- 2010年4月23日、大阪地方裁判所は、NTTグループが任意の取組みの名の下に従業員に無償で強制していた「全社員販売」と「WEB学習」の業務性を認め、NTT西日本に対しその業務に対する時間外割増賃金約214万円と付加金60万円の支払いを命じる判決を下した。
- 「全社員販売」とは、NTTグループが、従業員に対し、インターネット接続サービスなどNTTグループの商品・サービスや、プリペイドカードなどのNTTグループの関連商品などを、親族や知人に販売させるものである。建前としてはあくまで会社が従業員に協力をお願いするものであって業務ではなく、業務時間外に行うこととされ、行っても時間外割増賃金は支給されないことになっていた。
また、「WEB学習」は、NTTグループが、従業員に対し、会社の業務に関連するさまざまな分野の知識を、WEBサイト上の教材を使って学習をさせるものである。やはり、建前としてはあくまで各従業員のスキルアップのためのものであって業務ではなく、業務時間外に行うこととされ、行っても時間外割増賃金は支給されないことになっていた。
いずれも建前としては業務ではなく任意の取組みとされているが、実質的には強制された業務に他ならなかった。すなわち、「全社員販売」については、全社的に決定された年間100万円の販売目標が従業員に折に触れて明示されていたし、「WEB学習」についても、上司から取り組むべき課題が個別に明示されていた。そして、会社は、それらの目標を、2001年から導入されていた成果主義賃金制度において評価基準となるチャレンジシートやキャリアプランシートに記載するよう強く促していた。また、会社は、「全社員販売」や「WEB学習」の進捗状況を細かく把握していた。そのため、従業員は、目標を達成しないと低い評価を受け、賃金が下がるかもしれないとの恐怖感の下、「全社員販売」や「WEB学習」に取り組まざるを得ず、「全社員販売」の目標を達成するため、自腹を切ってプリペイドカードを購入し、それを金券ショップで換金するものも少なくなかった。
- NTT西日本からグループ企業に出向していた原告もまた、成果主義賃金制度において低い評価を受けて賃金が下がることを恐れて「全社員販売」や「WEB学習」に取り組み、疲弊しきって、日本労働弁護団による労働相談ホットラインに相談を寄せたのだった。相談を受けた私は、平山敏也弁護士とともに訴訟の準備を進め、個人加盟の地域労組やNTT西日本の少数労働組合の支援も受けながら、2007年4月、原告在職のまま提訴に踏み切った。
原告側は、「全社員販売」や「WEB学習」成果主義の評価に用いるチャレンジシート等に会社が示した「全社員販売」や「WEB学習」の目標を書かせ、実質上これがノルマと化していたこと、いずれも進捗状況を会社が管理していたこと、「全社員販売」の利益は会社に帰属していること、原告が従事していた「WEB学習」は原告の本来業務と密接に関係したものであることなど、会社による指揮監督が及んでいたことを示す数々の事実を主張した。また、原告が数年にわたって付けていた詳細なノートによって「全社員販売」や「WEB学習」に従事した時間を立証した。
裁判所も、原告の主張に真摯に耳を傾けてくれたように思う。しかし、NTT西日本は、あくまで「全社員販売」や「WEB学習」が従業員の自発的な取り組みであるとの主張を崩さず、度重なる裁判所の和解勧告にも全く応じようとしなかった。
- 判決は、「全社員販売」、「WEB学習」のいずれについても業務性を認めるとともに、原告のノートの証拠としての信用性を認めて労働時間を認定し、冒頭に述べたとおりの判決を下した。
判決は、「全社員販売」について業務性が認められる根拠として、@「全社員販売」は会社が利潤を得るための活動であること、A営利企業の営利活動に無償で協力するいわばボランティアがあるとは容易に想定しがたいこと、B会社が年間100万円の販売目標を設定していたこと、C上司がチャレンジシートに販売目標を記載するよう求めていたこと、D販売状況が社内のシステムで把握されていたことなどを挙げた。
また、「WEB学習」について業務性が認められる根拠として、@原告が取り組んだ「WEB学習」の内容が原告の本来業務に必要な知識に関するものであったこと、A上司が資格取得やWEB学習によるスキルアップの目標を明示していたこと、B上司がチャレンジシートにスキルアップの目標を記載するよう求めていたこと、C「WEB学習」の状況が社内のシステムで把握されていたことなどを挙げた。
この判決の意義は、特に、@本来業務と関連する学習活動の業務性を認めた点、A成果主義を背景とするサービス残業の強制を認めた点、B日本を代表する大企業に対してサービス残業の是正を求めた点にある。
- この4月から、一定の長時間残業については、従来より重い割増賃金の負担が課せられることになったことは周知の通りである。これによる残業の抑制が望まれるところではあるが、その一方、様々な企業で様々な方法で行われているサービス残業はいっこうになくなりそうもない。
そんな中、本件は、成果主義を背景とするサービス残業に警鐘を鳴らすものとして、画期的である。NTT西日本は、判決後間もなく控訴したが、一審判決を重く受け止め、本件の早期解決を図ると共に、サービス残業の根絶に努めてほしい。
- (弁護団は私のほか平山敏也弁護士)
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