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JAならけんに対する勝利的和解―不誠実団交を勝利につなげる
淀川ヒューテック事件の解決について
ケーブル工業女性パート労働者解雇事件―地位保全決定を受けて
大阪にもある中国人研修生事件


JAならけんに対する勝利的和解―不誠実団交を勝利につなげる
弁護士 藤 澤 頼 人

  1.  この事件は、奈良県内でも有数の規模を誇る奈良県農業協同組合(JA)が、農産加工場を一方的に閉鎖し、工場で働くパート従業員の雇い止めを強行しようとした事件でした。

  2.  もともと、この加工場では今回閉鎖対象になっていた部門(ジャム工場)の他にもう一部門(フルーツソース工場)がありました。ところがこのフルーツソース工場は、本件が起こるわずか1年前に閉鎖されてしまいました。その時もJAは当該工場のパート従業員を雇い止めしようとしました。しかしながら、パート従業員らが結成していた労働組合が素早く対応し、弁護団の強力な援護を得て労働者に有利な解決を勝ち取りました。

  3.  JAはこの経験に懲りたのか、当初は解雇せず、配置転換で対処すると明言しました。そして、閉鎖理由としては赤字が最大のものであると説明しました。
     しかし、先のフルーツソース工場の閉鎖の時には、同工場を閉鎖すれば黒字に転換するとJAは説明していましたので、そもそも閉鎖の理由がおかしいとして組合は閉鎖に反対しました。また、仮に閉鎖がやむを得ないという場合に備えて、配置転換先の紹介などを速やかに行うよう申し入れました。
     ところが、次第に閉鎖理由の説明や雇用確保の約束が変遷してきました。
     とりわけ、JA側に代理人弁護士が付いてからは変遷が著しく、閉鎖理由も当初の赤字というものから施設の老朽化による安全・安心な生産の困難性に変わり、雇用確保の約束も大きなハードルを設けた上で、全員の配置転換先は用意できないと言い出して当初の説明や約束は完全に反故にされた状態になりました。
     また、組合側の要求した資料の提出も渋っていました。

  4.  弁護団では、JAが組合に工場閉鎖を通告した当初から相談を受け、労働委員会申立てや訴訟となった場合の対策をにらみつつ、JAから示された資料の分析を進めると共に、団交の方針決定、要求内容や提出を求める資料の選定等に積極的に関与し、精神的にも組合員達を支え続けました。
     資料の分析の結果、たしかに工場単体では赤字状態ではあるが、所属部門はもちろん、JA全体では巨額の黒字となっていることが判明しました。また、団体交渉などで説明していた配置転換のスケジュールの遅れも明らかとなってきました。
     そうしたなか、弁護士が団体交渉に積極的に参加し、的確にJAの説明の矛盾点の指摘や資料提出拒否の違法・不当性の指摘を行いました。その様子は録音にも残しました。また、団体交渉の前などに弁護団会議を開催し、団体交渉を実効性のあるものとするために対策を練りました。
     しかしながら、やはりというべきか、団体交渉においては、JAは前記のような不誠実な対応に終始しました。

  5.  そこで弁護団は、まず、労働委員会に不当労働行為救済申し立てを行いました。その際、やはり弁護士が団体交渉に参加していたことが奏功し、的確に不誠実団交の内容を描き出すことができました。
     審理が進んでいく中で、JAの側から団体交渉の反訳文が書証として提出されました。何故不誠実団交の証拠となる反訳文をあえて提出したのかは不明ですが、組合側に団体交渉に弁護士が入っていたことや団体交渉や審問の場において的確な書面の提出を行ってきたことから、「無駄な抵抗」となることをおそれてのことかも知れません。
     いずれにせよ、この反訳文の提出によって、不誠実団交の内容が生々しく再現されたのでした。
  6.  また、JAが閉鎖期日として通告したいた否が近づいてきた09年2月10日に、弁護団は、労働委員会での審査の実効性を確保するため、雇用契約の更新及び操業継続を内容とする審査の実効確保の措置勧告(労働委員会規則40条)の申立を行いました。これに対して、労働委員会は同年3月4日、「本件不当労働行為救済申立事件は、当委員会において現在審理中であり、被申立人にあっては、申立人組合との団体交渉を進め、雇用維持の問題の解決に向け鋭意努力されるよう勧告する。」との措置勧告を行いました。これはそれまでの審問の結果、JAの態度があまりに不誠実かつ理不尽であることが、明らかとなっていたことも大きな要因となったと思われます。

