員9名、当時在籍稼動7名)である。被災者は、先任陸曹という役職で、各部隊の専門職(通信とか航空とか)以外の部隊の庶務を一手に引き受ける上、隊長の補佐として実質的に部隊の統率を確保するという役職であった。
     防衛大臣の認定によると、被災前1か月間に割り振られた勤務時間は239時間で、その他の仕事の時間が70時間、合計309時間となる。130時間の月間残業時間となる。
     通信隊は、ローテーションで、宿直勤務を行い、宿直明けの日は下番といって勤務に就かない。翌日も基本的には休日になる。しかし、被災者は、被災前1ヶ月間の中で、夜勤明けの日も連続で通常の日勤をした日が6回に及んだ。被災前10日間だけをみても、夜勤と引き続く日勤が3回もあったにもかかわらず、休日は1日もなかった。
     被災の9日前である平成13年9月11日は、いわゆるニューヨークの同時多発テロが勃発した。全国的に、警戒態勢がとられた。東北方面でもガスマスクが常時携行される等、緊張が高まっていた。
  3. 人事院の公務災害認定基準(くも膜下出血、脳内出血などの場合)
     公務災害と認められるためには、「通常の日常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務であった」と認められること。
     このためには、発症前1ヶ月にわたり、正規の勤務時間を超えて100時間以上の残業時間があることを要する。

  4. 原告の主張
     亡清野曹長は、発症前1ヶ月にわたり、正規の勤務時間を超えて100時間以上の残業時間があったのであるから、その発症及び死亡は公務災害に当たる。

  5. 訴訟に至る経緯
     公務災害については、自衛隊は特殊である。部隊長が認定をして人事院に報告する。部隊長が認定しない場合、東北方面総監に審査を請求し、それでも認定されない場合は防衛大臣に申請する。防衛大臣が、申請を却下したため、現在公務災害補償請求者の地位を確認する訴訟を提起している。

    第一審判決 仙台地方裁判所第3民事部
     国の労災基準があっても、裁判所 はそれに拘束されず、基準を立て て労災か否かを判断する。
     国の残業時間の基準を満たしたと しても、実際の労働が個別的に見 てどれも過重とは言えない場合は 過重労働とは言わない。
     残業時間はすべて公務に従事し、 持ち帰り残業も認められるが、 個々の労働は過重とはいえないの で、公務とは言えない。

    経過 
     被災 平成13年9月21日未明
     陸上自衛隊仙台駐屯地業務隊長公 務外認定   平成15年3月5日
     東北方面総監公務外認定
            平成15年7月3日
     防衛大臣審査申立棄却
           平成19年3月22日
     仙台地方裁判所への提訴
           平成19年5月16日
     仙台地方裁判所判決
          平成21年10月26日
     仙台高等裁判所への控訴
           平成21年11月5日
     公務災害補償請求人の地位確認請 求訴訟から、
     公務災害補償給付請求訴訟へ変更
     仙台高等裁判所判決
          平成22年10月28日

第二 弁護団の方針
  1. 原判決が行政基準を超える時間外休日労働(132時間)の認定を行っていることを最大限活用(この認定を守りつつ更なる時間的上積み)
     原判決において132時間の残業時間及び基本として事務所に居る時間は労働時間と認定させていたことが足がかりであった。被告は、原審では、仕事もせずに事務所にいたと主張していた。
     この点を守りつつ、持ち帰り仕事や訓練の準備や退官パーティの準備など業務そのものまたは業務関連行為として過重性判断に際しての労働時間の上積みの主張立証を行った。

  2. 原判決の行政基準を無視して本来救済されるべきものを否定する異常な手法であることの強調
     脳・心臓疾患の公務上(業務上)外の判断の可否について裁判上争われる事案の大多数は、行政基準である時間外労働時間の100時間ないし80時間の基準に充たない事案で、行政基準の形式適用(ただし、行政の基準においても時間外労働時間が行政基準に達しなくても質的過重性と総合評価して業務上と決定すべきであるのに、行政の現場の運用では時間外労働時間が足りないと誤って公務外(業務外)との判断をしているに過ぎない)による判断の誤りを正すことを裁判で求めていることを指摘しつつ、この基準に満たなくて総合評価(質的過重性などとの)で公務上(業務上)の司法判断をしている例を挙げながら、原判決が132時間の残業時間を認定しながら、公務外との判断をした手法や結論がいかに異常なのかを強調した。

