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- 事案の概要
(1) 日通本体への移籍
原告のFさん他3名は、もと日通淀川運輸という日通の子会社でペリカン便の配達業務に従事していた。
1999年秋、2000年4月をもってペリカン便業務を日通本体に移す方針が示され、原告らを含む従業員も日通本体への移籍を求められた。淀川運輸の労組委員長であったFさんは2000年3月の春闘妥結後、全日通役員及び会社側より、「移籍に当たっては子会社での給与水準を保障する、一時金も保障する、退職金はなくなるが、歩合でがんばればこれに見合う給与を得られる。全日通には移籍の1年後に加入させる」との説明を受けた。
日通淀川運輸の社長Kも原告らを含む従業員に全く同様の説明をした。さらにその後日通本体の関西ペリカン・アロー支店の総務課長が淀川運輸を訪れ、原告らを含む従業員に対し、前記同様「子会社での給与水準を保障する、一時金も保障する、但し退職金はなくなる」という説明を繰り返した。
原告らはこれを信用し、日通との「雇用契約書」(賃金について「支店社員賃金規定による」との記載がある)に署名・押印した。
(2) 移籍後の賃金ダウン
ところが、実際には移籍と同時に原告らの賃金は子会社時代の給与水準の85〜95%にカットされていた。また給与体系はそれまでの「基本給+手当」から日給月給に変更され、その後2000年6月2日及び2001年1月26日の2度の賃金規定の改正(真実改正が有効かどうか今日に至るまで不明)により日給の最低補償額の上限を切り下げられた。
また、従前の一時金は保障されず、早々に低額のインセンティブの支給となり、支給ゼロの時もあった。
(3) 全日通労組の背信
原告らは子会社の従業員であったが、組合は日通本体の組合(全日通)の傘下である全日通労組淀川協議会に所属していたところ、移籍の話が出てくる数ヶ月前に、全日通より突如として子会社で独自に組合を作るよう言い渡され、Fさんがその委員長となった。そして移籍話が出てきたときの日通淀川運輸の社長Kは、労組の淀川協議会時代の委員長であり、Fさんは組合活動の先輩であるKを信用していた。
ところが前述の通り、移籍後に賃金がカットされたため、原告らは全日通に助けを求めた。しかし、移籍時の条件として移籍後1年たたないと全日通に加入できないこととされていたため、全日通は「君たちはまだ組合員ではない」として原告らの訴えを取り上げなかった。
原告らは2001年4月には全日通に加盟でき、会社の不当な賃金カット是正に力を貸してもらえるものと期待していた。しかし、全日通は何の説明もないまま原告らの組合加入を延期し、その一方で、2001年8月23日、全日通は会社との間で、「具体的には別に定める」という文言で事実上前述の賃金カットを追認する内容の労働協約を締結し、さらに2002年3月31日、賃金ダウン・一時金不支給を追認する労使協定が日通大阪支店と全日通労組大阪支部の間で締結された。原告らが全日通への加入を認められたのは2001年9月1日のことである。
- 提訴と被告の応訴態度
(1) 提訴
原告らは組合からも救済を拒否され、やむなく子会社時代の給与・一時金と現在の給与・一時金との差額を求めて本件訴訟に踏み切ったが、上記のような事情は提訴後の求釈明によって初めて明らかになったものである。最初はなぜ自分たちの賃金が下がっているのか全く分からないままに、手探り状態での提訴であった。
(2) 被告の応訴態度
これに対し、被告は「移籍時に子会社での給与水準の維持を約束した事実はない」という否認に終始し、裁判所の「被告として否認以外に、具体的なストーリーの主張はないのか」との慫慂にも「否認以外の積極的主張はしない」との態度をとった。
- 判決
(1) 本件の主たる争点は、@移籍の際に従前の賃金額・一時金を保障する約束があったか、A2度の賃金規定改正の効力、B2002年3月31日付労働協約の効力、C時効援用権の濫用の有無である。
(2) 移籍の際の保障約束の有無について
この点につき、原告の主張を裏付ける書証はほとんどないといってよい状況であったが、それでも裁判所は、次のような論理で保障約束の存在を認定した。
「原告らは、特段の希望があったわけでもないのに、被告の営業方針上の理由から被告への移籍が求められていたものである。それにもかかわらず、賃金の低下、殊に一時金の金額が不確定となることが見込まれる移籍後の賃金体系が設定されている被告への移籍について、原告らが何ら異議を述べたり抗議をしなかったというのは、格別の理由があったからであると考えざるを得ない。」