  7.  しかしながら、JAは工場閉鎖を強行しました。そこで弁護団は、地位確認・賃金支払請求のほか、パート労働法違反を根拠とする不法行為に基づく損害賠償請求も併合しました。すなわち、パート労働法八条によれば通常の労働者と同一の職に従事するパート労働者について待遇面での差別を禁じているところ、本件工場では、正職員のほか、現業の正規職員である「工員」が存在しました。この「工員」との職務内容等を比較した結果、パート労働者と工員との職務に違いはありませんでした。そのため、パートの賃金を工員よりも低いものに据置き、かつ退職金規程等のない相手方の賃金体系は違法なものであり、違法な賃金体系によりパート労働者は損害を受けたとして不法行為に基づく損害賠償請求を付加したのです。

  8.  さらに、弁護団では、本件工場敷地の利用策について直売所の開設など具体的な提案をし、実際にいくつかの直売所の見学をするなど単なる机上の議論にとどまらない活動を行いました。

  9.  こうした弁護団の意欲的な活動の結果、ついに、我々は画期的な和解勝ち取りました。
     すなわち、団体交渉においては具体的な根拠を示した説明義務があることなど、誠実な団体交渉のあるべき姿をうたいあげた前文に続き、本件工場敷地の再利用の際の優先雇用への配慮、JAから組合に対する解決金1000万円の支払等の条項が含まれました。

  10.  このように、不誠実な団体交渉に対しては冷静に対処すると共に、法的手続きに際しての証拠化をにらんで記録を残すことで、最終的な大勝利につながりました。不誠実な団交であるかといって、意味のないことではなく、むしろ勝利に直結する大いに意味のあることだということを実感しました。

(弁護団は、佐藤真理、高橋和宏、藤澤頼人(以上、奈良合同法律事務所)、坂田宗彦、峯田和子(以上、、きづがわ共同法律事務所))


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淀川ヒューテック事件の解決について
弁護士 須 井 康 雄
  1. 事件の概要
    (1) 申立人らは、4名のブラジル人労働者である。いずれもセルテックから淀川ヒューテックに派遣されていた。淀川ヒューテックが原告らを受け入れていた期間は、解雇日時点で、それぞれ9年、5年、2年、1年を超えていた。

    (2) 淀川ヒューテックは、プラスティック成型加工業を行なう会社であり、業種は製造業にあたる。申立人らは、就業開始前に淀川ヒューテックの従業員から面接を受け、就業するように言われた。申立人らは、淀川ヒューテックの従業員に混ざって就業し、同社従業員から指揮命令を受けていた。派遣元が裁判所に提出した書面によると、賃金の増額決定も淀川ヒューテックが行なっていた。

