2010年4月号/MENU


「すてっぷ」館長雇い止め事件 大阪高裁で逆転勝訴
NTT3重偽装請負事件報告
関西金属工業・井富雄さんへの第2次解雇について、懲戒解雇・普通解雇ともに無効とする勝利仮処分決定!
過労障害損害賠償訴訟報告


「すてっぷ」館長雇い止め事件 大阪高裁で逆転勝訴
弁護士 長 岡  麻寿恵

  1.  大阪高裁(塩月秀平裁判長、菊池徹裁判官、鈴木陽一郎裁判官)は、2010年3月30日、豊中市及び財団法人とよなか男女共同参画推進財団に対し、請求を棄却した原判決を変更し、三井マリ子さんに150万円(内100万円は慰謝料、50万円は弁護士費用)の支払を命じる判決を下した。
     この事件は、豊中市の男女共同参画推進センターである「すてっぷ」の初代館長(非常勤)であった三井マリ子さんが、3度の更新を経たもののその後雇い止めされ、常勤館長職にも採用されず2004年に雇用契約を終了されたことについて、雇い止め及び不採用が債務不履行又は共同不法行為にあたるとして、慰謝料1000万円及び弁護士費用200万円の支払を求めていたものである。

  2.  本件雇い止めは、館長職を非常勤から常勤にするなどの組織変更を口実としたものであったが、実際には、2002年7月頃から始まった「すてっぷ」に対するバックラッシュ勢力(一部市会議員を含む)による攻撃、特に豊中市における男女共同参画推進運動の象徴的存在となっていた三井さんに対する名指しの攻撃に豊中市が屈して、三井さんを「すてっぷ」から排除しようとしたものであった。
     バックラッシュ勢力は、「日本会議」等の全国組織を背景として、狙いを定めた地方自治体に対して、一般市民を名乗りながら「男女共同参画社会はひな祭りも否定する、トイレも更衣室も男女同じ」等というデマを流しつつ、一部議員とも意を通じながら、自治体の取り組みを攻撃してきた。2年前には、つくばみらい市主宰のDV防止講演会がバックラッシュ勢力の攻撃によって中止に追い込まれたこともある(なお、三井さんに対する攻撃の先頭に立っていた男性はその後西宮市の学校長に対する脅迫で逮捕されており、対自治体暴力としても看過しがたい)。
     豊中市及び財団(その実質は市からの出向職員が掌握しており、独自の意思決定機能はない)は、三井さんを排除すべく、館長である三井さんに隠して「組織変更」を検討、決定し、三井さんは常勤館長に就任する意思がないと嘘をついて館長候補者に就任を説得するなどしたため、三井さんは気付いたときには雇い止めの外堀を埋められてしまっていた。やむなく三井さんは常勤館長に応募したが、選考委員には、三井さんの意向を偽って候補者捜しをした市の担当者が就任するなど、極めて不公正な手続であった。

  3.  原審(大阪地裁山田陽三裁判長、細川二朗裁判官、川畑正文裁判官)は、財団事務局長(市出向職員)が三井さんに「意図的に情報を秘匿していた」、「秘匿しなければならない必要性は考えにくい」としながら、その「真意は不明である」が本件組織変更の必要性を否定する事情にはならない、等として、本件雇い止め及び不採用に違法性はないと判示した。後任者捜しの担当者が選考委員となっていたことについても「公正さに疑念を抱かせる事情といわざるを得ない」としつつ不正はなかったとした。
     原判決を受けて弁護団は、控訴審において、一連の市及び財団の三井さんに対する情報隠し、三井さんの意向について虚偽の説明をしながら隠れて後任者捜しをしていたこと、このような行動を行っていた担当者が選考委員に就任していたこと等々が三井さんに対する人格権を侵害する不法行為であるとして、人格権侵害による慰謝料請求を追加して主張した。また龍谷大学の脇田滋教授や早稲田大学の浅倉むつ子教授に意見書を作成していただいて書証として提出した。とくに浅倉教授には人格権侵害について詳細な意見書を書いていただくことができた。

