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- はじめに
本件は、INAXメンテナンス(以下「会社」という)から形式的に個人業務委託業者として扱われ、INAX製品の修理業務に従事している労働者ら(CEと呼ばれている。CEとはカスタマー・エンジニアのこと)が、組合に加入し、会社に団体交渉を申し入れたところ、会社がCEが個人事業主であり労組法上の労働者に当たらないとしてその団交申し出を拒否した事件である。
本件の争点は、まさに個人事業主として扱われているCEが労組法上の労働者にあたるか、という点に尽きる。
なお、事案の時系列は以下のとおりである。
2004年 9月 6日(及び同月17日、同月28日、11月17日)団交申し入れ
2005年 1月27日 大阪府労委に救済申立て
2006年 7月21日 大阪府労委命令
2007年10月 3日 中労委命令
2009年 4月22日 東京地裁判決
- CEの就労実態(本件判決が認定した前提事実)
(1) CEの採用手続等
会社は、CEを正式に採用する際、CEとの間で「業務委託に関する覚書」を締結する(以下「本件覚書」という)。
(2) CEの業務内容等
@ CEは、INAXが製造した住宅設備機器の修理、点検等を行うが、これらの業務は会社の主たる業務であり、その大部分は、500名を超えるCEによって担われている。
A CEの業務の具体的な遂行方法は、会社の定める業務マニュアル、安全マニュアル、修理マニュアル、新人研修マニュアル等に定められており、その中には、出張修理業務の作業手順、会社への報告方法、CEの心構え及び役割、作業用工具及び自動車の整理の仕方、姿勢、挨拶の角度、言葉遣いの具体例等の顧客との対応の仕方、電話のかけ方、苦情対応の方法、身だしなみ等等が定められている。
B CEに対する会社からの業務依頼は、エンドユーザー等から会社の受付センターに修理依頼が入ったものが、各CEに割り当てられる。各CEは割り当てられた業務について、原則として直ちに業務を遂行するとの本件覚書にしたがって業務を担当することになる。CEが依頼された業務を拒否することもあるが、業務の重複等業務上の不都合を理由にするものが相当程度の割合を占めている。
C 業務依頼を受けたCEは、顧客に連絡して訪問日時等を決め、訪問修理を行う。この経過や結果については、CEは会社に報告することとされており、報告が遅延した場合に会社がCEに始末書の提出を求めたことがあった。なお、顧客からの依頼はライフラインに関わる業務の性格上できるだけ早い対応が必要なことが多い。
D 会社からCEに対する依頼の割り付けは、CEの業務日における業務時間及びエリアに応じて行われる。CEの業務日は、CEと調整して会社が作成した「出勤日・休日連絡一覧表」によって決められる。日曜・祝日についても、近接エリアの4名ないし6名のCEのうち1名がローテーションで業務を行うよう要請されている。会社がCEに業務を依頼する時間帯は、覚書により、原則として午前8時30分から午後7時までとされている。この時間帯、CEは会社からの業務依頼の連絡を受けなければならない。また、会社は各CEについて担当エリアを決定しており、CEが業務に従事する場所は、エリア内の会社から依頼を受けた顧客先となる。会社は、CEの業務遂行の状況を理由に、エリアの削減・変更を行うことがある。
(3) CEの報酬決定及び支払
@ 会社は、CEの能力や実績及び経験をもとにCEを評価してランク付けをし、これに基づいて報酬の支払い比率に差異を設けている(CEライセンス制度という)。
A CEの報酬は出来高制であり、報酬額については委託業務手数料約款に基づき会社が決めている。CEが会社の名義で顧客に請求する修理代金について、会社の定める標準額から増減して請求されることがあるが、これはCEの独自の判断で行うというものではなく、会社が定めた標準額を基礎として現場の状況、作業工数の増減、作業の難易度等に応じて適正な範囲で増減が図られているのが実情である。
