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民営化により大東市に慰謝料支払を命じた高裁判決が最高裁で確定


民営化により大東市に慰謝料支払を命じた高裁判決が最高裁で確定
弁護士 村 田 浩 治

  1. はじめに
     一連の公立保育所廃止民営化に伴う裁判で、2005年1月18日に大東市に対し、保護者一世帯あたり金30万円の慰謝料を認めた大阪高等裁判所の判決から1年10ヶ月が経過した昨年11月15日、最高裁は大東市の上告と原告ら保護者の条例取消訴訟の両方に対し上告棄却の判決を下し事件は確定した。これで私が関わった一連の保育所裁判は一応のピリオドを打ったが、その後、全国各地で民営化を許さない保護者の訴訟が提起されている。大東市の高裁判決が確定したこともあるので、一連の保育所裁判を踏まえて確定した大阪高裁の判決を今一度振り返って今後の運動に生かしてほしいと考え報告する。

  2. 公立保育所廃止民営化の裁判はなぜ闘われてきたのか
     2002年から2004年にかけて、高石市、大東市、枚方市で、運営している途中の公立保育所を廃止し、これをまるごと民間保育所に変えてしまうという市の措置に対し、保護者が従来の保育所で保育を受ける権利を侵害するものであるとして次々と訴訟が提起された。
     保育を受ける権利は、保護者の就労支援と子ども発達保障のため、憲法及び児童福祉法によって規定された公権である。市町村は保育に欠ける児童がいる場合は、子どもを保育する義務を負っている。こうした社会権が構造改革路線と市場化の標的となってきたことは言うまでもない。しかし、保育を受ける保護者の運動は、こうした国の動きに大きく抵抗してきた。保護者の運動は、民間保育所も公的保育を担う存在として措置費を受けながら公的保育制度を担う制度として発展をさせてきた。
     しかし、民間保育園も、公的保育であり、民間に任せることは公的保育制度に反しないとばかりに、市が直接運営する公立保育所を廃止し、民間保育園に丸投げする動きが2000年以降に加速してきた。公立保育所に市独自の財政負担をしないで、保育所の運営を民間に丸投げして自治体が人件費を削減し、自治体自身のコストダウンを図ろうというものであり、保育を受ける権利を保障する自治体の責任を放棄するものである。それは、市場主義を進んで地方自治に持ち込もうという思想の現れである。
     しかし、現実には、子どもがいて保育をしている。市場主義を先取りすることしか頭にない自治体は、子どもや保護者の都合と関係なしに、政策決定する。こうして各地で強引な公立保育所の廃止と民営化が実行され、当然保護者たちは納得出来ない。こうして各地で保育を受ける権利を掲げ、裁判が取り組まれることになったのだ。市場主義の思想の下で実行される政策が、現実に保育を受ける子どもと保護者たちの権利を侵害することが目に見えたから裁判は起こり、現在もなお続いている。

  3. 大東市判決の成果と課題
     大東市は、2001年に児童福祉審議会において公立保育所の民営化が打ち出され、2002年(平成14年)初め頃から、民営化の動きが急速に強められた。保育運動は民営化の是非を問う住民投票条例の直接請求運動まで巻き起こしたが、2002年(平成14年)9月26日、市立上三箇保育所が廃止される条例が議会において採決されてしまった。なんと条例制定の翌年2003年(平成15年)4月1日に廃止するというものであった。
     条例取消と執行提訴の裁判が提起される中、保育所の廃止は強行され、保育所の施設まるごと、民間社会福祉法人に譲渡され保育士は全員交代し、保護者の都合は無視して、民営化が強行された。民間社会福祉法人の保育園に転園を余儀なくされた住民78名が条例の取消訴訟を提起し、さらに廃止は、市町村が、小学校入学まで保育をするとした公法上の保育契約違反ないし、継続して保育を受ける権利を保障すべき付随義務に反した債務不履行であるとして損害賠償請求も請求した。
     一審は条例取消も損害賠償も棄却したが、控訴審の大阪高等裁判所は、条例取消は棄却したものの、債務不履行責任を認めて一世帯あたり30万円の慰謝料を認めた。
     大東事件高裁判決は、@保育所の廃止そのものは被控訴人の裁量事項であり、A裁量の範囲を逸脱・濫用したものでない限り本件廃止処分は適法であるとし、本件については、@経費削減という目的は正当であり、また相応の効果もあることから裁量権の逸脱・濫用があったとは言えないと認めてしまったため継続して保育を受ける権利を正面から認めなかったが、廃止後も直ちに民間保育園に引き継ぐ場合は、「保育の実施の解除」にはあたらないが、A市には、保護者との間で交わしている公法上の契約に付随する信義則上の義務として、公立保育所が存続する限り児童らが就学するまでの間、本件保育所において保育を受ける権利を有していたことに照らし、(児童福祉法24条の解釈)民営化により新保育園への入所を選択することを余儀なくされたことや、重大な利害関係を有する控訴人らの意見を聴取する機会を持つことなく、方針を説明するのみであって、積極的に控訴人らの希望や意見等を取り入れなかったことに加え、児童の保育に当たっては、保育士と児童及び保護者との信頼関係が重要であるのに、3ヶ月間の引継期間で数名の保育士が参加しただけでは、信頼関係を構築することは難しいことなどの保護者の主張を認め、廃止民営化に際して、公法上の利用契約関係に伴う信義則上の義務を負うとの判断を示して慰謝料を認めたのである。

  4. 最高裁による認容の意味
     取消訴訟は残念ながら、高石市と枚方市と同様、請求は棄却され、条例取消は認められなかった。しかし、大東市の高裁判決においては認められた慰謝料請求について、最高裁は何らコメントを加えなかったが、市町村が保護者の意見を無視、継続して保育を受ける権利を無視すれば債務不履行責任を問われることを認容したのである。
     具体的な保育を受ける権利をたてに、市町村の保育を受ける権利を保障する責任を追及できる。こうした個別の闘いを連続して広範囲に闘うことは、市町村の保育を受ける権利を無視ないし軽視させない闘いであり、こうした闘いを通じて、改めて公的保育の市町村責任を問い、社会権を守り発展させることになる。同種訴訟と運動は、保育所に通わせる保護者だけの問題ではなく、公的責任の放棄し市場化を進める勢力と闘う国民共通の課題でもある。
     公立保育所の廃止民営化反対の闘いは、その後、大阪でも八尾市で始まりつつあり、横浜、神戸、川崎、東京など全国各地でも取り組まれている。今後も注目と支援をお願いしたい。
     大東市の保護者らの代理人は、私の他、山崎国満、西村英一郎、小林徹也、三木憲明の各弁護士である。

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