  4.  控訴審判決は、上記のような経緯についての控訴人主張を大幅に認め、「被控訴人財団における男女共同参画推進の象徴的存在であり、その政策の遂行に顕著な成果を上げていた控訴人を被控訴人財団から排除するのと引き換えに条例の議決を容認するとの合意を、・・議員らの勢力と交わすに至っていたものとの疑いは完全に消し去ることはできない」「被控訴人財団の事務局長及び同被控訴人を設立し連携関係にある被控訴人市の人権文化部長が、事務職にある立場あるいは中立的であるべき公務員の立場を超え、控訴人に説明のないままに常勤館長職体制の移行に向けて動き、控訴人の考えとは異なる事実を新館長候補者に伝えて候補者となることを承諾させたのであるが、これらの動きにおける者たちの行為は、現館長の地位にある控訴人の人格を侮辱したものというべきであって、控訴人の人格的利益を侵害するものとして、不法行為を構成するものというべきである」「控訴人としては・・その実績から次年度も継続して雇用されるとの職務上の期待感も有していたものといえるのであり、雇用契約が年単位であるからといって、常勤館長制度への移行期において、その移行内容及び次期館長の候補者リストについて何らの説明、相談を受けなかったことについては、館長の職にある者としての人格権を侵害するものであった」と明確に判示し、財団事務局長と市人権文化部長の共同不法行為を認めた。
    5、本件控訴審判決は、バックラッシュ勢力の攻撃について極めて詳細な事実認定を行い、本来このような勢力の攻撃に屈せず男女共同参画を推進すべき地方自治体及び財団が、容易に攻撃に屈して館長を排除しようとするに至った経緯を詳細に認定している点で、極めて意義が深い。
     有期雇用における雇い止めは、労働者の誇りを傷つけ人格の尊厳を傷つけるようなやり方で強行されることも多い。本判決は、雇い止めや不採用のやり方が労働者の人格を侮辱し、人格権を侵害する場合には不法行為を構成することを明らかにしている点でも、意義の大きい判決であると思う。
     なお付言すれば、塩月秀平裁判長は、2009年にDV被害者による定額給付金の仮差押えを否定した大阪家裁決定を破棄し、DV被害者のためにこれを認容する決定を行った裁判官でもある。
     なお、豊中市及び財団は4月1日上告した。

(弁護団  寺沢勝子(弁護団長)、川西渥子、大野町子、渡辺和恵、石田法子、宮地光子、紀藤正樹、越尾邦仁、島尾恵理(事務局長)、溝上絢子、中平史、長岡)

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京都地判平成22年3月23日
  NTT3重偽装請負事件報告
弁護士 塩 見  卓 也

第1 はじめに
  最高裁は松下PDP事件にて、偽装請負、違法派遣事案における受入企業が労働契約上の使用者としての責任を有することになるのか否かにつき、85年に労働者派遣法が制定されてから初の判断を行った。
  NTT3重偽装請負事件(以下、「本件」という)に対する京都地裁の判決は、上記最高裁後の偽装請負事案における下級審判断である。本件は、仮に松下PDP事件最高裁判決の立場を前提としても、労働者と受入企業との間の労働契約の成立が認められるべき事案である。しかし、京都地裁は、最高裁が示した観点について十分検討することもなく、原告を全部敗訴させるという極めて不当な判断を示した。