- CEの労働者性についての本件判決の判断
(1) 本件判決は、まず、労組法上の労働者の概念及び判断基準について、次のように判断した。
@ すなわち、労組法上の「労働者は、労働組合運動の主体となる地位にあるものであり、単に雇用契約によって使用される者に限定されず、他人(使用者)との間において使用従属の関係に立ち、その指揮監督のもとに労務に服し、労働の対価としての報酬を受け、これによって生活するものを指すと解するのが相当である」とした。
A その上で、具体的な判断基準としては、「労務提供者とその相手方との間の業務に関する合意内容及び業務遂行の実態における、法的な従属関係を基礎づける諸要素(労働力の処分につき指揮命令ないし支配監督を受け、これに対して対価を受けるという関係を基礎づける諸要素。より具体的には、労務提供者に業務の依頼に対する諾否の自由があるか否か、労務提供者が時間的・場所的拘束を受けているか否か、労務提供者が業務遂行について具体的指揮監督を受けているか否か、報酬が業務の対価として支払われているか否か等。)の有無・程度等を総合考慮して決すべきである。この判断は、上記のとおり、種々の事情の総合判断であって、一つの要素が満たされたとしても直ちに上記従属関係を認めるべきことにはならないし、また、一つの要素が欠けたとしても直ちに上記従属関係を否定すべきことにはならないと解される。」とした。
(2) その上で、本件に関しては、以下のとおり判断した。
@ 業務の依頼に対する諾否の自由については、本件覚書に、発注を受けたCEは、「善良なる管理者の注意をもって業務を直ちに遂行するものとする」などとして会社からの業務依頼に対する原則的な受諾義務を定めているとし、会社からの業務依頼を拒否する場合があるとの会社の主張に対しては、会社からの業務依頼の90%が依頼を受けたCEによって業務遂行されていること、業務依頼を拒否される場合のかなりの割合が他の業務との重複など相当な理由がある場合であることからして、採用できないとした。
A 時間的・場所的拘束性については、本件覚書に、会社が「CEに対して委託業務を発注する時間帯は、原則として午前8時30分から午後7時までとする。」と定められていること、本件覚書に業務依頼があれば「直ちに」業務を遂行するものとされていること、顧客からの依頼はライフラインに関わるという業務の性格上できるだけ早い対応が必要であること、などから時間的拘束を受けているとした。
また、CEは会社との関係で担当エリアを定められ、基本的にその範囲内の現場について業務依頼を受け、修理等の作業を行うのであるから、その限度において場所的拘束を受けているといえる。
B 業務遂行についての具体的指揮監督については、詳細な業務マニュアル等でCEの業務の具体的な遂行方法を定めていること、本件覚書に「CEライセンス制度に基づき、CEの業務能力を評価するものとする」と定められ、現に会社がCEのランク付けを行っていること、本件覚書に作業の経過及び完了報告を行うものと定められ、現にこの報告を遅延したCEに対し、会社が始末書の提出を求めたことがあること、などの事情によれば、会社がCEの業務遂行について具体的指揮監督を及ぼしているといえるとした。
C 報酬の業務対価性については、出来高制ではあるが、会社独自の評価基準であるCEライセンス制度に基づくランクに応じて支払われており、同一の業務遂行結果に対してもその報酬額が異なること、休日や時間外に業務を行ったときは、所定の「その他手数料が支払われることなどからして、CEの業務の結果に対する対価というよりも、CEの提供した労務に対する対価としての性質を強く有するといえる」とした。
(3) 以上のような事実認定と判断から、CEは、会社の事業組織の中に組み入れられており、その労働力の処分につき会社から支配監督を受け、これに対して対価を受けていると評価することができるから、労組法上の労働者に当たるとした。その結果、本件団交拒否は労組法7条2号に該当する不当労働行為であり、これを認めた中労委の命令には違法がないと結論づけた。
