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ビクターサービスエンジニアリング事件


ビクターサービスエンジニアリング事件
弁護士 河 村   学

  1.  本件は、ビクターサービスエンジニアリング株式会社から個人業務委託業者とされ、ビクター製品の出張修理業務に従事している労働者(会社からは「代行店」と呼ばれている。以下「代行店労働者」という)が、条件改善のため労働組合を結成し、会社に団体交渉を申し入れたところ、労働者ではないという理由で団体交渉を拒否された事案である。
     本件について、2006年11月17日、大阪府労働委員会において、代行店労働者の労働者性を認め、会社の団交拒否を不当労働行為と認定する救済命令が出されたが、会社が再審査申立をしていた。その後、中労委は、2008年3月25日、労働者性に関し、再審査申立を棄却する命令を出した。

  2. 事件の概要
     会社は、日本ビクター株式会社の100%子会社として1985年に設立された。会社の主な業務は、ステレオ、テレビ等ビクター製品の修理等アフターサービスである。会社は、設立当初から、会社の主たる業務である出張修理業務を、代行店労働者に従事させてきた。
    この代行店労働者は、会社から労働者としての扱いを受けず、労働基準法以下の劣悪な条件での就労が強いられてきた。例えば、代行店労働者は、休日もままならず1日約15〜16時間という長時間労働を強いられてきたが、受け取る給料は諸経費を差し引くと17〜35万円程度という状況であった。
     ところが、被申立人は、2002年3月頃、コスト削減の必要があるとして、代行店労働者らに対する支払料率を、2004年3月までの2年間引き下げる要求をしてきた。これに対し、代行店労働者は、拒否すれば契約を解除されるおそれがあることから、泣く泣く応じざるを得なかった。また、会社は出張修理業務を正社員にも回すようになったため、代行店労働者に回される業務量が減少し、出来高給であった代行店労働者の給料は下がる一方であった。
    さらに、約束の2年がたった2004年3月、会社は2年間だけという当初の約束を一方的に反古にし、「修理委託支払い料率の延長について」という一片の文書で、支払料率引き下げの1年間延長を行った。そして1年がたった2005年に入ってから、さらに会社は引き下げ継続の動きをみせた。
     このような、会社の一方的な労働条件切り下げに対し、代行店労働者の生活不安が高まり、全日本金属情報機器労働組合(以下「JMIU」という。)に相談して、同年1月29日、会社近畿支社内の代行店労働者29名中18名が組合に加入すると同時に、支部分会を結成した。そして組合は、分会との連名で、会社に分会結成を通知するとともに、最低賃金保障などの要求を提出した。
     しかし、会社は、「分会と交渉するつもりはありません。要求書の趣旨説明を受けるつもりはありません。帰ってください。帰らなければ警察を呼びます。」などといい団交を拒否した。
    そこで、組合は、同年3月29日、大阪府労働委員会に、不当労働行為救済命令申立を行った。

  3. 大阪府労委命令
     府労委は、労働者性の判断基準として、「その者が当該企業の時事強遂行に不可欠な労働力として企業組織に組み込まれているか、委託料が労務の対価として支払われているか、業務遂行の日時、場所、時間などにつき指揮監督を受けているか、業務の発注に対し諾否の事由があるかなどの観点から総合的に判断すべきである」とし、事案を検討し(事実認定については後記の中労委の認定とほぼ同じ)、代行店労働者の労働者性を認め、会社の団交拒否を不当労働行為とした。