  3. 日夜勤業務(夜勤の負荷+連続勤務(24時間)の負荷)と仮眠・休憩問題の手当
     被災公務員が勤務していた部隊がそもそも定員割れであるうえ、直近の人員減や入れ替わりなどから、被災者が日夜勤業務(24時間連続+24時間に加えてそこからも残業もあった)の負荷について、知見を踏まえつつ主張立証を展開した。後述する松元俊先生の意見書と佐々木司先生にご教示いただいた最新の文献・知見を踏まえた。
     また、仮眠・休憩時間についてはそもそも具体的な国の反証がないことを指摘するとともに、一人夜勤であり、全て被災者が即時に対応しなければならないこと、自衛隊通信隊の特殊な任務、9・11テロ後はそれがより促進されたこと、最高裁大星ビル管理事件(平成14年2月28日判決・労働判例822号五頁)を指摘してビル管理員ですら労働時間性が肯定されるのに、より緊張下に置かれている通信隊の自衛官が否定されることはあり得ないこと、マルシェ事件(大阪高判平成21年8月25日判決〔確定〕・労働判例990号30頁)が「業務の過重性の判断要素として労働時間の長さを考慮するのは、業務には、どのような業務であれ、それを遂行することによって生体機能に一定の変化を生じさせる負荷要因があり、この負荷要因によって様々なストレス反応が引き起こされるが、業務によって生じるストレス反応は、休憩・休息、睡眠、その他の適切な対処によって回復し得るものであるのに、恒常的な長時間労働等の負荷が長時間にわたって作用した場合には、ストレス反応が持続し、かつ、過大になり、ついには回復し難いものになり(これを疲労の蓄積という。)、生体機能を低下させ、血管病変等が増悪することがあるという医学的知見に基づくものである。そうすると、実労働に従事していなくても何かあれば即時に実労働に就くことを要する場合は、休息を保障されず、業務によるストレスから解放されているとはいえないから、業務の過重性を判断する際にも休憩時間ではなく、労働時間と評価すべきである」として労基法上も労災保険における過重性の有無を判断する際の労働時間の算定に際しても、専門検討会報告書の内容を検討しつつ完全な休息が確保できていない負荷を適正に評価して、手待時間を労働時間と算定して業務起因性を肯定していること、自動車学校教官のぜんそく発作についての労災事件においても、待機時間も労働時間と評価して業務起因性を肯定している札幌高裁判決(平成21年1月30日判決・労働判例980号五頁・なお一審判決は労働判例968号185頁)でも待機時間を含めて労働時間と評価されていること、行政基準(本件指針)でさえ、「17時間30分を超えるような拘束時間の長い勤務」の負荷が高いことを承認していること(本件では日夜勤業務は24時間連続勤務でそこから+αの残業まで加算される状況)からすると、仮眠時間などについても過重性判断においても労働時間(少なくとも長い拘束時間の業務として過重性を認めるべき)と見るべきことは当然であると主張した。

  4. 精神的緊張(カラセックモデルや直前の9・11テロと通信トラブルの対応)
     専門検討報告書や旧労働省の委託研究の知見を踏まえて、「@仕事の負荷、責任などの仕事の要求度、A仕事を行う上での裁量度や自己能力の発揮などの仕事のコントロール、及びB職場の人間関係としての上司、同僚の社会的支援度が健康への影響として重要である。特に、仕事の要求度が高く、仕事のコントロールが低い職場で精神的緊張が高く、健康問題が生じやすいこと、これに加えて、職場での上司・同僚の支援が低いことがもっとも問題を生じやすい状況である」とのいわゆるカラセックモデルに当てはまることを、人員態勢、業務内容から証拠に基づいて当てはめていった。
     量的過重性については仮眠の問題があったため、万一高裁判決で変な認定(仮眠時間は過重性判断に際しては考慮しない、もしくは密度が薄いとして無視するなど)がなされた場合に備えて、質的な過重性の点(日夜勤業務の負荷も含めて)も量的過重性と同様の比重を置いて主張立証した。