なお、東京地裁は、判決と併せて緊急命令も出している。
- 判決の評価ついて
(以下は、弁護団で話し合ったものではなく、全くの個人的見解である)
(1) 本件判決の結論は、本件の事実関係からみれば、至極当然のものであり、このような結論が、団交拒否に遭ってから4年半も経って出されていること(しかも未だ確定していないということ)自体が極めて異常といえる。
引き延ばしのためだけに本件を争い、その間、不当労働行為を継続し続けてきた会社に対して強い憤りを感じるとともに、このような会社の行為を許す不当労働行為救済制度の制度的欠陥や運用上の問題(緊急命令に限ってももっと早く出せたはずである)を感じざるを得ない。この制度・運用の抜本的改善の要求が労働組合の運動方針として掲げられるべきである。
(2) 本件判決の判断については、一見、旧来の命令例・裁判例に従ったもののようにみえるが、この判断基準には看過できない問題があると思われる。
@ まず、最も問題なのは、「法的な従属関係」を強調している点である。この立場は、新国立劇場東京地裁判決(平成20年7月31日)、同東京高裁判決(平成21年3月25日)にも共通するものであり、本件判決においても、会社とCEとの本件覚書の内容(いわば契約書の内容)がどのようなものであるかが、労働者性判断の主要な柱とされている。
しかしながら、労働者性判断において、法的な権利義務関係の有無を強調することは、判断を形式化してしまう危険性がある。つまり、就労実態からみて団結権保障を与えるべき主体なのかどうかにかかわらず、契約書の条項がどうであったか、形式的な取扱がどうであったかにより形式的に判断されてしまう危険が生じるのである。
実際に新国立劇場事件では、基本契約とは別に個別の出演契約を締結することになっているという「仕組み」が、諾否の自由を肯定する重要な事実として評価されているし、実態的にみて個別出演契約を拒否すること自体が少なかったとしても、契約締結は「法的義務ではない」としたり、契約内容を一方的に財団が決定していたり、当該組合員が年間約230日の時間的拘束を受けてきたとしても、それらは「法的な指揮命令関係の有無と関係するものではない」として労働者性の検討対象から外すという判断を導いている。
使用者性判断の形式化傾向については、使用者概念の形式的解釈を許容した労働者派遣法制定前から徐々に進行してきたものであるが(詳しくは民主法律272号45頁以下参照)、東京地裁の近時の裁判例は、労働者性判断においてもこれを進行させる新たな動きであり(CBC管弦楽団事件最高裁判決(最判昭和51年5月6日)をも乗り越えようとするものである)、看過できない問題である。
A また、上記と表裏の問題であるが、本件判決において、経済的な従属性が判断要素として重視されていない点も問題である。旧来の命令例・裁判例は、就労条件の一方的決定という要素を判断基準に入れていたし(本件中労委命令はこの点を要素としていた)、また、会社組織への組み込みの有無や諾否の自由の有無の点においても、労働者が、類型的にみて、この会社からの収入がなければ生計を維持できないこと、逆にいえば生計を維持するためにはこの会社で、会社が一方的に定めた就労条件で就労するしかないことが考慮されてきたが、本件判例は、一般論として、労組法上の労働者を「労働の対価としての報酬を受け、これによって生活するもの」というものの、具体的判断の際には後段の部分が一切考慮されていない。新国立劇場事件判決では、さらに進んで、契約内容の一方的決定は「労働契約に特有のことではない」から判断対象にならないとまで述べている。
しかしながら、これでは何のために団結権が保障されるのか、労働法が存在するのかさえ分らなくなってしまうというべきである。
