2010年7月号/MENU


職場のいじめで精神障害―富士通元社員の労災認定
吹田市図書館司書シックハウス事件(公務災害・労災)


職場のいじめで精神障害―富士通元社員の労災認定
弁護士 奥 村 昌 裕

  1. はじめに
     平成22年6月23日、大阪地方裁判所第5民事部(裁判長:中村哲)は、京都下労働基準監督署長が、平成18年5月9日付けでなした労災療養補償給付不支給決定の処分を取り消す判決を言い渡しました。
     原告は、富士通株式会社で勤務していた女性です。当初、原告は個人で、職場同僚女性らから集団でいじめにあったことが原因で精神疾患を発症したとして労災申請、審査請求、再審査請求をしていましたが、集団によるいじめは認定できないとして労災が認められませんでした。そこで、私たちのもとに相談に来て、困難が考えられる事件であるが裁判所の判断を得たいとの意思から、平成20年8月7日、処分の取り消しを求めて大阪地裁に提訴したものです。

  2. 職場での陰湿ないじめ
     原告は、昭和62年、富士通に入社し、楽しく順調に業務を行っていました。そして、平成10年には、役職も六級職となりました(役職に対するねたみがいじめの大きな要因。六級職、五級職、四級職だと六級職が高い役職である。)。このころから、配属された先の同僚女性からいやがらせ、いじめを受けるようになったのです。特に、先輩、年上の一部女性から酷いいじめを受け、この女性が他の同僚女性も巻き込み集団でいじめるようになりました。このいじめを先導した女性は四級職で、この女性を取り巻く女性も四、五級職でした。
     例えば、六級職である原告がコピー作業をしていたところ、四級職の女性らが「私らと同じコピーの仕事をしていて、高い給料をもらっている。」と聞こえるように言ってきました。また、同僚女性らが、原告の一挙手一投足を観察し、原告が、何かミスめいたことをすると、一斉にパソコンのIPメッセンジャーに打ち込んで発信し、目と目で合図をして笑うということが毎日のように続きました。原告は、その様子を感じ、パソコンを打つカチャカチャという音が聞こえるたびに辛く苦しい思いをし、精神的に追い込まれていったのです。
     職場はパーテーションもないワンフロアに、机が並べられており、他の部署まで見渡せるような職場環境でした。そのため、原告は、同じ部署はもちろん、他の部署の同僚女性からも視線を浴び、常に精神的圧迫を受けていました。
     結局、平成14年11月、原告は仕事中に悪口など言われたことに端を発し体調不良を訴え、受診したところ精神疾患の発症が認められ、以後休職し、最終的に退職せざるをえなくなりました。

  3. 隠されるいじめの事実を認めさせるため
     同僚女性ら、そして上司達(字数の関係から割愛しますが、この上司からもセクハラ、パワハラを受けていた。)は、労基署の聴き取りで声を揃えていじめなどなかったと供述しています。それは当たり前のことです。いじめた本人が「私たちいじめました。」などというはずがあり得ません。原処分庁ではいじめの事実が認められないとして不支給決定をくだしました。行政は、いじめの事実を真摯に調査することなく、いじめた側の供述を簡単に採用し、被害者を救わないという二次被害を創出したのです。訴訟においても被告国はいじめの事実について「抽象的なものにとどまるものであって、その実態は、ほとんど不明というしかなく、具体的ないじめの事実を認めるのは困難と言わざるを得ない。」と反論し続けました。
     原告は、いじめを受けた確固たる客観的証拠がない中、複数の女性らの「いじめなどない。」という供述をひっくり返すという立証命題が課されたのです。
     そこで、労災の資料、その他一般的な書証はもちろん、私たちは出せるものは全て出すというスタンスで証拠を集め提出し、証人尋問を実施しました。
     まず、いじめを受ける以前の原告の人柄と、精神疾患発症後の原告の変貌を知ってもらうため、職場の友人に限らず学生時代の友人など含めた8名が陳述書を作成し、陳述書の最後で、原告の病状の回復を願い、いじめ被害にあった原告のために労災支給を認めることを裁判所に訴えました。
     また、裁判所に原告がいじめを受けた職場をイメージしてもらうため、原告が保管していた当時の職場の座席表や、職場フロアの写真を提出し、原告尋問では、いじめを受けたときの様子を図面を作成しながら供述するようにしました。
     そして、原告から、いじめの相談を受けたことのある上司2名を呼び出し、原告からの相談内容や、当時、証人らが体感したことを聞き出すため証人尋問を試みました。この2名は、原告から相談を受けたこと、原告をいじめた同僚女性の不審な行動・職場の雰囲気を素直に証言してくれました。
     何よりも、いじめられた当時のことを思い出すとつらくなり、精神的に不安定になる原告が頑張って、出来事を詳細に記した陳述書を作成し、尋問においても、反対尋問にしっかり対応し自分の意見を述べることが出来ました。
     その甲斐あって、判決において、当時、いじめやいやがらせが「集団で、しかも、かなりの長期間、継続してなされた」こと、そのいじめ等は他の人が余り気づかないような「はなはだ陰湿」な態様でなされていたこと、「その陰湿さ及び執拗さの程度において、常軌を逸した悪質なひどいいじめ、いやがらせともいうべきもの」であったことを認められました。その上で、原告に対するいじめやいやがらせのほとんどについて、上司らはいじめに気づかず、気づいた部分についても何ら対応を取らず、相談を受けた以降も防止策を取らなかったことで、「原告が失望感を深めた」と認定しました。
     他方で、同僚女性らの労基署の聴取署について「にわかに採用しがたい」として排除しました。
    原告が主張したいじめの事実をほぼ全て認めたに等しい判決内容です(被告国は控訴せず判決は確定しました)。