  5. 治療機会喪失の新たな主張(1人夜勤時における発症と死亡)
     最後の安全弁として控訴審で新たに治療機会の喪失の主張立証を行った。
     被災者は、1人夜勤に従事している平成13年9月21日午前2時頃に本件疾病を発症し、そのまま他の同僚による救命や救急通知や病院への搬送もないまま、死亡に至り日勤出勤者によって死亡している状態で発見されたこと、従前から夜勤勤務に対して、1人では安全上問題があるということで1名の夜勤の増員を求めていた事情があったこと、本件被災後、所属において1人夜勤の危険性をようやく認識し、2人夜勤体制に変更されていたことから、1人夜勤という業務に内在する危険が現実化したということで、治療機会喪失という観点から見ても、公務起因性が認められるべきと主張立証した。
     これに対し、因果関係がない(仮に早期発見しても被災者を救命できなかった)との国の反論が予想された。
     そこで、くも膜下出血ないし脳内出血において、早期治療を行えば早期に発見し救急搬送されていたら十分救命の可能性があったとの医学的知見(脳疾患例(平均12・9時間)は心疾患例(平均6・7時間)より発症から死亡までの時間が長い)と仙台の脳外科医師の医学意見書(治療機会喪失にかぎって要点だけ書いてもらった)を控訴審で提出した。
     なお、仙台高裁はこれ以外の事実で公務上と判断したため、治療機会の喪失については判断していない。

第3 控訴審の判決について
  1. はじめに
     原判決は100時間以上の超過勤務を認定し、被控訴人国の行政基準を上回る認定をしながら、司法は行政基準に拘束されないから等と、無理矢理に原処分の公務外決定の判断が正しいことを司法上も追認するというとんでもないものであった。
     個々の問題点は様々あるが、この点が原判決を象徴する誤りであった(行政基準に合致するという認定をしている原判決なので、勝訴した国も困った勝ち方をしたと考えたに違いない。)。
     結果的に見れば、原判決の余りの酷さによって、控訴人の主張立証に沿った仙台高裁が生まれたとも言える。仙台高裁は原判決の判断をことごとく覆し、以下のとおり控訴人の主張に沿った判断を行った。

  2. 被控訴人の他の同僚に比べて過重性がないとの主張に対して仙台高裁判決は公務自体の負荷を判断すべきであると明言
     他の労災事案と同様、国は被災者と同僚を比べると同等の業務を行っていた等として被災者の業務に過重性がないと主張していた。
     これに対し、仙台高裁は「同僚の業務等との比較は、考慮されるべき一要素と成り得ることは否定し得ないところではあるが、他の業種と比較して、当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において、同僚と比較すれば強度の負荷がないとすることは公平を欠く上、・・・補償法の趣旨からすれば、当該疾病が公務に内在ないし通常随伴する危険性の発現と認められる限りは補償の対象とすべきであるから、同僚との比較を過大視することはできない」として、過重性の有無は同僚との比較ではなく被災者が従事していた当該公務をもとに判断すべきであることを明言した。
     また、原判決が行政基準に合致するが司法はそれに拘束されないとして公務外とした判断について、仙台高裁は「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書が、最新の医学的知見に基づいて具体化した評価要因を踏まえて、脳・心臓疾患の発症が公務上生じたものと認定されるための具体的な基準を定めたものであるから、本件発症と公務との相当因果関係の有無についての判断に際しても、十分に参考とするに値する」として、原判決が余りに誤った判断をしたため、行政基準に合致する場合に行政基準を参考にして公務上の判断をするという当たり前のことを明記したと考えられる。