第2 事案の概要及び原告の主張
  06年10月、原告(以下「X」とする)は、ハロー・ワークの求人、具体的には、勤務地は被告NTTの研究所の所在地、業務は日本語研究に関する事務作業など、事業主は被告NTT(以下「Y1」とする)とは別の会社であるW社と示される求人情報を見て、それに応募した。ハロー・ワークでは、同求人の業務はY1の研究所の仕事であるとの説明を受けた。その後、W社の社長による面接、別会社であるS社の社長とYの100%子会社である被告NTT・AT社(以下「Y2」とする)の課長による面接、Y1の研究員2人とY2の課長による面接の三度の面接を順次受けた。一度目の面接は10分程度であり、人物確認程度のものであった。二度目の面接では、Y2の課長から、英語能力を有するかと、5年を超える長期勤務が可能かを尋ねられ、さらに「次回の面接では、Y1の研究員から英字新聞を訳させるなどして英語力を試させられることがあると思いますので、そのつもりでいて下さい」との説明を受けた。三度目の面接では、実際にY1の研究員から英字新聞を訳することを求められ、その結果、Y1の研究員はXがTOEIC700点以上の英語力を有するものと評価した。その面接の終了直後に、Y1はXを同業務に受け入れる旨をY2の課長に伝え、Y2の課長はS社の社長にそれを伝え、S社の社長はXにそのことを伝えた。そうして、Xの同勤務地における同業務への採用が決まった。その後、XにW社の社長から電話があり、XはW社の事務所を訪れ、W社の者から労働者雇入通知書兼就業条件通知書を受け取った。XがW社の者と顔を合わせたのは、一度目の面接とこの時のみである。
  なお、Xのこれらの面接以前に、全く同様の経緯で同業務の採用面接を受けた者がいたが、その者は、3度目の面接にてY1の研究員がTOEIC700点以上の英語力がないと判断し、その旨をY2の課長に伝えた結果、採用には至らなかった。
  Xは、同年11月の第一営業日から就労を始め、求人情報に示されていたとおり、Y1の研究所において、Y1の研究員の指揮命令下、翻訳ソフト開発に使用するデータの作成や、研究員からその都度指示される業務等の研究補助業務に従事した。Xの行っていた業務については、W社やS社に所属する者は一切関与していなかった。また、Y2についても、Y1の研究員からXに指示される業務内容が電子メールの同時送信でY2の課長にも送られるなどのいくらか形式的関与はあったが、実際にはXの従事する業務に関し具体的に指揮命令する能力を持ち合わせていなかった。しかし、契約の形式上では、Xの行っていた業務は、Y1からY2に業務委託され、さらにY2からS社(当初はS社とはさらに別の会社とされていたが、途中からS社となった)に2次業務委託がなされ、さらにS社がW社に3次業務委託したものとされており、Xの所属する事業主はW社とされていた。
  Xの就労に関しては、業務委託の代金として、月額約50万円がY1からY2に支払われていた。Y2は、そこから毎月37〜38万円をS社に支払っていた。S社がW社にいくら支払っていたのかは不明であるが、W社はXの口座に、毎月18万3000円を賃金として振り込んでいた。
  XはY1の研究所に1年5か月勤務したが、Y1の子会社で偽装請負が問題となったことをきっかけに、Y1はY2等との業務委託契約関係を終了させようとした。Y1の研究所の研究員は、Xに職場に残ってもらうため、Xに対し、W社を08年3月末で退職し、身分を別会社の派遣労働者に切り替えて研究所での就労を継続できるようにすることを勧めた。Xは、その勧めに従い、08年2月、W社に退職する旨の電子メールを送信した。しかし、Y1から紹介を受けた派遣会社との間で条件が合わず、別会社による派遣労働への切り替えはかなわなかった。08年3月末、Y1はY2との間の業務委託契約を終了させ、それによってXは事実上の解雇に追い込まれた。
  上記事案の下、Xは、@採用面接段階での労働契約締結の明示の意思の合致、AXの就労関係の根拠とされる形式上の契約関係が職安法44条及び労基法6条に反し、公序良俗に反するものとして無効となることを前提とする、XとY1との間の黙示の労働契約の成立、B法人格否認の法理によるXとY1との間の労働契約の成立、CY1及びY2の共同不法行為責任に基づく、職を奪われたことによるXの精神的苦痛に対する慰謝料及び中間搾取された差額の損害賠償請求を主張した。


第3 判決内容
  1. 明示の労働契約意思の合致について
     判決は、明示、黙示を問わず、「偽装請負」状態にある場合の受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件として、「注文者と請負業者の配下にある労働者との間に労働契約が成立するためには、両者の間に事実上の使用従属関係があるだけでなく、請負業者の配下にある労働者が注文者を使用者と認め、これに対して労務を提供する意思を有し注文者も請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め、これに対して賃金を支払う意思を有すると認めるに足りる事実がなければならない」との規範を立て、Y1がXを自社の労働者として認めたとはいえないと認定し、採用段階での明示の労働契約の成立を否定した。
  2. 黙示の労働契約の成立について
     判決は、黙示の労働契約の成立の検討に際し、「職安法44条及び労基法6条は、いずれも、労働契約が誰との間で締結されたかについての効果を導く規定ではなく、原告の就労形態について、これらの条項違反があるからといって、そのことがXとY1との間の労働契約関係を基礎付けるものとはいえない」と述べ、職安法44条及び労基法6条違反の該当性につき一切の検討を行わなかった。
     そして、「黙示の労働契約が成立したと評価し得るためには、使用従属関係という労働契約の本質的な要素がXとY1との間に存在することが主張立証されている必要があり、具体的には職務を遂行する上で必要不可欠な作業上の留意点を指示するといった関係があるだけではなく、労働者に対して事業所における作業開始時刻や作業終了時刻を指定して拘束したり、労働者側の事情により休暇を取得したい場合であっても、一定の要件の下で休暇申請に対して承諾をせずに勤務を命じることができるといった支配・従属関係が存在することを主張立証する必要がある」との規範を立て、両者間に使用従属関係は認められないと認定した。他方、「W社は使用者としては、単に、形式的かつ名目的な存在であったとはいえず、自ら使用者として実質的にXの賃金等の労働条件を決定し、毎月の賃金を支払っていたといえる」、「XもW社から派遣されてY1で働いているという認識であった」、「Y1もXを自己の労働者であると認識して、その労働者であるXに対して賃金を支払うべきものとする意思があったとは認められない」と認定し、黙示の労働契約の成立を否定した。
  3. 法人格否認について
     判決は、法人格否認については深い検討を行うことなく、W社等が独立した法人格を有すること等の事実から法人格の濫用を否定した。
  4. 不法行為責任について
     判決は、慰謝料につき、「職安法44条違反があったとしても、そのことから直ちに、不法行為が成立するとして保護されるべきものと考えなければならないほどの精神的苦痛がXに生じたとはいえない」とし、ここでも損害論から不法行為を否定することによって、職安法44条違反の問題につき一切の検討を行わなかった。
     労基法6条違反については、「Xの就労形態に関し、労基法6条違反による中間搾取が行われ、そのことによってXに損害が発生したと解し得る可能性がないとは断定しきれない」としながらも、Y2についてXの業務に一定の関与をしていたことから、中間搾取を行ったとはいえないとし、さらに特に理由をつけず、Y1・Y2ともにS社及びW社とともに中間搾取を行ったとまでは認められないとした。