    (3) 申立人らのうち3名は、淀川ヒューテックでの生産縮小を理由に2008年12月末日限りで解雇され、残る1名も2009年3月末で解雇された。

  2. 解決方針の選択
     原告らは、2008年12月及び2009年4月、派遣先の淀川ヒューテック及び派遣元のセルテックに対し、雇用関係にあることの仮確認と賃金の仮払いを求めて仮処分を申し立てた。
     この点、形式的に雇用契約が存在する派遣元のみを相手方とするほうが、早期解決に資するのではないかとの考えもあった。
     しかし、@本件は、違法な派遣受け入れを続けていた派遣先の責任を不問にすることが許されない事案と考えられ、A他方で、さほど理論的な問題のない派遣元を相手方として、賃金仮払いの決定を早急に得て、生活の安定を図る必要も大きかった。また、B派遣先及び派遣元の両者を同時に訴えれば、二度提訴する手間も不要であり、また、別々の訴えを提訴して、両方の訴訟で負けるという事態も防止できた。さらに、C両者を訴訟当事者とすれば、両者の利害が対立し、事実の隠蔽が困難となるのではないかと考えた。加えて、D仮に和解になった場合、双方に当事者意識をもたせることにより、より有利な和解結果が引き出せるのではないかとも思われた。
     そこで、このような理由により、派遣先と派遣元の双方を相手方としたものである。ただ、両方との間に雇用関係が存在すると考えることは理論を複雑にするため、民事訴訟法にある同時審判申出の制度を利用し、裁判所に対しては、まず、派遣先との雇用関係の確認を求める趣旨であることを明らかにしておいた。
     また、仮処分申立と並行して、労働組合が労働局への申告を行った。労働局に対する申告書の作成、労働局担当者との面談も、もっぱら労働組合が行なった。

  3. 解決までの経緯及び解決内容
     仮処分申立後、まず、裁判官の勧告もあって、派遣元のセルテックが新しい職場をあっせんすべく尽力するということになり、同社担当者と申立人らが職業安定所に複数回通うという事態になった。しかし、厳しい経済情勢の下、申立人らの希望に見合った就職先が見つからず、結局、セルテックとの間では金銭解決が図られることになった。
     派遣先の淀川ヒューテックは、当初、法的責任は全くないとの立場であったため、本訴やむなしとの判断であったが、セルテックとの和解が成立したことを受けて、淀川ヒューテックとも和解する方向で調整が始まった。
     淀川ヒューテックは、同一条件での直接雇用をいっとき提案した。しかし、期間を1年とし、絶対に更新しないという条項は譲れないとのことであったため、1年働いて給料として一定額をもらうよりも、現時点で雇用関係の存在しないことを確認し、解決金をもらうことがより良い選択だと判断し、金銭解決となった。

  4. 本件の教訓(反省)
    (1) 本件では、派遣先及び派遣元ともに和解で終了したが、仮にセルテックとの間の雇用関係を前提とする仮処分決定が出ていたら、淀川ヒューテックに対する本訴において、不利な影響がないとはいえない。このような提訴の仕方がよかったのか、検討の余地がある。

    (2) また、何と言っても直接雇用を勝ち取ることができなかったのが残念であった。せめて「更新を検討する」という程度の条項を入れることができればよかったが、相手方は頑なに拒絶した。1年後にまた生活が不安定になることが明らかな状況で、誰が熱意を持って仕事に取り組めるというのであろうか。合理的な理由のない短期間の雇用契約を規制する必要がある。

    (3) 本件は、単なる整理解雇の問題として終わってしまった感がある。ブラジル人労働者を取り巻く問題について、もっと深く掘り下げることができたかもしれない。

  5. むすび
     この事件は、提出した書証がほぼ同じであるにもかかわらず、先行して提起した国の安全配慮義務違反を問うた国賠訴訟では敗訴していただけに、今回の行政訴訟で勝訴できた喜びはひとしおです。素晴らしい判決を勝ち取ることが出来たのは、法廷の外でも、労働組合(医労連・全医労など)を中心として組織された「村上優子さんの過労死裁判を支援する会」の方たちが、裁判傍聴や署名活動、宣伝行動によって、支援の輪が全国的に広げて下さったことも大きく影響しています。高裁判決の先例的価値を広め、医療現場の労働条件が少しでも向上していくきっかけとなることを願っています。

          
(弁護団は、梅田章二、河村学、伊東孝子、須井康雄)