B さらに、本件判決は、労働者性の判断基準として、種々の要素の総合判断であるとしている。しかしながら、これでは基準がないのと同じであるばかりか、前記のような重要な要素を外している点ではより悪いと言わなければならない。
詳細な要素の提示と事実認定という点は、近時の東京地裁だけではなく、労働委員会も含めての傾向であり、特に、労働委員会については、裁判所で覆されないようにと考えてか、詳細な判断要素の抽出と事実認定を行う傾向にあると思われる。
ただ、不当労働行為救済制度は、憲法28条の保障する団結権が侵害された場合にこれを救済するという制度であり、求められているのは個々の労働者と使用者との間の個々具体的な権利関係の確定ではなく、労働者の団結権を侵害してはならないという義務を使用者に負担させるべきか否かなのであるから、労働者性判断は、団結権保障が必要な主体なのか否かという観点から類型的に判断されれば足りるというべきである。
判断基準に関しては、西谷教授が、労組法上の労働者は「基本的憲法28条の『勤労者』と同一であり、その範囲は団結権、団体交渉権、団体行動権の保障を必要とする者という観点から判断される。したがって、最も重要なのは交渉上の地位の非対等性(経済的従属性)であり、人的従属性(使用従属関係)や企業組織への編入は、不可欠の要件というよりも、経済的従属性を基準とした判断によって、『勤労者』=『労働者』の範囲が本来の趣旨に反して拡がりすぎるのをチェックするための、付随的考慮要素にとどめられるべきである」としているのが参考になる(西谷敏。「労働法」p459。日本評論社)。
C なお、本件判決の具体的あてはめについては、本件事案が労働契約上の労働者であるともいえる事案であるが故に、極めて労働者性の強い事実認定がされているが、これは本件事案の特殊性からくるものであって、決して、この水準がクリアできなければ労働者性は認められないと解釈されるべきではない。
(3) 終わりに
雇用形態が多様化される中で、使用者概念、労働者概念とも、労使間のたたかいの中でゆれ動いている。使用者側は、両概念について、就労の実態から判断すべきであるとする従来の解釈に異議をとなえ、書面などに形式的に現れている内容からこれを判断すべきであるという攻撃を加えているのである。この点は、労働者の意思のとらえ方にも現れており、使用者側は、書面に現れる意思のみが唯一の労働者の意思であると主張し、実態的関係から客観的に推認される労働者の意思というものを無意味なものとして葬り去ろうとしている。
しかし、使用者性の論点でいえば、松下PDP大阪高裁判決(平成20年4月25日)が就労実態に即して使用者性判断を行ったし、タイガー魔法瓶事件大阪府労委命令(平成20年10月10日)や協和メインテナンス事件大阪府労委命令(平成21年2月10日)では、労組法上の使用者性の論点について、朝日放送事件最高裁判決(平成7年2月28日)の一般論を引用しつつ、これを乗り越えるような判断を示している。
本件は、労組法上の労働者性の論点について、就労実態から判断すべきことを求めたたたかいであり、使用者側の偽装工作に対する反撃である(なお、同様に個人事業主の労組法上の労働者性が問題となっているビクターアフターサービス事件については労旬1679号24頁以下参照)。
- (弁護団は、村田浩治、河村学、愛須勝也、古本剛之、古川拓)
- 改正パート法施行後初の差別賃金支払請求訴訟提起
2009年4月23日、奈良地方裁判所に地位確認訴訟に併せ、パート法改正以降初の差別賃金支払請求訴訟が提起された。当事者は自交総連なら合同労組JAならパート支部9名のパート労働者である。彼女たちは、JAならの経営する農産加工場の現業職員としてライン業務に従事し、有期契約ながら更新を繰り返してきた。長い者で勤続14年になる。その間の時給は750円で一度の増額すら行われたことはない。