  3. 労働時間の個々の事実認定
     国は、第一審、控訴審を通じて、被災者が必要もないのに残ってテレビを見ながら同僚と雑談をしたり、そもそも残業自体がない、残業があったとしても非常に効率が悪いなどと主張していた。
     これに対し、仙台高裁は、被災者が行っていた各作業を「全く必要性がないにもかかわらず行うとは考え難く、特に日・夜勤明けであれば通常は自宅に戻り休養を取りたいと考えるのが自然であり、あえて必要もないのに事務室に残り続けることは通常想定しがたい」「文書整理や除草作業は先任陸曹の担当業務に含まれていたのであるから、・・・上記の各作業についても勤務時間と評価すべきである」として、客観的証拠や客観的状況を踏まえて公務の実態に基づいて概ね控訴人の主張のとおり認定している。

  4. 日・夜勤勤務における仮眠時間や休憩時間の労働時間性(過重判断に際して・本訴訟の最大の争点)
     国は「勤務密度が通常業務の勤務密度と比較すれば明らかに劣る日夜勤務の際の仮眠時間及び昼食・夕食のための休憩時間を勤務時間に含めることは、本件指針(行政基準)と相容れないから、平日における日・夜勤勤務の勤務時間については、仮眠時間6時間(午前0時から午前6時まで)と休憩時間2時間を差し引いた上で超過勤務を算出すべきと主張していた。
     原判決は酷い判決ではあるものの仮眠時間も含めて勤務時間であることを認めていた。
     弁護団としては、仮眠時間が過重性判断から漏れることがあればいくら原判決が酷いものであっても形式的に行政基準の時間外労働時間に達しないおそれがあり、原判決は取り消されない可能性があった。
     そこで、弁護団は上述の方針に従って仮眠時間の形式論(大星ビル管理事件最高裁判決)と自衛隊における通信の重要性(被災者は24時間通信を維持する駐屯地での勤務)とを対比しながら、自衛隊、特に即座に各部署に適切に連絡すべき役割から労働時間性は明かであること、いつでも即応する態勢で待機することは心身共に緊張を強いられるものであり、過重性判断においても労働時間と評価すべきことを主張した。
     控訴審において、労働科学研究所の松元俊先生(鳥取大学付属病院の大学院生医師の過労運転事故死の損害賠償事件(鳥取地裁平成21年10月16日判決・判例時報2071号89頁)において鑑定意見書を書いていただいた先生)に日・夜勤の連続勤務と仮眠の負荷について睡眠学や労働科学の見地から分析していただき、医学的知見、労働科学からの知見からも、仮眠時間が過重性判断から漏れ落ちることを防ぐ試みを行った。また、国立循環器病センター事件で事案に即した詳細な意見書作成(睡眠学の見地から)や睡眠学の各種論文研究のご提供で助けていただいた労働科学研究所の佐々木司先生にも、その後に進んだ最新の研究結果や文献などを提供して頂き、控訴審でそれらもぶつけた。
     国は仮眠時間については通信の数が少ないから対応の必要がほとんどないという抽象的な主張のみで、控訴人の上記主張立証に対して具体的な反論や医学的知見を示すことはできなかった。
    仙台高裁は、夜間に電報を受信した場合、それが緊急性を有するものであれば即座に配布先部隊の当直室に連絡することが求められていること」「秘密や取扱いの注意を要する文書に指定された電報を受信した場合には、秘密の保全のため速やかに接受保管簿に記録するなどの措置をとることが定められており、これを長時間放置することは、その性質上許されない」「午前0時から午前6時の時間帯といえども迅速に対応することができる体制を保持しなければならない」「単身での夜勤でこれを代替するものがなく常に緊張感から解放されることがない」「単独夜勤の場合の勤務時間が24時間休憩0時間と明示されている」といった事実関係からすると、「午前0時から午前6時までの6時間が勤務から全く解放される仮眠時間として確保されているとは到底認められないから、その密度が通常業務の勤務密度と比較すれば明らかに劣るとも到底認め難い」(休憩時間の2時間も同様の判断)として、結論として日・夜勤勤務における仮眠時間・休憩時間の過重性判断における労働時間性を肯定した。