「そこでかかる格別の理由について検討するに、原告らの、淀川運輸における賃金額を保障する旨被告が約束したとの供述は、格別の理由として合理的かつ自然であり、信用できる。」とし、さらに被告には原告らを移籍後の業務に積極的に活用する目的があったことを指摘して「原告らを被告の下に誘うべく、積極的に被告が好条件を提示した可能性も否定できないところである」とした。
また、一時金についても、「収入の大きな部分を占めていた一時金につき、原告らが何ら被告と約束することなく、被告と雇用契約を締結したと考えることは困難である」として、淀川運輸で得ていた一時金の8割を最低限度支払うことが合意されていたとした。
(3) 賃金規定改正の効力について
2度の賃金規定改正が就業規則の不利益変更にあたると認定した上で、就業規則の不利益変更にあたっては、「就業規則の変更により労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性」が必要であり、ことに賃金については「そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のもの」であることが必要である、本件では宅配事業では赤字が出ていたとしても被告全体としては労働組合が賃上げを要求することも検討する状況であり、賃金引き下げの必要性はなかったと認定した。また、賃金規定改定について労働組合の意見を聴取していないことも理由としている。
(4) 労働協約の効力について
前述の通り、原告らが全日通に対して移籍時の約束を守るよう要求している状況下であるにもかかわらず、従前の原告らの最低保障給を減額する内容の労働協約が締結されたものであるが、判決は「労働者の地位の向上を目的とする労働組合がかかる合意をなすとは容易に考えられないところであり、合理的に解釈すれば、上記労働協約は、原告らの賃金について紛争が存する状況下で、当面、被告が最低限支払うべき金額を定めたものに過ぎず、原告らの賃金についての法的な確定は、その後の関係者の交渉や履践する法的手続に委ねたものと認めるべきである」とした。
(5) 時効援用権の濫用について
ただ、時効援用権の濫用については裁判所の認めるところとはならなかった。
- 最後に
本件判決は、移籍時の口頭での賃金の保障約束を認めた点で高く評価できるものである。
また少数労働者に不利益な労働協約の効力について、被告が支払うべき最低限度を定めたものであると限定的に解釈した点で画期的なものである。
被告である日通は判決後まもなく控訴したので、今後も控訴審で闘いは継続することになった。一審判決を後退させることのないよう奮闘したい。
- 事案の概要
本件は、亡喜友名正(きゆな・ただし)さんが、長年にわたって原子力発電所において非破壊検査に従事して相当量の放射線被曝を受け、その結果、悪性リンパ腫に罹患して死亡した事案である。
正さんの妻である末子さん(沖縄県在住)からの労災申請について、淀川労働基準監督署長は、2006年9月4日、「傷病の発症原因が不明と判断されるため、死亡と業務との相当因果関係が認められない」として、保険給付不支給決定を行った。この原決定は、正さんの罹患した悪性リンパ腫が、労働省基発第810号「電磁放射線に係る疾病の業務上外の認定基準において」(以下「基発810号」という。)に対象疾病として掲げられていないことを理由に極めて形式的になされたものであり、原決定以前に厚生労働省本省へのりん伺も実施されなかった。
しかしながら、白血病であれば、基発810号において対象疾病に指定されているところ、悪性リンパ腫は、後に述べるように、白血病の類縁疾患であるばかりでなく、被曝による悪性リンパ腫発症のリスクについては、既に各方面から指摘されていた。その上、正さんの被曝量は原発労働者の中でも極めて多く、仮に正さんの疾病が白血病であれば、基発810号の判断基準によって当然に業務起因性があり、業務上疾病として認定されるだけの相当量の被曝をしていた。
そこで弁護団では、この原決定に対して審査請求すると共に、厚生労働省本省へのりん伺を働きかけるべく、医学的な点を中心に主張を強化することになった。
- 悪性リンパ腫と白血病の類縁疾患性
悪性リンパ腫とは、白血球の中のリンパ球ががん化した腫瘍であり、リンパ節が腫れたり、腫瘤が生じる疾病である。他方、白血病とは、骨髄内において未熟な白血球が突然変異により正常に成長できなくなり、また異常に増殖する病変である。このように、両者はいずれも血液(白血球)のがん、すなわち造血器腫瘍であるという点で共通している(ここでいう造血器の「腫瘍」とは、固形がんにおけるような異常細胞の塊を作ることを意味しているのではなく、細胞が無制限に増殖することを指している)。
もともと、造血幹細胞は、はじめに骨髄系幹細胞とリンパ系幹細胞に分化し、その後リンパ系幹細胞が成熟してT細胞、B細胞、NK細胞等に分化していく。そして、この分化・成熟過程のいずれの段階でもがんが起こる可能性があり、そのため、血液のがんには実に多くの種類がある。