第4 本件の検討
  1. 受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件について
     労働契約は、「当事者の一方が労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約する」意思の合致が認められば成立するものである。しかし、本件判決は、「偽装請負」状態にある場合の受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件として、当事者の主観を重視する独自の規範を立てている。しかも、黙示の労働契約の成否についてまで基本的にこの枠組の下で判断している。
     まず、「請負業者の配下にある労働者が注文者を使用者と認め」「注文者も請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め、これに対して賃金を支払う意思を有すると認めるに足りる事実がなければならない」との法律上の要件に挙げられない事実を要求している点は、極めて不当な判断であるというべきである。ある労務供給関係が労働契約に該当するか否かは、契約形式ではなく、当該契約に基づいて展開されている現実的関係の実態から判断されるべきであり、請負もしくは委任の契約形式をとった契約も、その実態からして労働契約と判断される場合には、労働契約として労働法規及び民法上の雇用に関する規定の適用を受けることは労働法学上の常識であり、法文に挙げられていない要件を加えることで労働契約の成立を否定しようとすることは、現実的関係の実態から判断すべき労働契約概念に反する。
     また、本件判決は、上記規範を明示・黙示を問わない労働契約成立のための規範として立てているが、そもそも黙示の労働契約の成否は「注文者が請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め」ないからこそ問題となるのであって、論理的に矛盾している。
     本件判決の規範は、つまるところ、受入企業が契約の形式のみを根拠に「この労働者はうちの労働者ではない」と言えば、それだけで労働契約の成立を認めないという考え方を採用している。「派遣」「請負」の形式さえ採用すれば、事実上受入事業者が使用者としての責任を負わなくてよいことにお墨付きを与えたも同然で、事業者側の違法行為の「やり得」を認めるものであり、実質的妥当性も全く認められない。
     以上の点で、本件判決の労働契約成立に対する考え方は、論理的にも、実質的にも、全く妥当性を欠く、極めて不当なものであるといえる。
  2. 職安法44条違反を検討しなかった点について
     松下PDP事件最高裁判決は黙示の労働契約の成否の判断に先立ち職安法44条違反及び公序良俗違反の有無を検討していることから、最高裁が、形式上の契約関係が無効となるか否かの点が黙示の労働契約の成否に影響するとの考えを採っていることは明らかである。にもかかわらず、本件判決は職安法違反の事実や契約が無効になるか否かは労働契約の成立に無関係と断じ、これらの点の検討を一切行っていない。明らかに最高裁の判断枠組に反する極めて不当な判断であるといえる。
     また、本件判決は、不法行為についての判断においても、損害論から不法行為責任を否定し(原告代理人としてはこの事実認定自体が信じられない判断なのだが)、ここでも職安法違反の認定を正面から行うことを避けている。
     本件事案は、職安法44条違反の問題に踏む込めば、Y1ら事業者側の悪質性に深く言及せざるを得ないものである。そして、事業者側の悪質性・違法性が高いと認定されれば、それは自ずと不法行為の損害論にも影響するはずである。また、先にも述べたとおり、形式上の契約関係の無効は労働者と受入事業者との間の労働契約の成立を推認し易くする。にもかかわらず、あえてそれらの点の判断を避け、悪質性の認定に踏み込まず、Y1との間の労働契約の成立や事業者側の不法行為責任を否定した本件判決の判断は、最高裁の考えに反するものとして破棄されるべきものといえる。
  3. 「使用従属関係」について
     この判決のもう一つの特徴は、黙示の労働契約が成立するための「使用従属関係」の認定につき、非常に厳しい規範を立てた点である。そして、欠勤の場合に報告は行っていても承認までは不要だったことやY1がXに懲戒権を行使したことがないことなどを根拠に、両者間に黙示の労働契約の成立の前提となる使用従属関係は認められないと認定しているのである。他方、Xと接触したことがXのY1での勤務開始前に2度あったに過ぎないW社を実質的にも「使用者」であると正面から認めてしまっている。この事実認定は、もはや滑稽ともいうべきである。
     本件では、Xが労務に従事していた事実が間違いなく存在するところ、その労務はXが誰の指揮命令も受けず単独で遂行できるようなものではなかった。そんな中で、W社及びS社はXの業務に一切関与しておらず、Y2も形式的な関与を僅かに行うのみであった。そして、Y1こそが、Xの労務を受け入れ、指揮命令する主体であった。このような事実関係で、XとY1との間に使用従属関係がないというのは、あまりにも常識外れというべきである。
  4. 損害論について
     これまで述べてきたように、本件判決はその大半が極めて不当な判断で占められているが、唯一の見るべき点は、労基法6条違反について中間搾取分が不法行為の損害となる可能性を認めたことである。
     もっとも、Y2につき、Xの業務に一定の関与をしていたことから中間搾取を行ったとはいえないと判断した点は、極めて不当である。Y2はXとの形式上の契約関係においても何ら直接の関係のない者なのであって、いかなる観点からもXの就労に関与して利益を得ることを正当化することはできない。仮にY2の関与が正当な業務請負関係に基づいており、Y2の得た利益が1次請負事業者としての正当な業務遂行の対価といえるものであれば、Y2の利益は正当化できるが、本件判決は本件就労関係の職安法44条違反の有無につき全く判断していないのであって、Y2の関与が正当な業務請負関係に基づくものであるとは認定していないのである。したがって、Y2がXの業務に一定の関与をしていたからといって、それをもってY2がXの就労に関し利益を得た(中間搾取を行った)ことを正当化する余地はないのである。Y2の利益を正当化するのであれば、本件において職安法44条違反の事実がないことの認定が不可欠なはずなのである。
     また、本件判決は、特に理由をつけず、Y1・Y2ともにS社及びW社とともに中間搾取を行ったとまでは認められないと認定しているが、本件でY1はXの就労に関し2次請負事業者としてS社が関与していることを認識していたことを認めているのであり、かつS社以下の者がXに何らの指揮命令を行っていないことも認識していたことは明らかなのである。とすれば、Y1、Y2ともに、S社以下と共同実行する意思をもって職安法44条違反及び労基法6条違反を行っていたことは明らかというべきである。
     本件判決のように中間搾取が損害となる可能性を認めるのであれば、上記のとおりの正しい事実認定が行われさえすれば、Xの中間搾取分についての損害賠償請求は認められるものといえよう。