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ケーブル工業女性パート労働者解雇事件―地位保全決定を受けて
弁護士 藤 井 恭 子
  1. 悪質な便乗解雇
     本件は、昨年末に、トヨタ系列デンソーの下請け会社「ケーブル工業株式会社」に働く女性フルタイムパート労働者5人が、一時期に解雇された事件である。
     解雇された女性パート労働者は、みな時給800円から900円で家計を支える「ワーキングプア」であった。みなシングルであり、シングルマザーとして子どもを育てている女性、単身で生活している女性など境遇は様々であるが、ケーブル工業からの僅かな収入で、生活を支えていた点では共通している。
     彼女たちは、解雇後すぐ、東大阪労連「働く仲間の会」に加入し、「JMIUケーブル工業分会」を立ち上げて、会社と団体交渉を続けた。
     会社が説明する解雇理由は、以下のようなものであった。
     @不景気のため、減産を余儀なくされていること。
     A彼女たちにはミスが多いこと。
     しかし、いずれの理由も、労働者にとってはとても納得のいく理由ではなかった。
     つまり、@についてみると、ケーブル工業は不景気で減産したとはいえ、優良な経営を続けており、赤字経営にはなっていなかったのである。
     また、Aについても、会社が指摘するミスは、何百個もの自動車部品を箱詰めする作業中、一つ詰め忘れたなど、極些細なミスとも言えないミスをあげつらって、解雇の理由としてきたのである。このような些細なミスは、到底合理的な解雇理由とはなり得ない。
     ケーブル工業が行ったパート労働者の解雇は、必要性もないのに不景気に便乗して行った、悪質な「便乗切り」であった。

  2. 仮処分審尋の経過
     本年2月26日、地裁民事5部に地位保全と賃金仮払いを求める仮処分を申し立てた。
     ケーブル工業は、5人の労働者の解雇理由について、普通解雇であるとの主張をしていたが、審尋の途中から、整理解雇である旨の主張も追加してきた。
     しかし、本件でケーブル工業が主張した整理解雇の理由は、以下のとおり、ずさんなものだった。すなわち、
     @世界恐慌により自動車産業は不景気であり、ケーブル工業も減産を余儀なくされていることから、剰員が生じている。A剰員解消のため、解雇を選択する必要があった。B会社の生産力を維持するために、ミスの多い者を解雇対象者とする必要があった。
     上述のとおり、@ケーブル工業は減産しているとはいえ、これまで良好な経営を行ってきた会社であって、内部留保も多く見込まれる会社である。ケーブル工業は、結局最後まで、財産状況を明らかにしなかった。
     更に、A剰員解消=解雇という安易かつ乱暴な主張は到底認められるものではない。ケーブル工業は、五人を突如解雇しており、希望退職者を募るなどの手続は一切踏まれていなかった。
     そして、Bのような会社本位の解雇者選定には、全く合理性はない。ケーブル工業は、従業員であれば誰でも起こしてしまうような、些細なミスのみを理由に、「製品を効率よく生産出来ない者」であるとして、5人の労働者を切り捨てたのである。
     会社の主張は、「整理解雇の四要件」を全く満たさないものであることは明らかであった。

  3. 仮処分決定の概要
     本年7月7日に出た仮処分決定の概要は、以下のとおりである。
    (1) まず、5人の労働者中4人については、解雇権濫用であり無効とした。
     普通解雇であるとの会社の主張については、会社の売上減少・労働者のミス、いずれについても重視すべきことではなく、これらを理由とする解雇には合理的理由も社会的相当性もないとして、解雇権濫用であると結論付けた。
     整理解雇については、ケーブル工業の財務状態が明らかでないことから、差し迫った人員削減の必要性があることについての疎明がされておらず、解雇回避努力についても、希望退職者を募っていないなど、十分されていないとして、整理解雇としても合理的理由及び社会的相当性は認められず、解雇権濫用であると結論付けた。
     しかしながら、1人の労働者については、会社から提出された退職届を理由に、解雇ではなく退職であるとして、却下となった。
     4人の解雇を無効とした裁判所の決定は、労働者側の主張をほぼその通り認めた、至極当然の内容となっており、評価できる。