  5. 量的過重性判断の仙台高裁の結論
     仙台高裁は直近1ヶ月において123・5時間の超過勤務を認定した。

  6. 本件指針に沿った形での判示(その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上)
    (1) 日・夜勤勤務の負荷の適正な評価
     仙台高裁は、直近1ヶ月において、6回の日・夜勤の連続24時間の勤務があること、拘束時間の面だけを見ても肉体的負荷が高いこと、専門検討会報告書の知見に沿って、不規則に日・夜勤勤務に従事していて疲労が蓄積したことが推認されることを認めた。
     これに対し、国が夜間勤務の仮眠時間や休憩時間は密度が薄いとの主張に対し、、第4項の判示内容に沿って、通常の勤務密度と比較して明らかに劣るとは到底認められないとして国の主張を排斥している。仙台高裁は自衛隊の通信業務の重要性、その通信を迅速に適正に行うために1人夜勤ではその負荷は決して軽くないという適正な判断をしている。

    (2) 質的過重性の肯定
     先任業務は、多岐にわたる業務内容で、他の隊員に支障が生じて勤務が行えない場合の代替・補充をも行わなければならないものであるから、変則的・遊撃的に業務を担当しなければならず、質的な過重性においても相応の負荷がかかる。

    (3) 事案に即して支援なき状況を認定 
     欠員状態であったこと、定年退官を迎える隊員が一時期勤務を離れていたこと、筋ジストロフィーの症状を有する隊員、高血圧症のため通院を要する隊員などから、人員体制が脆弱化していて、被災者への支援はなく人員体制の不備をむしろ被災者が補わざるを得ない状況を認め、それが通常勤務を超えて事務所に残って文書整理や除草作業や残務整理などを行っていた事実も、支援なき状況を裏付けている。
     仙台高裁は結論として、カラセックモデルに依拠して、被災者の業務が「仕事の要求度が高く、裁量性が低く、周囲からの支援が少ない場合に該当」することを認め、精神的緊張を生じやすく脳・心臓疾患の危険性が高い状況であったとした。

    (4) 連続勤務と休日の少なさによって疲労回復の時間がなかったことの承認
     仙台高裁は直前12日間休日がなかったこと、その間日・夜勤勤務が3回に及んでいることから、蓄積された疲労を回復する時間を確保できなかったとした。

    (5) 9・11の大規模同時多発テロ事件とテロに関する通信トラブルの負荷の適正な評価
     発症が1人夜勤の深夜勤務の最中であり、その直前の通信トラブルの対応も発症の直接の引き金になった可能性があるとして、詳細に検討している。
     仙台高裁は、9・11事件発生後、ガスマスクの携行の指示、土曜日・日曜日の勤務員を1名から2名に増員するなどして警備体制が強化、発症時が9・11事件のわずか10日経過しただけで、同犯行の詳細な態様、被害状況、死者数、犯行動機、犯行の背後関係等が未だ判明していない段階で、テロ事件の続発も危惧されていた緊迫した状況下にあり、自衛隊においても、これに関する即応性のある対応が迫られていた状況にあったことを認定した。かかる状況下において、テロに関する電報が届いているか否か及びテロ情報に関する伝達通信手段がスムーズに機能しているかどうかは、自衛隊員とりわけ通信業務に携わる者にとって重大な関心事であるとし、9・11テロに近接した時期に被災者が1人夜勤中に起こったテロに関する通信トラブル(電報が届いているかどうかのトラブル)によって、被災者に心理的な動揺ないし精神的緊張を強いられたことが推認されるとした。
     仙台高裁は、かかる状況下における通信トラブル対応はこれだけをもってしても「特別な事態の発生により、日常は行わない強度の精神的又は肉体的負荷を伴う業務の遂行を余儀なくされた場合」に該当すると考えられるし、仮に、これに該当しないとして、本件発症に至るまでの公務の過重性を十分に補強する事情である」とした。
     仙台高裁は、事後的客観的に9・11テロと通信トラブルを評価するのではなく、当時の限られた情報、緊迫した状況下で、発生時点の被災者の状況を基準に通信トラブルの過重性の判断を行っており適切である。