第5 おわりに
   本件判決の根本的問題点は、労働契約概念とは当事者の主観的意図を問題にするものではなく、当事者の基本的な事実認識、就労関係の客観的事実から、労働法による保護を要する関係にあるといえるか否かによって決せられるという視点、特に「黙示の労働契約」は「客観的に推認される意思」を問題とするものであって、当事者の主観的意図など全く問題とされないという視点が完全に欠落し、形式的契約内容から当事者の主観的意図を問題として労働契約の成否を判断している点にある。労働契約は、当事者が主観的にどう考えていたかにかかわらず、一方当事者が他方当事者の業務につき労務を提供することと、それに対して対価が支払われることを両当事者が認識した上で合意すれば、それで成立するものであるはずである。
   今回の判決は最高裁判決の考え方すら無視し、独自に最高裁判決の考え方よりはるかに厳しい規範を立てて、労働者を負かせた判決であるといえる。労働法制、労働契約概念は、他人決定性、経済的従属性から不利な立場に立たされる労働者を保護し、使用者との間に実質的に対等な関係を構築するために定立されたものである。本件判決は、逆に労働契約概念を使用者側を保護するための概念にねじ曲げたものといえよう。
   本件判決は、松下PDP事件最高裁判決後における偽装請負事案に対する下級審判決であり、最高裁判決の影響がいかなる形で現れるかに関心が持たれたが、本件判決に対しては、最高裁判決の「論理」が影響したのではなく、「最高裁が労働者を負かす方向にシフトした」という政治的ベクトルが下級審裁判官に影響を及ぼした結果であるというべきものと考える。
   いずれにしても、本件は今後の運動のためにも勝つべき事件、負けてはならない事件である。現在私はこの判決に怒り心頭であるが、この悔しさをエネルギーに、控訴審で必ず勝つよう頑張っていく所存である。

(弁護団は、中村和雄、塩見卓也)

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関西金属工業・井富雄さんへの第2次解雇について、懲戒解雇・普通解雇ともに無効とする勝利仮処分決定!
弁護士 谷   真 介

