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- はじめに
平成22年9月17日、大阪高等裁判所第14民事部(三浦潤、比嘉一美、井上博喜)は、枚方市「非常勤職員」一時金・退職金返還住民訴訟について、1審大阪地裁の判決を取消し、原告住民の請求を全面的に棄却する逆転判決を下した。
この大阪高裁判決は、「官製ワーキングプア」と称されるように差別された劣悪な労働条件におかれている自治体の非常勤職員に対し、一時金や退職金を支給することが適法であると判示した。均等待遇と格差是正を求める多くの市民の声に真摯に応えるものであって高く評価できる。
- 事案の概要
枚方市は、給与条例に基づいて、「一般職非常勤」と称される職員らに対して、夏期及び冬期の各一時金や退職時の退職金を支給してきた。これら一時金・退職金の支給が地方自治法等に違反する違法な公金支出にあたるとして、平成15年度及び平成16年度に「一般職非常勤職員ら」に支給された一時金・退職金を当時の市長らに賠償させることを求めるとともに、支給を受けた「一般職非常勤職員」らのべ988名に対して一時金・退職金を市に返還させることを求めた住民訴訟である。
なお、本件住民訴訟を提起した原告は、前回2007年の枚方市議選に立候補して落選している。
- 争点
@ 「一般職非常勤」職員は、地方自治法203条の「非常勤の職員」にあたるのか、地方自治法204条の「常勤の職員」にあたるのか。前者ならば一時金・退職金の支給は違法となるはずである。
A 「一般職非常勤職員」に対して一時金・退職金を支給することを規定した枚方市職員給与条例の規定の仕方は、給与条例主義に反しないか。
B すでに支給済みの一時金・退職金を個々の職員らに対してその返還を命じることが許されるのか。
- 1審(大阪地裁H20.10.31)の判断
本件1審である大阪地裁平成20年10月31日判決では、上記争点@に関して、本件の「一般職非常勤職員」らは、その勤務の実態に照らすならば、その呼称とは裏腹に、地自法204条の「常勤の職員」として一時金・退職金が支給されて然るべきであると判示した。
ところが、上記争点Aに関しては、枚方市職員給与条例が「一般職非常勤職員」に支給される一時金・退職金の具体的な金額を定めておらず、これを下位規範である規則に委任している点において、給与条例主義に違反して違法であると判断した。
また、上記争点Bに関しても、個々の職員らに返還を命じることが信義則等に反するものではないとした。
- 2審(大阪高裁H22.9.17)の判断
大阪高裁判決では、上記争点@については、「任用を受ける際に合意した勤務条件、実際に従事した職種及び職務内容、実働の勤務時間等の勤務実態に関する具体的事情を検討した上で、それぞれの職員が生計の資本としての収入を得ることを主たる目的として当該職務に従事してきたものであるか否かによって判断するのが相当であり、それぞれの職員がどのような呼称によって任用を受けたかという形式的な理由によって区別されるものではない」とし、本件「一般職非常勤職員」らはその勤務条件、職務内容、勤務時間等の勤務実態に照らすならば、地自法204条の「常勤の職員」として一時金・退職金が支給されて然るべきであると判示した。
次に、上記争点Aについては、「条例において、給与の額及び支給方法についての基本的事項が規定されており、ただ、その具体的な額及び具体的な支給方法を決定するための細則的事項についてこれを他の法令に委任しているにとどまる場合には、直ちに上記各条項にいう給与条例主義の趣旨を損なうものではない」としたうえで、枚方市職員給与条例では、「一般職非常勤職員」らに支給される一時金・退職金の支給要件が具体的に規定されており、また支給額の上限についても規定されていることから、具体的な金額の算定にあたって規則に委任されている事項はあるものの、給与条例主義の趣旨に反するものではないと判示した。
さらに、上記争点Bについては、任用手続が公序良俗に反するとか重大かつ明白な瑕疵が存するなどの特段の事情のない限り、支給された給与については、職員は職務に従事したことの対価及び生計の資本として受け取ることができ、これを不当利得として返還すべき義務は負わないと判示した。
- 高裁判決の評価