当該工場には、正規職員である職員・工員の他に、非正規であるパート、嘱託職員が存在する。前者と後者は無期契約と有期契約で区別でき、職員と工員は現業職場に限定されるか否かによって大まかに区別することが出来る。現在のところ少なくとも、工員との間で、パート労働者は現業職であること及びその職務内容に於いて大きな違いはないと考えられるが、工員には賞与、退職金があるのに対して、パートにはこれがないことが判明している。
- 事案の概要
本件訴訟が提起された経緯は次のようなものである。
当該工場では、従来ジャム工場と業務用のフルーツソース工場の二つが存在した。
2007年2月、JAならはソース工場の閉鎖を打ち出し、パート労働者12名の雇止めを通告した。JAならの説明では、ソース工場を閉鎖すれば農産加工場の赤字を黒字に持ち込むことが出来るということであった。なお、このときも雇止めを受けたパートの内の1名の組合員が賃金仮払等仮処分を申し立てて勝利したが、同年3月末、農産加工場のフルーツソース工場は閉鎖され、同所の製造ラインに所属していたパート労働者はジャム工場のラインに配属された。
ところが、ソース工場の閉鎖から1年も経たない2008年2月、JAならは赤字などを理由に2009年3月を以てジャム工場を閉鎖すると通告した。今回の閉鎖では、ソース工場閉鎖の場合と異なり、JAならは当初、人員の「異動」によって職を確保すると説明していた。そして配転先の事業所として、JAならの事業所のほぼ8割に相当する事業所を候補地として提示した。各事業所で行われる業務内容は、金融から販売までJAならで行っている業務全般に及ぶ。
このため、組合はまずジャム工場の閉鎖自体に反対を唱えると共に、仮に閉鎖がやむを得ないとしても具体的な異動先、異動の段取り、退職を選択する場合の条件を明らかにするよう団体交渉を積み重ねた。ところが、JAならはジャム工場の閉鎖理由を赤字を強調するものから食の安全安心・農協法違反に変遷させた上、雇用の確保についても結局は研修・テストを受けなければならないと条件を引き上げ、研修を受けた後で退職をすれば、受けない場合よりも退職一時金(退職金規程はなく、JAが本事業所閉鎖に伴い特に支給を決めた金員)の額が減るというように退職を求める姿勢を露骨にしてきた。
弁護団は、団体交渉の途中からこれに参加するようになり、上記主張に併せてパート労働法に基づき雇用条件を決定した理由の説明や正規職員の就業規則(賃金規定を含む)などの提供を求めた。こうした要求は、仮に事業所閉鎖で退職やむなしに至るとしても、その条件を見極める上で必要と考えられた。これに対してJAならは、パート労働者と正規職員との間で、職務内容、人材活用などあらゆる点で異なると主張し、これを整理したという一覧表を提出してきたが、正規職員の就業規則については提供を拒否した。
組合は、2008年10月17日、不誠実団交等に関して労働委員会に救済申立を行い、事態の解決を図ろうとしたが、JAならは当初から事業閉鎖ありきの姿勢で臨んでおり、労働委員会の「被申立人にあっては、申立人組合との団体交渉を進め、雇用維持の問題の解決に向け鋭意努力されるよう勧告する」との実効確保の措置勧告を無視し、工場を農産品直売所として再生させるという組合側の提案もはねつけた。なお、正規職員の就業規則については、労働委員会への申立後に就業規則のみ開示してきたが、賃金規定は依然として開示を拒否したままである。
こうして2009年3月末を以て雇止めが強行されたため、彼女たちは2009年4月23日地位確認訴訟に併せて、工員の賃金との間に差別が存在するとして差別賃金の支払いを求める訴訟を提起したのである。
- 法律上の問題点の検討
本件では、地位確認が平行して争われている。文字数の関係上、この点の検討は別の機会に譲り、差別賃金支払請求について法律上の問題点を以下検討したい。
まず、パート法8条の適用対象となるには無期契約ないし実質的な無期契約と言えなければならない。この点、彼女たちの契約は、極めて機械的に更新されてきている。更新日近くなると各自のレターケースに契約書が投函され、後で署名捺印したものを持参すればよいと言うだけで、契約内容の説明はもとより更新日前の提出も更新に伴う試験なども一切行われてこなかった。また、本件に先立つソース工場の閉鎖の際、契約更新期間が3年未満であったパート労働者の賃金仮払等仮処分命令申立で、奈良地方裁判所は実質的な無期契約を肯定している。