  1.  平成22年年3月19日、関西金属工業の井富雄さんの第2次解雇事件について仮処分で争っていたところ、懲戒解雇、普通解雇とも無効とする勝利決定が出されたので、報告する(裁判官は内藤裕之裁判官)。

  2.  関西金属工業は平成16年にに変更解約告知と銘打って組合員全員を整理解雇し(第1次解雇)、仮処分、地裁、高裁と全て勝って、組合員は平成19年に3年ぶりに職場復帰を果たした。しかし戻った職場は「生き地獄」であった。組合をつぶすことだけが目的となった社長の下、「班制」が敷かれ、組合員は1〜2名の各班に分断、常時監視される状況で班長から怒号、不良報告書の記載強要、退職強要、起立強要、果ては暴力や21件もの懲戒処分の乱発。組合が申し入れた団体交渉には社長も出ず内容も不誠実なものに終始し、解決の糸口も見えなかった。
     そこで、組合員らは、まずは懲戒処分乱発を止めるため、平成19年7月に、懲戒処分の無効確認及び違法な懲戒処分を受けたことに対する損害賠償請求の裁判を提訴。その後も乱発された懲戒処分を随時追加提訴した(なお、平成21年9月に、会社が全ての懲戒処分を撤回して勝利和解した)。この提訴で会社の攻撃は井さんと宮本さんの二人の組合員にターゲットを絞り、班長らの暴言や暴力などのいじめにシフトしていったため、平成20年8月今度は井さん宮本さんを原告としていじめによる慰謝料の損害賠償請求を提訴(現在も係属中)。これらの裁判が継続している中で起こったのが今回の井さんの第2次解雇である(なお同時に、宮本さんも休職期間満了で退職扱いとされ実質解雇された)。

  3.  前置きが長くなったが、井さんの第2次解雇の概要は次のとおりである。
     井さんが平成21年4月に工場内で積み込み作業を行っていたところ「班長」がやってきて「バリがとれてないやないか」と因縁をつけられて襟首を掴んで引きずられ、頭部や下顎部を殴るという暴力を振るわれた。激しく出血したため井さんは病院を受診し、たまらず警察に駆け込み被害届を提出した(それまでは暴力を振るわれても被害届を出すことは控えていた)。すると、会社はあろうことか暴力を振るわれた井さんを懲戒解雇してきた。懲戒解雇理由は驚くべきものであった。会社は、「井さんが実行犯の班長を挑発し、その挑発にのり防御行為を行った班長の手が偶然井さんにあたって井さんが軽傷を追い、その結果を重視して班長との契約を解除(解雇)せざるを得ず、会社にとって有望な人材を失わせた」というものであった。即時に仮処分を申し立てたところ、分が悪いと思ったのか、会社は井さんのミスが多いと、普通解雇を追加してきた。

  4.  班長の審尋では、裁判官は、従業員がいきなり暴力を振るうなどと言うのはにわかに信じがたいので、この実行犯の班長の審尋を行いたいと異例の希望が出され実施することとなった。班長の審尋では、暴力事件の態様について詳細に聞いたほか、こちらは怒号の飛び交う現場の状況を録音したテープを証拠提出して、異常な職場の状況について班長に質問をぶつけた。するとその班長は、明らかに録音テープに記録されている内容について「こんなこと言っていない」などと言う始末で、この時点で懲戒解雇の点で負けることはないと確信できた。
     問題は普通解雇であった。井さんは100以上の不良報告書(作業ミスの報告書)を作成提出しており、その他の従業員と比べても際だっていた。それらの不良報告書がすべて書証で出された。こちらとしては、不良報告書を書かせるのもいじめの一貫であることや、不良を出さないための会社の指導教育が全くなかったこと、不良報告書は注意・指導のために作成されたものではなかったこと、などの反論を行った。
     信じられない出来事は続く。結審後、会社は自ら解雇したはずの班長をあろうことか職場に復帰させたのである。これで会社のいう懲戒解雇理由は全くなくなった(もとより存在していなかった)ことが明らかとなり、実質的に残る争点は普通解雇の成否のみとなった。

  5.  決定は冒頭で述べたように、懲戒解雇も普通解雇も無効とする勝利決定であった。賃金仮払いについても、過去分は認めなかったものの金額面ではほぼ満額で、十分納得できるものであった。理由については、「班長がいきなり故意に井さんを殴ることは唐突の感がある」などと不満の残る点もあった(この会社はそういう会社なのだが)。ただ懸案の普通解雇については、裁判官は、不良報告書が注意指導のために作成されるものではないこと、不良を出さないための会社が指導を行っていたとは認めがたいこと、井さんの不良報告書の数は確かに多いが改善傾向にあることなどを認定し、井さんの言い分がほぼ全て認められた。雇用保険の仮給付が切れる前ぎりぎりの決定で、主任としては胸をなでおろす結果であった。