  4. 中労委命令
    (1) 中労委では、労働者性の検討について、次のような事実が認定された(なお、中労委は、代行店労働者のことを「個人代行店」あるいは「代行店」と呼称しているが、ここでは便宜上代行店労働者と読み替える)。
    (ア) 代行店労働者の企業組織への組み込みについて
    ・会社組織における代行店の位置づけ等
    。代行店労働者は会社の事業活動の中心部分である出張修理業務の大部分を恒常的に担っている。出張修理業務の態様や金銭処理についても、従業員との間に特段の差異はなく、また、会社は、代行店労働者を「サービスマン」と呼称し、「従業員行動綱領」を配布している。
    ・代行店労働者の契約手続。代行店労働者となるには、会社による筆記試験及び面接を受け、合格した場合、研修を受けることが要求されるなど、一般的に従業員が企業組織の一員となる場合と同様の過程が取られている。
    ・会社の業務計画、領収証、制服・名札・名刺。会社の業務計画上も、代行店労働者の業務は、社内において組織的な事業活動の一環となっていること、顧客からの修理代金を受領する際には、会社名義の領収書等をわたすことが求められていること、制服・名札・名刺も会社のものである。
    (イ) 契約内容の一方的決定について
    ・契約締結の際の一方的決定。
    契約書や委託料を定める覚書とも、一方的に定型の書式が提示されており、それをそのまま代行店労働者が受諾した場合にのみ契約が成立するものと認められる。無料修理にかかる委託料については具体的内容が代行店労働者に開示されないまま会社により一方的に決定されている。
    ・業務担当エリアの一方的決定・変更。代行店労働者の業務担当エリアの指定・変更権は会社が有していた。
    (ウ) 業務遂行上の指揮監督の有無
    ・時間的拘束性の有無。
    会社事務所のパソコン上に代行店労働者のその日の予定表があり、かつ、目安として一日の受注可能件数を8件と設定しているから、代行店労働者の業務時間を会社が実質的に決定しているとみることができる。また、業務日や休日についても、代行店労働者の希望は聞くものの、最終的には会社が調整により決定していた。
    ・場所的拘束性の有無。代行店労働者は会社が決定したエリアにおいて出張修理業務を行うことを求められる。
    ・作業内容等についての指示の有無。代行店労働者は、会社事務所のパソコン上に表示される出張訪問カードを通じて指示を受ける。また、修理の進捗については会社に報告すべきものとされている。顧客から受け取った金員の入金処理についても会社の指示によっている。
    ・作業態様についての指示の有無。代行店労働者の作業は会社が配布したサービスマンマニュアルに基づいて行われるほか、「サービスマン接客マナーの基本事項」に従うことが求められている。また研修については契約締結後概ね3か月の研修が義務づけられており、その後も適宜受けることとされている。
    (エ) 業務指示に対する諾否の自由の有無
    会社が代行店労働者に割り振った業務については特別な事情がない限り断ることはできないことになっている。代行店労働者が拒否したとすれば、業務担当エリアの関係から大きな混乱が生ずる事態が容易に想定され、場合によっては債務不履行による契約解除のおそれもあるから、拒否することは困難である。
    (オ) 報酬の労務提供への対価
    委託料は出来高制であるが、代行店労働者が自らの判断で業務件数を増やすなどして報酬を増やすことができないこと、無料修理の場合は会社が一方的に決定した報酬が支払われていること、無料修理の報酬の中には作業時間を反映させるものも含まれていることなどから、労務提供の対価としての性格を有している。
    (カ) 会社への専属
    会社は、代行店労働者に対して、時間的限界を考慮して一日の受注可能件数を設定していること、当日の朝にならないと当日の業務の予定全体が確定しないことなどから、ビクター製品以外の修理を行うことは事実上困難であり、代行店労働者の業務時間内における会社への専属性は相当に高い。
    (2) 中労委は上記のような事実認定を前提に、代行店労働者は、@会社の主要業務の一つである出張修理に恒常に不可欠な労働力として企業組織に組み込まれて労務を供給してきていること、Aその契約内容は、契約上も事実上も会社により一方的に決定されていること、B標準的な受注可能件数の設定及び業務担当エリアの設定・変更という点では、会社から時間的・場所的な拘束を受けるとともに、作業内容のみならずその遂行の態様に及ぶ具体的な指示を受けていることから、会社が業務遂行上の指揮監督を行っていると評価できること、C受注可能件数の範囲内においては、会社からの発注に対し諾否の自由がないこと、D報酬は出来高払いとされているものの、労務提供への対価としての性格を有していること、E会社への専属性が高いことなどを認め、これらの事実から、会社は、個人代行店を業務上の必要に応じて随時利用できる労働力として組織内に組み込み、その労務の内容を決定したうえ、その業務の遂行にあたって指揮監督を行っているとともに、労務提供への対価としての性格を有する報酬を支払っているものと認めることができるとした。
     なお、本件では、副次的に、労働組合として労組法上の保護を受けるための要件が問題となっていたが、これについては、必ずしも組合規約が体裁上も完成されたものである必要はなく、組合員の権利義務、機関、役員、統制、会計など組織運営の基本的要素を備えたものであれば、その後に修正が必要なものであっても差し支えないと解するのが相当との判断を行った。

  5. 若干のコメント
    (1) 中労委命令は、労組法上の使用者性について、事実認定を詳細に行うとともに、紹介はしなかったが会社の主張に対する反論もかなり詳しく行っている。判断基準についても、従前の判例・命令で積み重ねられてきた基準を的確に整理したものとなっている。
     労組法上の労働者性に関する事実認定と判断基準については、この中労委命令が現在の到達点を示すものということができ、今後、同種の事件については、この命令を参考に検討・判断がなされるものと思われる。
    (2) また、本件事件についていえば、中労委の認定した上記事実関係からは、府労委・中労委命令は当然の結論であり、むしろこのような労働者を個人事業主として取り扱うことにより、その権利を奪ってきた使用者の異常さこそ問題視すべきであろう。
     しかしながら、現在の日本の労働現場では、個人請負・個人業務委託と扱われているが実際上は労働者と変わりがない就労を行っている労働者や、偽装請負・偽装委託として就労する労働者、あるいは派遣法に違反する就労を継続している労働者が、逆に急増しているという状況である。
     このような労務供給的な就労形態に置かれている労働者は、過去も現在も使用者に好き勝手に使用され使い捨てられており、かつ、常用の労働者・労働組合からも自らの生活を守るためのやむを得ない調整弁として見放されている。
     また、このような便利な就労形態が、日々常用雇用を浸食し、また、労働者全体の賃金水準の悪化をはじめとする労働条件の低下を招いている。
     さらに、このような無責任な就労形態が、事業者の責任意識を低下させ、事業を利用する市民・国民の安全・安心さえ蔑ろにする事態を生じている。
     こうした状況において、今回、労務供給的な就労形態で働く労働者が立ち上がり、その生活と権利及び使用者としての責任追及に立ち上がったことは、極めて当然のこととはいえ、その意義は大きい。
     大阪では、INAXメンテナンス事件においても、府労委・中労委で勝利命令を受けており、この流れを押し進めている。
    全国で、労働者が自らの権利を最大限行使するたたかいを起こすよう呼びかけたい。

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