次に、工員との間の職務内容の同一性の点であるが、この点、著しい違いがない限り認められるものとされている。本件では工員もパートも製造ラインに従事している。ライン上の作業分担はあるものの、それもシフトによって変更され得るものである。パートのみ、あるいは工員のみが行っている作業も固定されていない。また、製造過程で各種報告書を作成しており、JAならの説明では工員がそのとりまとめの責任者であると言うが、パートその他が作成した書面を検査部門に持って行くというだけの機械的な作業に過ぎない。パートが作成し、検査部に持っていく報告書すら存在する。ほとんどの業務の決定権限が職員には存在しても、工員にはそれがない。
更に、人材活用の同一性であるが、いずれも配置転換があり得ることに違いはない。また、今般の団交経過でJAならはパートに対しても広範な配置転換の余地を認めており、実際当該工場閉鎖後に男性パート労働者2名が別の現業職場に、女性パート1名が窓口業務に配置転換を受けている。配置転換先及び、転換後の職務内容の差異という点でも、パート労働者の方が広範囲に及ぶとはいえても、工員に劣るものではなくパート労働者の賃金を引き下げる理由にはならない。
- 今後の課題
現在のところ、JAならから工員の賃金規定の開示がなく、具体的な差別額は裁判上明らかにしていくことになる。パート法8条の各判断基準についても、裁判所がどのような見解を持つのか注視して行きたい。
均等待遇問題は、非正規のほとんどが有期契約であるため雇止めのリスクからか中々交渉で詰め切れないという問題がある。その点、本件は雇止事案であるが故に差別賃金の支払請求訴訟を提起しやすかったという側面がある。実際、彼女たちについても、団体交渉を重ね雇止必至が明らかになるに従って、次第に腹が据わっていく様子が端から見ていてもよく分かった。まとめ上げた組合に敬意を表すると共に、今後も彼女たちの誇りをかけた活動を支援していきたい。
ちなみに、本件弁護団は、佐藤真理、坂田宗彦、峯田和子、高橋和宏、藤澤頼人の5人である。
- はじめに
この事件は、JMIU大阪地本傘下の津田電気計器支部の書記長であった岡田茂さんが、改正高年齢者雇用安定法(以下「高年法と略す)に基づいて会社が導入した「継続雇用制度」による雇用継続を申し入れたところ、過去の組合活動を嫌悪されて、拒否されたという事案である。
岡田さんは、さる3月19日、会社に対して継続雇用されたものとして雇用契約上の地位の確認を求めて大阪地裁に提訴し、5月14日に第1回弁論が開かれた。今後、継続雇用制度から排除された高年齢者が、同様の裁判を提起することが増えることが予想されるので、本裁判の意義と争点を紹介したい。
- 裁判の意義
この裁判の意義は、一言でいうと高齢者の雇用の確保を図るという改正高年法の趣旨を使用者に守らせ、組合活動を理由とする差別・選別を許さないことにある。
周知のとおり、2004年6月、改正高年齢者雇用安定法が成立し、2006年4月1日に施行された。同法9条は、65歳未満の定年を定めている事業主は、@定年延長、A継続雇用制度(高齢者が希望するときは定年後も引き続いて雇用する制度)導入、B定年制の廃止、のいずれかの措置を講じなければならないとし、制度上の義務年齢を2006年から段階的に引き上げ、2013年には65歳までの引き上げを義務づけた。この改正の趣旨は、年金支給開始年齢の引き上げに伴い、雇用生活と年金生活の間に空白が生じないようにしたものである。そして、このうちAの継続雇用制度は、他の措置に比べて企業にとって緩やかな選択枝といえるが、かかる制度さえ設けないとか、一応制度は設けるが、会社の恣意的な運用で再雇用しないという事例が見受けられる。本件の継続雇用拒否は、まさにその典型的な事例であり、高齢者の雇用確保という同法の趣旨から許されてはならないのである。