  4. 判決の評価
     判決は「同僚女性らに陰湿ないじめや嫌がらせを受け精神障害(不安障害、抑うつ状態)を発症した」として業務起因性を認めました。さらに、判決は、被告国が主張する判断指針によっても、心理的負荷が「強」であることを明確に認めました。
     かかる明快な判決が出された要因としては、これまで裁判で積み上げてこられた疾病と業務の相当因果関係(業務起因性)に対する考え方があることはもちろんのこと、平成21年の厚労省の「職場における心理的負荷表」の見直し、一部改正の実施があったと考えられます。そして、原告の切実な訴え、それを支えた仲間の陳述書によって、裁判所が職場のいじめを許してはいけないと判断したことが、判決書の文面から伝わってきます。
     そういった意味でも、当判決は職場でのいじめによって精神疾患を発症したケース対して裁判所の姿勢を明確に示した好判決と評価したいと思います。
     職場でのいじめやいやがらせが原因で精神疾患を発症した被害者にとって、支えになる判決となることを切望します。

(弁護団は下川和男弁護士と当職)

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吹田市図書館司書シックハウス事件(公務災害・労災)
弁護士 森 平 尚 美

  1. 事案の概要
     大阪府吹田市立中央図書館北千里分室において、2001年11月から館内全面改装工事が行われ、翌2002年3月20日に工事完成・引渡がなされ、職員は同年3月22日から改装後の館内で勤務を再開し、同年4月3日から対外的にも図書室を開放した。この北千里分室には5名(常勤正職員2名・非常勤3名)の職員がいたところ、同年4月初旬頃から5名全員が「目が痛い」、「鼻水が止まらない」、「のどが痛い」、「頭が痛い」などの症状を訴えるようになった。同年5月中旬に職員5名は「シックハウス」を疑い、労働組合経由で中央図書館長に状況確認を求め、中央図書館長および吹田市建築課職員は同年5月28日に現地を確認し、吹田市当局は室内換気を十分に行うように指示した。しかし、その後も5名の症状は改善されず、同年6月29日以降は勤務場所を変更し、同年7月10日にシックハウス症候群の専門外来に受診したところ、5名全員が「化学物質過敏症」との診断を受けた。
     空気中化学物質検査の結果、同年6月18日の検査値は、トルエンについて、厚生労働省が定める室内空気汚染の指針値(0.07ppm)を上回0.074ppmであった。さらに、改修工事終了時である同年3月20日にも空気中化学物質検査が実施されていたところ、その時点でのトルエンの検査値は、指針値の5.4倍にあたる0.37ppmであったことが後日になって判明した。この検査値は建築課では把握していたものの、図書館運営を担当する部署には伝えられていなかった。
     5名は、その後も洗剤、シャンプー、石けん、新聞のインク、化粧品など様々な物質に対しても頭痛や咳が止まらなくなるなどの症状を発症し、数ヶ月から1年間の休業を余儀なくされた。