  6.  会社は組合の井さんを職場に戻せという団体交渉の申入れをいまだに拒否し続けている。いじめの損害賠償請求事件については今年5月31日に証人尋問があり、また、おそらく今回の井さんの第2次解雇についても会社は本訴で争ってくると思われる。これからも関西金属工業の「職場に帰って職場を変える」闘いは続く。労使間での全面解決をめざし、最後まで戦い抜くので、今後とも関西金属の争議に暖かい支援をお願いしたい。
     (なお宮本さんの退職扱いの実質解雇についても仮処分で争っていたが、宮本さんが熊本に帰られることになり、和解で解決する決断を行った。本年3月31日には井さんの勝利報告と宮本さんの送別会を兼ね、賑やかな集会を行った。参加していただいた皆さまにはこの場を借りてお礼を申し上げたい。)

(弁護団は鎌田幸夫、城塚健之、河村学、古本剛之、谷真介)

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平成22年2月16日鹿児島地裁判決(確定)
  過労障害損害賠償訴訟報告
弁護士 波多野   進

  1. はじめに
     鹿児島のレストランチェーンのいわゆる名ばかり店長(管理職)が過重業務(超長時間労働などの)によって心疾患(存命・労働能力喪失・24時間介護要)について労災認定後から受任し、給付基礎日額を争いながら(支給額決定に際して残業代を算入していない点について)、民事賠償請求をなした件について報告する。

  2. 事案の概要と方針
     鹿屋労働基準監督署長が調査の結果、警備記録などをもとに下記の労働時間を認定していた。
      本件発症前1か月目  173時間42分
      本件発症前2か月目  239時間08分
      本件発症前3か月目  198時間48分
      本件発症前4か月目  220時間04分
      本件発症前5か月目  225時間24分
      本件発症前6か月目  158時間04分
     80時間ないし100時間の時間外労働時間で業務災害と認定される現行基準からすれば、労災認定されることは当然の事案であった。
     そこで、弁護団としては、民事訴訟で勝訴するのは当然として、「圧倒的に」金額面でも内容面でも勝訴することを目指した。「裁判の勝利には、事実と論理が不可欠である。しかしそれだけで勝つわけではない。訴える者の熱い心を媒介に、対象を明らかにし、その熱い心の訴えが裁判官の心につきさすのに成功したときのみ、勝利するのである」(ドキュメント「自殺過労死」裁判―24歳夏 アドマンの訣別・故藤本正弁護士著・97頁)で、故藤本正先生が電通事件をたった一人の代理人で全く先例がないなか「電通」を被告とする労働者の自殺(過労自殺という言葉もない時代)についての損害賠償事件について述べた言葉は常に忘れないように、労働時間のみならず、その背景(人員の補充がない、ノルマ、ハラスメントなどなどの質的過重性)も時間に安住することなく、くまなく熱く主張立証することを誓った。
     介護費用をできるだけ多く獲得することに留意した。
     訴訟のため、後見の申立を行った。
     労災関連の損害賠償事件の場合、残業代が未払であっても、時効になっている場合が多いため、裁判で争いになる場合は多くはない。しかし、本件では原告本人は意思能力を失っているため、時効中断されていたこと、客観的証拠(警備記録)と聴取結果から、過重性判断の労働時間と賃金の支払いの対象となる労基法上の労働時間が一致ないし近似しているといえる事案であったことから、残業代についても訴訟物に据えることにした。
     また、両親が24時間介護をしている等の事情があることから、両親も固有の慰謝料を請求することにした。
     精神科(パニック障害)の通院歴、喫煙歴があるとともに、若年での心疾患の事案であったため、被告からのおきまりの基礎疾病があったという主張などなどが予想されたため、素因減額、過失相殺をできるだけ少なくする闘いを予想しつつ、訴訟に突入した。
     電通事件と同じように、本事件においても、被災者の真面目な人柄、足りない人員を補うために身を粉にして働き続け、ノルマが達成できない、スーパーバイザーの巡回での指摘(空調機のフィルター清掃が足りていないなど)に対して全ての業務が終わった午前1時過ぎから「私の体調回復後に行います」と詫びながら苦しみを吐露している姿などなどをどんな些細なことでも裁判所に訴えるようにした。
     また、甲南大学名誉教授の熊沢誠先生の著書「若者が働くとき・使い捨てられも燃え尽きもせず」で語っている「予算」「目標」という名の「ノルマ」、強制された「自発性」という構造がそのまま当てはまる職場であること、正社員の欠員が出てもその補充もせず店長にフォローさせ無償労働を強いた方が康正産業の利益が上がる構造になっていること(また、目標という名のノルマが課せられていて、達成できないと叱責までされるため、店長は働いた分の人件費がかかるアルバイトは増やせない)も可能な限り主張立証した。