ところで、最近の経済不況で若者の就職難や内定取消問題が大きな社会問題となっている。しかし、高年齢者の再就職も極めて困難であり、年金支給年齢が引き上げられた現在、その雇用確保も生存権保障という意味では同様に重要な問題である。若者の雇用確保と高齢者のそれとは決して対立するものではなく、ともに手を携えて追求すべき課題であると思う。
- 裁判の争点
この裁判の争点は、@本件の継続雇用制度の導入手続が高年法9条2項、附則5条に違反しないか、また、A選定基準は高年法9条2項に違反しないか、B本件再雇用は、解雇権濫用法理の類推適用等により無効か、である。原告の各争点に関する主張を簡単に要約すると以下のとおりである。
争点@については、事業主が高年法9条1項2号の継続雇用制度の導入をする場合、事業主と過半数代表との労使協定により、対象者の選定基準を定めることとされ(9条2項)、さらに同年施行後3年は「協定をするための努力をしたにもかかわらず協議が調わないとき」は「就業規則その他これに準じるもの」で対象者の基準を定めることができるとされている(附則5条)。しかるに、本件では、過半数代表の選定が不公正であったのみならず、会社は、過半数代表との協議をせずに、就業規則による選定基準を定めており、附則5条に違反する。
争点Aについては、選定基準は客観的、具体的であり、該当可能性が予見可能であることが要求されるが、本件では「継続雇用対象者の査定票」により総点数が0点(基準点)以上とされており、その基礎の実態調査票では「会社や課としての業績を念頭に置き業績向上に努めたか」など抽象的な項目がならび、しかも、上司の主観的意図で評価されるシステムになっており、高年法9条2項に違反する。
そして、高年法9条2項あるいは附則5条違反の効果として、会社は、同規定に基づいて選定する権限を有しないこととなり、他方において、法で希望者全員雇用の原則が定められているのであるから、会社が継続雇用制度を示したことが再雇用の申込みにあたり、原告がこれに応じたものであるから再雇用が成立する。
争点Bについては、被告の継続雇用対象者査定票の資料である社員実態調査票、業務習熟度、保有資格一覧表、賞罰実績表によると、原告の総点数はわずかに継続雇用の要件である基準点に達せしていないとされるが、例えば、対象期間である2年間には原告に譴責処分がないにもかかわらず、あるものとしてマイナス評価されており、また、勤務評価についても原告の組合書記長としての活動を嫌悪して不当に低査定したものであり、適正な評価がなされておれば、原告は優に基準点を超えており、要件を充たすのであるから、継続雇用の労働契約が締結されたことになり、使用者はこれを拒否できない。
- 今後の展望
裁判は、始まったばかりであり、被告も、原告の勤務成績が悪く継続雇用の水準に達しなかったに過ぎないと抽象的に反論しているだけである。今後、 高年法の趣旨、9条2項、附則5条の解釈とその違反の効果、さらには、組合嫌悪の意思から原告に対して恣意的な評価がなされたことをどのように主張立証していくかが焦点となる。この裁判は、高年法の9条2項の継続雇用制度の導入手続や基準の設定、そしてその運用を問う初の裁判であり、その帰趨は今後、発生するであろう同様の事例にも影響を与えるであろうと思われる。民法協の会員の方のご支援をよろしくお願いしたい。
(なお、訴状の作成にあたっては、西谷敏先生の法律時報80巻8号「労働法規の私法的効力−高年齢者雇用安定法の解釈をめぐって」、根本到先生の労働法律旬報NO1674号「高年齢者雇用安定法9条の意義と同条違反の私法的効果」を、参照させていただきました。紙面を借りてお礼を申し上げます。)
- (弁護団は、鎌田幸夫、谷真介)
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