  2. 労災・公務災害申請の経緯
     5名は、その後、2004年7月に公務災害(常勤正職員の2名)ないし労働災害(非常勤の3名)の認定申請を行った。
     しかし、@地方公務員災害補償基金大阪府支部長は2004年7月7日、常勤正職員2名について公務外の認定処分を行い、さらにこれに対する2006年8月30日の審査請求について、基金大阪府支部審査会は2007年3月13日に審査請求を棄却した。
     また、A労災申請していた非常勤3についても、茨木労働基準監督署が2007年1月4日に業務外の認定(不支給決定)を行った。
     この事態を受け、弁護団を配置して対応にあたることなり、4名の弁護団配置がなされた。
     @の常勤正職員2名については基金審査会に2007年4月26日に再審査請求を行った上、2007年12月に口頭意見陳述を実施した。しかし、2008年3月3日、基金審査会は再審査請求を棄却する不当な裁決を行った。
     そこで、これに対して、地裁に2008年8月4日に大阪地方裁判所に行政処分取消訴訟(公務外認定処分取消請求訴訟)を提起し(H20年(行ウ)143号 大阪地裁5民)、期日を続行しているが、現在のところ、基金側は極めて厳格な相当因果関係論を展開して本件因果関係を否定し、一過性の症状であるとの主張を繰り返している。
     Aの非常勤3名は、2007年3月2日に労災保険審査官に対する審査請求をそれぞれ行い、2008年6月に審査官と面談の上での意見陳述をなしたが、その後2008年11月12日に棄却された。そこで、2009年1月13日に再審査請求をなし、口頭意見陳述を経たが、その後2009年11月4日に棄却されたため、非常勤3名についても、2010年4月に大阪地方裁判所に労災不支給決定取消訴訟を提訴した(H22年(行ウ)78号 大阪地裁5民)。
     その後は、公務災害(公務外認定処分取消請求訴訟)と事実上の同一期日において、現在までにすでに数回の期日を経ている。近時は医学的見解についての意見書の提出等を予定しており、今後も共通する関連資料を双方の請求で利用しつつ主張を行う予定である。

  3. 争点等
     基金の公務外認定は、日本産業衛生学会や石油化学工業協会が定めているトルエンの「許容濃度」(勧告労働強度で有害物質に曝露される場合に当該有害物質の平均曝露濃度がこの数値以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度)が「50ppm」とされていることを根拠として、本件での検査値は最大でも「0.37ppm」であったのであるから、トルエンによって発症したものではなく、個人的な素因(体質)によるものであるとしたものであった。
     他方、労基署の業務外認定は、急性期の症状については業務起因性を認めつつ、通常、揮発したトルエンは体内に蓄積することがなく一般的には曝露から解放されれば速やかに症状は治癒すると考えられているとして、慢性化した症状については業務起因性を認めなかったものである。
     本件では、厚生労働省の「指針値」(現状において入手可能な科学的知見に基づき、人がその化学物質の示された濃度以下の曝露を一生涯受けたとしても、健康への有害な影響を受けないであろうとの判断により設定された値)を大幅に上回るトルエンが検出されていたことに争いはない。同様にトルエンによる化学物質過敏症が問題となった旭川市のケースについて、基金北海道支部審査会は公務上認定を行っているが、旭川市のケースは厚生労働省の「指針値」を下回る数値しか検出されていなかったことと対比しても、本件での基金支部の公務外認定が不当であることは明らかである。
     いわゆるシックハウス症候群や化学物質過敏症については、医学的に原告らの主張と異なる議論は成り立ちうるにしても、同じ図書館に勤務する5名全員が、改修工事の直後から症状を訴えるようになったことについても争いはないのであり、少なくとも疫学的な因果関係は明らかである。
     シックハウス症候群や化学物質過敏症についての公務災害・労災の事案はまだまだ少数であり、個々の住宅と比較して公共施設における被害救済が遅れていることから、本件はリーディングケースとして今後の実務運用に大きな影響があるものと考えられる。特に公務外認定処分に対する初めての取消訴訟であるとともに、シックハウス被害における労災補償を求める初めての訴訟(不支給処分取消訴訟)でもあることから、本件訴訟で処分取消が認められれば今後の公務災害・労災の認定方法に多大な影響を与え、大きな意義を有する。弁護団としては公務上・業務上の逆転認定を勝ち取るため最大限の努力を尽くしたい。

(弁護団 豊川義明、中島宏治、中西基、森平尚美)


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