平成22年度の労働経済白書で、「非正規雇用の増加により、平均賃金が低下するとともに、相対的に年収の低い層の増加が、雇用者の賃金格差拡大の要因となった。このような平均賃金の低下や格差の拡大により、所得、消費の成長力が損なわれ、内需停滞の一因になった」と分析されているように、正規雇用と非正規雇用の賃金格差の問題がクローズアップされている。
地方自治体においても、いまや非正規職員が全職員の3分の1を超え、なかには職員の過半数が非正規職員で占められている自治体もあるといわれている。これら非正規職員の賃金は正規職員の半分にも満たない水準にとどまっており、「官製ワーキングプア」との世論の批判も高まっている。地方自治体がこのように非正規職員を増加させてきた背景には、地自法が常勤の職員の定数を定めておりこの定数を上回って常勤の職員(正規職員)を配置することができないことや、正規職員の半分未満といわれる低い賃金水準の非正規職員を活用することで安易に人件費を抑制しようとしてきたからである。今回の大阪高裁判決は、このような自治体内部で進行している格差と貧困の拡大に大きく警鐘を鳴らすものであり、全国すべての地方自治体はこれまで安易に低賃金で不安定な地位にある非正規職員を増大させてきたことについて真摯に反省するべきである。
枚方市においては、枚方市職員労働組合を中心として、長年にわたって非正規職員の待遇改善に向けた取り組みが行われてきた。本件で問題とされた枚方市職員給与条例は、このような労働組合の取り組みを背景として、均等待遇の実現へ一歩でも近づけるために「一般職非常勤職員」らに対しても一時金・退職金を支給するよう明記して平成13年に改正されたものであった。今回の大阪高裁判決は、長年にわたって均等待遇の実現に向けて取り組んできた労働組合の運動を正当に評価したものといえ、同じく全国で均等待遇の実現を目指して闘っている多くの労働組合の仲間に大きな勇気を与えるものである。
さらに、大阪高裁判決は、自治体によって任用されて、職務に従事してその対価として支給された給与については、任用手続が公序良俗に反するとか重大かつ明白な瑕疵が存するなどの特段の事情のない限り職員はこれを不当利得として返還すべき義務は負わないとあえて判示した。すでに上記争点@及び争点Aについて違法はないと判示している以上、論理的には、この争点Bについては判示するまでもないところであるが、あえて大阪高裁がこの点を判示したところを高く評価したい。近時、「公務員バッシング」とも評されるように、一部の地方議員や一部の「市民オンブズマン」の中には、あたかも公務員の給与を引き下げることそれ自体が自己目的化しているようなきらいもあり、個々の公務員らにとっては給与は職務に従事した対価としてその生計の資本となっているということがややもすれば看過されがちである。このようないわば「引下げデモクラシー」が現代社会の格差と貧困を助長させる一因となっていることを忘れてはならない。
今なお、全国で30万人とも40万人ともいわれる自治体の非正規職員は、正規職員の半分以下の劣悪な労働条件を余儀なくされている。「常勤の職員」以外への一時金・退職金の支給を禁じている地方自治法の規定を根拠として、多くの自治体では非正規職員には一時金も退職金も支給していない。しかし、今回の大阪高裁判決は、非正規職員であってもその勤務実態によっては一時金・退職金が支給されて然るべきことを明らかにしたのであり、しかも、その支給について条例で明記すべき基準についても明らかにしたのであるから、すべての地方自治体・地方議会は、すみやかに枚方市職員給与条例の規定を参考にして、均等待遇へ一歩でも近づくための条例改正を行うべきである。
- なお、1審においては前田達男先生(金沢大名誉教授)に地方自治法204条の解釈についての鑑定意見書を、2審においては晴山一穂先生(専修大学教授)に給与条例主義についての鑑定意見書をそれぞれ御作成いただいた。両鑑定意見書の内容は今回の大阪高裁判決においてもその多くが取り入れられている。この場を借りてあらためて感謝を申し上げたい。
- (弁護団は、豊川義明、城塚健之、河村学、中西基)
- はじめに
大阪市バス事件の報告を行う。
同事件は、労働者の地位保全の仮処分申立てを行ったところ、平成22年9月15日、部分的ではあるが債権者の申立を認める決定を下したというものである。弁護団は、出田健一、横山精一、当職の3名である。組合は、自交総連である。