そして、未熟なリンパ球の段階での腫瘍は白血病の形をとり、成熟したリンパ球の段階での腫瘍は悪性リンパ腫の形をとるのである。
このように、悪性リンパ腫と白血病を比較すると、いずれも白血球の異常増殖(がん)という点では共通しているのであり、ただ、異常増殖するのが、未熟又は異形の白血球か(白血病)、無機能かつ単一の成熟した白血球か(悪性リンパ腫)ということに過ぎないのである。
このような両者の類縁疾患性は、WHO(世界保健機関)でも認知されるに至っている。
そうである以上、白血病のみが基発810号で対象疾病とされ、悪性リンパ腫が除外され、労災認定もこの基発810号の形式的運用によってなされている現状は明らかに不当といわなければならない。
- 被曝と悪性リンパ腫との因果関係
被曝と悪性リンパ腫との因果関係については、これまで各種の疫学調査がなされており、被曝によって悪性リンパ腫発症のリスクが有意に増加することが報告されている。アメリカでは、放射線被曝退役軍人補償法が、悪性リンパ腫を補償対象疾病に指定している。
日本の原発労働者の中でも悪性リンパ腫で死亡した人は、すでに81名あり、現在は、明らかになってはいないが、今後の高線量被曝群での死亡者の発生状況によっては、線量依存関係が明瞭になる可能性がある。
そのほか、原子力発電所付近の住民に悪性リンパ腫が多発しているとの報告もある(明石昇二郎「[悪性リンパ腫]多発地帯の恐怖」)。
このように、白血病類縁疾患である悪性リンパ腫についても、放射線被曝との因果関係は既に疫学的に明らかにされている、と言ってよい状況であった。
- 正さんの労働実態と被曝線量
正さんは、1997年8月、原子力発電所等における非破壊検査業務を主とするサンエックスコーポレーション有限会社に入所し、2004年1月20日に体調不良のため退職するまで稼働した。
非破壊検査は、機器や配管の内部の状態をエックス線の透過写真により判断する放射線透過検査をはじめ、超音波による深傷検査や減肉・腐食の程度を把握する肉厚測定など、工業部門において広く利用されているが、放射線機器を使うため、職業被曝の分野では、被曝量の多い職種の一つである。さらに、原子力施設では、作業現場の放射線汚染による被曝が加わる。
正さんは、主に原子力発電所の定期検査で放射能漏れを検査する業務に携わっていた。1997年9月2日に初めて北海道電力泊原子力発電所の定期検査作業に入って以降退職するまでの約6年4か月間、全国各地の原子力発電所で仕事をしており、2000年1月の秋田火力発電所での放射線撮影作業を除けば、いずれも原子力発電所及び再処理工場であり、被曝を伴う作業場であった。
正さんの外部被曝集積線量は、以下のとおり、稼働した6年4ヶ月の間で99.76ミリシーベルトにも及んでいた。
1997年度 6.30 ミリシーベルト
1998年度 13.00 ミリシーベルト
1999年度 11.10 ミリシーベルト
2000年度 17.33 ミリシーベルト
2001年度 17.80 ミリシーベルト
2002年度 18.28 ミリシーベルト
2003年度 15.95 ミリシーベルト
なお、放射線従業者中央登録センターの発表による、放射線業務従事者の年間平均被曝放射線量は以下のとおりであるが、これと対比してみると、正さんの被曝線量が持続的に極めて高かったことが分かる。
1997年度 1.3 ミリシーベルト
1998年度 1.2 ミリシーベルト
1999年度 1.3 ミリシーベルト
2000年度 1.3 ミリシーベルト
2001年度 1.3 ミリシーベルト
2002年度 1.4 ミリシーベルト
2003年度 1.6 ミリシーベルト
先にも触れた基発810号は、5ミリシーベルトに稼働年数を乗じた値以上の被曝をした者が、被曝開始後1年以上後に白血病を発症した場合には、業務に起因するものと認めるとの基準を示している。
これに対し、正さんの被曝量は、6年4ヶ月間で99.76ミリシーベルトであるから、基発810号の白血病についての基準値を遙かに上回る。すなわち、正さんは、もし悪性リンパ腫ではなく白血病に罹患していたならば、当然に業務起因性が肯定されるだけの深刻な放射線量に晒されていたのである。
- 本件は、阪南中央病院の村田三郎医師による重厚な意見書をはじめ、支援団体によるの精力的な厚生労働省との交渉などの活動が奏功して、厚生労働省本省本省で検討会を重ねた結果、今般の労災認定となった。
本件労災認定が、闇の中と言われることも多い原発労働の実態解明に役立つことを願う次第である。
なお、弁護団は、金高望(沖縄)、田村ゆかり(大阪)、高木吉朗(大阪)の3名である。
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