  3. 判決内容(意義)
    @ 長時間労働の認定と因果関係の肯定
     警備記録を基本に概ね原告の主張通りの認定がなされ、直近1か月で176時間15分、2か月から6か月で平均200時間30分の時間外労働を認定した。また、203日連続で出勤している事情なども踏まえて蓄積疲労していたことを認めている。
     本判決は、これにとどまらず、ノルマや人手不足、ノルマ達成のため、パートを増やせない事実をきちんと認定している。
     結論として、業務量(労働時間)及び業務の質とも過重な業務であることをはっきり認定している。
     そのうえで、脳・心臓疾患に関する専門検討会報告書と平成12年3月の旧労働省の作業関連疾患の予防に関する研究などの知見に沿って、業務と発症との間に因果関係を肯定している。
    A 被告の医学的主張をことごとく排斥
     被告は若年での心臓疾患には素因があるはずで、発症直後の心電図の記録を基にQT延長症候群であること、既往歴としてパニック障害があり三環系抗うつ薬の服用がQT延長症候群に作用したなどと主張した。
     しかし、そもそも発症直後に心電図が乱れるのはあり得ることで、発症前も発症後の心電図も被告が主張するような所見は認められなかった。また、パニック障害に伴う服薬についても常用量より少ない服薬で服薬している間でも心電図に乱れはなかった。
     弁護団は万全を期すため、念のため反論として心臓の専門医の意見書とパニック障害の服薬については精神科医の意見書を提出した。
     したがって、原判決が被告の主張を排斥したのは当然の結果であった。
    B 注意義務違反(安全配慮義務違反
     被告の労基法違反(本件被災前及び本件被災後の)を拾いながら、「被告は正社員に対しては時間外労働に対する賃金も一切払っていなかった。このことは、労働基準法の労働時間規制に対する被告の意思の低さを示すことはもちろんであるが、被告にとって正社員の時間外労働がなんらのコストも伴わないものであった以上、従業員、特に正社員の労働時間を人件費管理の観点から管理する必要性がなかったということにもつながっている。長時間労働に対する無関心ともいえる被告の姿勢は、正社員に対して一切の残業代を支払わないという労務体制にその根があるといっても過言ではない」(判決68〜69頁)と被告の収奪構造を原告の主張立証に沿って断罪している。
     裁判所がここまで踏み込んで判断したのは、被告における余りに酷い労働条件・環境と本件被災後にも改善が見られない現状に、文字通り「怒る」とともに、原告の想いに共感してくれたからだと思う。
    C 高額の介護費用の認定
     介護内容を踏まえて(原告の母の介護ノートや原告尋問)、職業付添による付添介護費用として1日2万5000円(ただし、原告の母が67歳となる11年間については近親者による付添介護として1万2000円)を認定した。
     24時間365日介護しているご両親に日々の介護の記録を作成してもらい、その記録を提出するとともに原告本人尋問で24時間片時も離れることのできない介護の過酷さを少しでも裁判所に伝わるように立証した。
    D 両親の固有の慰謝料の認定
     本件発症の経緯、後遺障害の程度、介護の状況などを踏まえてそれぞれ300万円を認定した。
    E 管理監督者性を否定し原告の主張にほぼ沿った形での残業代の認定

     裁判所は、正社員の採用はもちろん、パートでさえ、形式的に採用できる権限があるといいながら、人件費の枠を超えて採用できないなど、労務管理の権限・裁量は形骸化していて、実際はかかる権限はない、店舗運営も細かい目標は全て本社が決めている、備品の補充すら稟議を挙げなければならないことなどから、到底決定権限があるとは言えない、勤務態様も過重労働の事実からも自由に休みを取れる裁量などないなどとして、管理監督者性を完全に否定した。
     そのうえで裁判所は2年間で合計732万4172円の残業代を認定している。
     残業代の訴訟でも、原告が長時間労働に従事していた以上当然であるが、相当高額な認定となっている。

  4. 最終解決(判決後の和解)
     判決後控訴期間が経過する前に康正産業が本件事件について陳謝するともに総額2億2907万8800円を支払うとの和解契約が成立した。

  5. 雑感
     ほぼ全面勝利を獲得できたのは、徹底した証拠収集(事実の積み上げ)と関係者の聴取、労災との連動(給付基礎日額の争いの中で、審査官段階で非常にいい逆転決定)、本件被災後の是正勧告(被告の悪性が客観的証拠となった)などが重なったことによる。

 
(弁護団は松丸弁護士、片山弁護士と波多野)

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