- 事件の概要
債権者は、平成15年4月1日、大阪運輸振興株式会社の1年間の嘱託職員として採用され、その後更新が続いたが、平成22年3月末日をもって雇止めにされた者である。
同社は、大阪市交通局から委託を受けて、大阪市バスの運行及び営業所に関する運営を行っている会社であり、債権者は、大阪市バスの運転手として従事していた。
会社は抜き打ち検査を行っており、調査を外部に委託し、覆面調査員が実際にバスに乗車して調査を行い、従業員の成績評価が添乗報告書という形で会社に報告されていた。このような会社の調査は、近時頻度が増え、3カ月に1回程度となっていた。
その添乗報告書によると、債権者は運転技術等については何ら問題なく上位成績だったのであるが、運転中のマイクアナウンスの点数が低く問題があるということであった。
会社は、マイクアナウンスは車内事故防止の観点から重要なので、何年にもわたりマイクアナウンスの注意指導を行ってきたが、改善が見られないので、債権者を雇止めにすることとしたのである。
- 会社の主張は不合理であった
バス内は、基本的には自動の音声案内が流れており、乗客は運転手のアナウンスがなくても行き先等については理解できる。
会社から指摘されているマイクアナウンスの問題点というのは、例えば、出発前に安全宣言を行い、その際、所属氏名を名乗らなければならないとなっているところ、所属氏名が聞こえないと言った点や、行き先等のアナウンスの声が小さい、聞こえないと言った点である。
しかし、前者については非常に形式的なものであり、車内安全と直接関係のないことであるし、また、後者においても、基本的にはバス内は自動音声で流れるものばかりであるし、乗客が行き先等に困ることなどない。乗客からのクレームも全くなかった。
むしろ債権者は、立ったままの乗客がいる場合は必ず「発車します。」等の注意喚起を行うアナウンスを行っており、車内事故防止に必要なアナウンスは忠実に行っていたのである。
つまり、債権者は、乗客の身体の危険等についてのマイクアナウンスは適切に行っていたのであるが、形式的な事項についてのアナウンスを怠ったという理由で、雇止めにされたと評価することができるである。
会社では、過去、何度も事故を起こしたり、乗客からのクレームが絶えない等、運転技術に問題があって雇止めになった従業員はいたものの、マイクアナウンスの問題で雇止めになったケースはない(かかる債権者の主張に対し、会社は何らの反論をしていない。)。
まさに、異常ともいえる雇止めだったのであり、我々は、かかる雇止めは、解雇権濫用法理の類推適用により無効である旨主張した。
- 問題点
裁判所は、基本的には債権者の主張を認めた。
担当の峯金裁判官は、今年から新しく地民5部担当となった裁判官であり、出田弁護士によれば、同裁判官が起案する初めての「決定」ではないか、ということである。審尋の中でも、同裁判官が本当に問題の本質を理解しているのか、適切に証拠を評価できているのか、弁護団としてもいささか不安にならざるを得ない原動、進行があったが、一応、今回の決定となった。
しかし、決定は、債権者が月額約28万円の仮払いを求めていたのに対し、保全の必要性の観点から月額16万円の仮払いしか認めなかった。
総会報告でも触れられていたが、近時の地位保全の仮処分決定においては、保全の必要性が過去に比べて厳格に捉えられ、家計収支表の資料の提出が求められることはもちろん、なかなか債権者の請求額に届かないのが現状である。審尋の中では、保全の必要性について特に議論することがなかったが、保全の必要性に関する資料はできる限り提出しておく必要があると改めて痛感した。
このように、裁判所が、家計収支表を眺めてこの費用は必要であるとか、この費用は不要である等と判断して認容額を下げることは、現実に仕事を失い収入の途絶えた労働者の現状を、おおよそ理解できていない点で非常に問題である。
- 今後
債権者は現職復帰を強く求めているが、会社は、和解は困難であるとし、決定後も拒否し続けている。
いずれにせよ、今後は速やかに本訴提起の準備に入り、できるだけ早期に債権者の現職復帰を実現したいと考えている。
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