  7. 基礎疾病との関係(蓄積疲労型の三要件説の承認と主張立証責任が国にあること) 
     国はいつもと同じように蓄積疲労型の三要件説の最高裁判例は適用されないと主張した。これに対し、仙台高裁は、素因又は基礎疾病があったとしても、被災者が日常業務を支障なく遂行できる程度であると認められるとして、「その基礎疾患が確たる発症因子がなくてもその自然の経過によりくも膜下出血や脳内出血を発症させる寸前にまで増悪していたことを認めるに足る的確な証拠はない」とした。
     国の主張(メタボリック症候群によって発症)であったなどとする主張に対し、仙台高裁は「本件において、上記指摘の身体状況がリスクファクターとなって、本件発症の直接の原因となったとまで断定するだけの具体的な根拠についても主張・立証があるわけでなく、本件発症が、上記症状を基礎疾患として、その自然経過により、くも膜下出血又は脳内出血として発症したものであることを認めるに足りる証拠はない」とした。
     今回の仙台高裁は、ぜん息の札幌高裁判決(平成21年1月30日労判980号五頁)に続いて、基礎疾病によって発症寸前であったことについての主張立証責任が国にあることを明言しており、評価できよう。

  8. 給付訴訟の認容(確認訴訟から給付訴訟への交換的訴えの変更)
     一審及び控訴審の途中までは補償を請求しうる地位の確認の訴えであったが、控訴審の訴訟指揮にしたがって補償給付の訴えに交換的に訴えを変更し、控訴審判決も給付訴訟として判決を認容した。
     公務災害の審理は長くなる傾向があり、遅延損害金の点を考えると、給付訴訟で行うメリットがあると思う。本件でも、原審において、国は、給付訴訟が可能であるので、地位確認の訴えは不適法であるとして本案前の主張をしていた。但し、補償金の金額を国が特定したら、原告も給付の請求の趣旨を追加することとなっていた。ところが、原審結審までに国が、金額の算定ができなかった。このため、一審段階では給付訴訟の請求の趣旨が追加されず、地位確認の訴えでの判決となったという事情があった。国も特定が困難な補償給付の金額を、原告が特定しなければならないということは妥当ではなく、地位確認の訴えも、適法とされるべき事情を、はからずしも国が示したことになった。
     なお、国立循環器病センター事件においては、確認の訴えについて訴えの取り下げをしないまま判決を迎え(給付訴訟と確認の訴えを選択的併合)、確認の訴えは却下され、給付訴訟のみが認容されている。

第4 おわりに
 当職(波多野)が原判決を通して読んだだけで控訴審で取り消されるべき判決と思った。そして、昨年の年末年始に段ボール一箱分の記録を一気に読み込んで原判決の批判と控訴人の主張書面を完成させた段階では原判決は取り消されるのが当然だと確信した。
 労災事件においては国が無尽蔵に人・物・金を投入できるのに対し、被災者側はいずれも投入できないのがほとんどであるが、少ない戦力(費用、労力、人など)を最も重要な争点に惜しまず集中することが不可欠であるが、本件では原判決の132時間の超過勤務の認定を梃子に仮眠と労働時間性、夜勤中の睡眠の質と1人夜勤の問題の部分が主戦場と判断し、主戦場に控訴人の戦力・資源を集中し被控訴人国を圧倒することに成功した。


(弁護団は仙台の土井浩之弁護士(一審からは土井浩之弁護士のみ)を筆頭に仙台弁護団と波多野進(控訴審から))

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近畿高速・大阪エアメールの怠慢と
郵政当局の逃げを許した大阪府労委命令
弁護士 増 田   尚
 