    (2) しかし、賃金仮払いについては、保全の必要性を過度に厳しく捉え、労働者の生活実態からかけ離れた内容となった。
     「ともかくも本決定の日まで」生きてきたことを理由に、仮払金のバックペイを一切認めず、更に生活のための生計を必要以上に圧縮し、賃金から減額した上で賃金仮払い決定を行ったのである。
     かかる決定は、パート労働で生活を支える労働者達の生活に、全く目が行き届いていない不当なものである。

  4. 法的構成
    (1) 黙示の労働契約
     NTT西日本アセットプランニングが行っていたのは、原告の業務を政令指定の専門26業務であるかのように偽装することによって、本来派遣期間に制限のある通常の業務について原告を無制限に就労させられるようにし、かつ他方で派遣契約をいつでも打ち切れるようにして原告に対する雇用責任を免れようとしたという、極めて違法性の強い脱法的行為である。
     このような契約(労働者派遣契約及び派遣労働契約)は、前述のとおり職業安定法44条、労働基準法6条に反するだけでなく、強度の違法を有していることから公序良俗に反し無効である。
     そして、就労実態に照らせば、就労開始当初から、原告に対し直接の指揮命令をしていたNTT西日本アセットプランニングとの間で黙示の労働契約が成立するものである。
    (2) 派遣法40条の4違反による労働契約の成立
     就労開始から1年経過時(派遣可能期間経過時)に、適法な派遣であれば派遣先に直接雇用申込義務が発生する。この点、本件のような違法な派遣の場合にはより同条の趣旨が当然あてはまるはずであり、やはり直接雇用申込義務が発生し、それ以降原告がNTT西日本アセットプランニングで就労していたことをもって労働契約が成立する。
     適法な派遣である場合には直接雇用義務が発生し、違法な派遣であれば直接雇用義務が生じないというのは、雇用の安定という趣旨から本末転倒した結論であることは明らかであろう。
    (3) 共同不法行為による損害賠償責任
     仮に、原告とNTT西日本アセットプランニングとの間に労働契約が成立しないとしても、近畿データコムとNTT西日本アセットプランニングが業務偽装等の種々の違法行為をした結果、原告は派遣打ち切りという何らの制限のない形で実質解雇されたのであるから、上記2社に対し賃金相当額及び慰謝料について損害賠償請求権を有する。

  5. 本訴に向けて
     決定後、組合と労働者五人は職場復帰を求めて、ケーブル工業に団体交渉を申し入れたが、会社は申し入れを拒否した。
     今度は5人全員の職場復帰を求めるため、本訴を提起し、第1回弁論期日が9月10日に予定されている。
     本訴では地位保全が認められた4人は当然のことながら、退職とされた1人の労働者についても、不当に会社から解雇されたものであることを主張し、職場復帰を求めていく。
     ケーブル工業の不当な便乗切りに対して、勇気を持って立ち上がったパート労働者5人が職場復帰できるよう、本訴で力を尽くしたい。

(弁護団員は、城塚健之、原野早知子、藤井恭子)

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大阪にもある中国人研修生事件
弁護士 奥 田 愼 吾

  1. 研修生事件の概要
     本件は、大阪でも外国人研修生が極めて劣悪な状態で就労を強いられている実態を示すものである。四方久寛弁護士と私は、団体監理型研修で来日した中国人研修生Tさんについて、各受入機関に対し、Tさんの未払賃金、残業代請求及び付加金並びに慰謝料請求等を求める事件を受任した。

  2. 団体監理型研修とは
     Tさんは、同期生5人とともに、2005年11月、中国河北省から外国人研修・技能実習制度(団体監理型)に基づき来日した。団体監理型研修とは、@第一次受入機関として事業協同組合等が研修生を受入れ、A第二次受入機関として同組合に参画する組合員企業が研修生に実地等で研修を行う形態をいう。その際、第二次受入機関は、第一次の受入機関による指導・監督の下に置かれる。なお、外国人と第一次受入機関を媒介するため、外国の斡旋会社が介在するのが通常であり、Tさんも中国の斡旋会社に対し、日本円で30万円の保証金を交付して来日していた。
     Tさんの第一次受入機関は、岐阜県にあるK事業協同組合であるが、大阪にある第二次受入機関で違法な研修や実習が行なわれた。本件では、当初、第二次受入機関や同社の監督を怠ったK事業協同組合に対し、共同不法行為責任として未払賃金等や慰謝料の支払を求めて交渉し、まずK事業協同組合との訴訟外の和解をした。次いで、Tさんが帰国し、中国の斡旋会社から保証金30万円の返還を受けたことを確認したうえ、2009年6月26日、W社を被告として合計240万円余りの支払を求め、提訴するに至った。

  3. 違法な就労実態―名ばかりの研修や実習
     Tさんは、岐阜市内で約20日間の日本語研修を受けた後、第二次受入機関に行くこととなった。ところが、Tさんの第二次受入機関は大阪府堺市にあるS社とされていたが、実際にはW社であった。Tさんは、W社で2005年12月から1年間、とび職としての「研修」を受け、2006年12月から2年間、「技能実習」を行うべく労働した。なお、技能実習では、実習生は名実ともに労働者とされ、労働基準法や最低賃金法の適用が当然に認められる。
     しかしながら、Tさんの「研修」や「技能実習」は名ばかりであった。W社ないしS社は、「研修」や「技能実習」にあたり、Tさんに対し、研修手当等の研修条件ないし労働条件について文書を交付せず、唯一口頭で知らされたのは「研修」時間だけであった。また、Tさんは、日本語も不自由で建築作業員の勤務経験がないのに、必要な研修を受けることなく、主に建設現場での危険な単純作業に従事させられた。研修期間中は認められない時間外研修も日常化していた。しかも、形式的にS社を介在させているのは、一つの事業所(本件ではW社)で受け入れることのできる技能実習生の人数制限を潜脱するためであった(いわゆる「飛ばし」)。さらにW社は、Tさんを別の造園会社の業務に派遣することも行なっていた。このようにTさんの「研修」や「技能実習」は、その実態からみれば就労そのもの、ないし違法な労働者派遣であった。

  4. 労基法違反や不法行為
     W社は、最低賃金未満の賃金しか支払わず、また割増賃金の一部未払いや賃金からの違法な天引きを行なうなど最低賃金法や労働基準法などに違反していた。違法な天引きの一例を挙げると、同僚との喧嘩を理由とした罰金名目での10万円の天引きがある(罰金の天引き自体許されないが、実際にはTさんは、理由もなく中国人の同僚を殴った日本人従業員の行為を止めに入ったにすぎなかった。)
     また、W社は、Tさんが銀行窓口で預金通帳を作った直後に取り上げるなどし、原告を抵抗できない状態に置いた。Tさんに対するW社の扱いは悪質であり、違法に就労させた点も含めて不法行為を構成する。

  5. 研修生事案の困難性
     日本における外国人の立場は日本人労働者と比べて一層弱く、とりわけ研修生の場合は、3年間の研修期間(在留期間もほぼ同じ)が経過すると、母国に帰国し、母国の斡旋会社に交付した高額の保証金の返還を受けなければならない。そこで、研修生はなかなか声を上げにくく、また、声を上げても、各受入機関は研修生の足元を見て誠意ある対応をしないので、不十分な額で訴訟外の和解に応じざるを得ないことが少なくない。我々弁護士も、当初は労働審判の活用も模索したが、在留期間や相手方選択の問題などがあり、結局、Tさんの帰国までに訴訟の準備をしつつ、訴訟外の交渉をすることにした。Tさんは支援団体の協力で研修期間終了後の在留期間の延長(延長3か月、再延長1か月)が許可されたが、それでもK事業協同組合に交渉を引き延ばされ、不十分な内容で和解せざるを得なかった。本件は、第1次受入機関と第2次受入機関が共同して交渉に臨まなかったので、別途、W社を提訴することができたのは幸いであった。Tさんは、いつかきっと研修生の尊厳と正義を取り戻すことができると信じて3年間耐え続けた。Tさんのこの思いに応えられるよう、引き続き力を尽くしたい。

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