 郵政民営化にともなう郵便輸送事業関連法人の「整理・見直し」の中で、郵便輸送事業を行う会社を1社化・子会社化するとの方針がとられながら、不当に子会社にされなかったとして、近畿高速郵便・大阪エアメール2社の従業員らの所属する全港湾阪神支部が、@2社に対する不誠実団交、A郵便事業会社・郵便輸送会社に対し団交拒否、B郵便が二社を解散に追い込んだことが不利益取扱いないし支配介入、にそれぞれ該当するとして、救済命令を求めて申し立てていた。大阪府労働委員会は、10月22日、郵便事業会社・郵便輸送会社に対する申立ては却下し、近畿高速・大阪エアメールに対する申立ては棄却する命令を発した(25日交付)。

 郵政当局は、OB天下り人事や、唯一の委託先としての取引関係、関連会社間による株式の持合いを通じて、近畿高速郵便・大阪エアメールを支配し、郵政事業のうちの郵便輸送部門として利用してきた。民営化に際して、郵便事業会社は、郵便輸送部門を新設子会社(郵便輸送会社)に担わせることとしたが、そのことは、31社あった郵便輸送部門の関連会社を一本化することにすぎず、各関連会社が担当していた郵便事業を承継し、雇用を承継すべき立場にあった。

 しかし、郵便事業会社は、郵便輸送部門の関連会社を郵便輸送会社に一本化するかどうかを選別することとし、15社については子会社化するとしつつ、残る一六社については取引関係を「一般化」(郵便輸送会社との取引比率を50%以下とすること)して、株式の持合いを解消するよう通告した。ところが、近畿高速郵便・大阪エアメールの2社は、自社株式の引き取り手が見つからないとして、解散に追い込まれた挙げ句、雇用さえ引き継がれることはなかった。

 @不誠実団交について、このような過程で行われた団体交渉において、2社が、自社株式の引取先を探索することもせず、取引の「一般化」を漫然と受け入れ、従業員の雇用確保に向けた努力を怠り、団体交渉に誠実に対応しなかったかどうかが争われた。しかし、命令では、アリバイづくりのような株式引取先の探索や就労あっせんの要請をもって、2社の対応を免罪した。

 また、A・Bについて、命令は、朝日放送事件最高裁判決を援用して、日本郵便事業などの「使用者」性を検討した。命令は、役員や契約関係、株式の持合いなどから密接な関連性を認め、一定の影響力を及ぼし得る立場にあるとしながら、他方で、解散が株主の判断であることや、日常的に経営・労務・業務の点で支配していたとはいえないことなどを指摘し、結論として「使用者」性を否定した。

 しかし、郵政当局は、2社の100%委託者であり、いわゆる「ゼロ連結」会社として密接な関係にあった。そのような立場にある委託者が、2社を子会社から除外して、郵便輸送の関連会社としての取扱いをせず、株式持合いの解消と取引「一般化」を要請したのであるから、2社の従業員の雇用を実質的に支配する立場にあったとみるべきである。郵政当局が事業とともに雇用を承継すると判断すれば、2社の従業員の雇用は確保でき、逆の判断をすれば雇用確保は困難になるのである。また、株式持合い解消に助力すれば、郵便輸送会社から受託をすることも可能であり、2社が解散を回避することもできたはずである。これらのことから、2社を支配する郵政当局との間で団体交渉を持つことは、子会社からの除外にともなう2社の従業員の雇用を実質的に確保するために重要な意義を有するといえ、「使用者」性を否定した命令の結論は不当である。少なくとも、団体交渉を門前払いする「拒否」が正当化できるほど、支配が実質的でないといえるのか疑問というべきである。

 また、命令は、2社を子会社から除外した理由についての郵政当局の主張の不合理性については、何らふれていない。しかし、理由にもならない理由で子会社化されなかったことは、郵政当局が全港湾阪神支部の活動を嫌悪し、新会社に承継しないとの強固な意思を有していたことの何よりの証拠である。
 全港湾阪神支部は、このような不当命令には到底承服できず、ただちに中央労働委員会に再審査を申し立てた。中労委という新たなステージを迎えるが、引き続き、組合員の雇用と生活を守るたたかいへの支援を呼びかけたい。

(弁護団は、富永俊造、坂田宗彦、梅田章二、谷真介各弁護士と当職である。
中労委から、西川大志弁護士も加入した。)
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