意見書
2003年9月12日
司法制度改革推進本部
    労働検討会 御中

「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間的取りまとめ」に関する意見

民主法律協会
会長 小林つとむ

  1. はじめに

     司法制度改革推進本部労働検討会は、本年8月の中間とりまとめのなかで、
    @導入すべき労働調停のあり方、A雇用・労使関係の専門的知識・経験の有する者の関与する裁判制度の導入の当否、B労働関係事件固有訴訟手続きの整備の当否、C労働委員会の救済命令の司法審査のあり方について検討を行い、労働審判制度、労働関係事件の訴訟手続きの更なる適正・迅速化、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方について提言を行っている。

  2. 労働参審制の導入について

     中間とりまとめでは、労働参審制の導入の当否は、労働関係訴訟の今後の状況、労働審判制度における専門家の関与する実績等を踏まえるべき、将来の重要な課題とする。
     しかし、労働裁判は、公開の法廷において適正な手続きによる解決基準を示し、雇用社会における規範を形成するという重要な役割を果たす。労働審判では、裁判のように規範形成がなされるわけでない。従って、労働関係の専門的知識・経験を有する者が、労働裁判に関与することが、労使紛争の適正な解決および解決基準・職場の規範形成に重要であり、さらには労使自治や国民の司法参加を拡大する観点から必要不可欠である。
     当協会は、労働検討会が、労働参審制を将来の重要な課題であるとして、先送りしたことに強く抗議するとともに、今回提言された労働審判制度の導入によって、労働参審制度を棚上げすることなく、早急に導入の検討を行うことを求める。

  3. 労働審判制度について

     中間とりまとめの中で「個別労働事件についての簡易迅速な紛争解決手続きとして労働調停を基礎としつつ、裁判官と雇用・労使関係に関する専門的知識経験を有する者が当該事件について審理し、合議により、権利義務を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決するものとする新しい制度」(労働審判制度)の導入を提言している。労働審判制度は、訴訟制度との選択制であり、3回程度の審理で調停を試みつつ解決案を示すこと、専門家は、意見を述べるだけでなく、裁判官との合議のなかで解決案を決め、その意味では評決権を有するとされる。 近年、解雇、賃金・退職金不払い、残業代不払い、セクハラなどの個別的労使紛争が、増大しており、他方、裁判の時間的、費用的なハードルが高く、多数の労働者が泣き寝入りをしている状態である。行政のADRの相談、斡旋は、活発ではあるが、強制力がないことが難点である。
     今回、導入される労働審判は、時間、費用、そして実効性の観点から、労働者の泣き寝入り状態を解消するものでなければならない。そのため、当協会としては、労働審判制度に以下の点が盛り込まれることを強く要求する。

                     記

     @申立は、労働者側のみが行えるようにすること
     A申立手続きは、労働者本人ができるように簡略化し、口頭での申し立ても可能とすること、また、費用も低額化すること
     B申立があった場合には、使用者側には手続き応諾義務があるとすること 
     C雇用・労使関係に関する知識経験を有する者については、労働法令関係、労使関係の制度・技術・慣行等の実情に対する知見を有し、労使紛争の調整力・判断力が必要であるが、全国の地裁に配置できるだけの人材を早急に確保するとともに、その研修の  機会を保障すること、
     D専門家委員の選任にあたっては、労働組合間の潮流に配慮した公平な人選基準に基づき、かつその選任過程が透明であること
     E労働審判制度の導入に伴い、労働審判を担当する裁判官および書記官の増員、審判廷の増設など、裁判所の人的物的拡充をすること
     F解決案の決定は、民事調停における調停に代わる決定(法17条)について当事者の同意が不要とされることとの均衡からも当事者の同意は不要とすべきであること
     G決定の内容は、主文の他に、法的な権利義務の存否を判断したうえで当事者を納得させる理由を附したものであることが必要であること
     H決定に対して一定期間以内に異議ないし訴訟を提起しないと確定して裁判上の和解と同様の効力を有するとすること
     I訴訟手続きに移行した場合にも、いたずらに長期化しないように、労働審判での証拠が援用されて、適正かつ迅速な審理が確保されること、
     J審判手続きは、当事者の権利義務の存否を判断するものであるから、判断の適正を期すためにも、公開手続きとすること

  4. 労働関係訴訟手続きの適正・迅速化について

     中間とりまとめは、労働関係事件について、より適正かつ迅速化をはかるため、実務に携わる裁判官、弁護士等の関係者において、今般の民事訴訟の改正等を踏まえ、計画審理、定型訴状等のあり方をはじめ実務の運用に関する事項について具体的な協議を行い、運用改善に努めることが提言されている。
     しかし、労働関係訴訟手続きの適正・迅速化のためには、関係当事者の運用改善だけで足りない。
     すなわち、賃金・退職金不払いや単純な解雇など簡明な事案であれば、弁護士を代理人にしなくても当事者が自ら裁判を起こすことが出来るよう、訴状の定型化や口頭での事件受付を可能にする法制度化が必要である。また、当事者の選択によって、原則として争点整理は1期日、証拠調べは1期日で行い和解を勧試する場合以外は、直ちに判決を言い渡せる簡易迅速な手続きを当事者が選択できるものとする法制化が必要である。
     計画審理については、裁判所が一方的に決めるものであってはならず、当事者との協議により、その納得を得る必要がある。また、労働事件の場合は、使用者側に圧倒的な証拠の偏在があるのであるから、いたずらに迅速化を進めても適正な判断は得られない。そのため、民事訴訟法上の文書提出命令の拡充・積極的活用によって適正な判断が図られる必要がある。

  5. 労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方について

     中間取りまとめでは、労働委員会における不当労働行為の審査の際に提出を命じられたにもかかわらず提出されなかった証拠が、救済命令の取消訴訟において提出されることに関してなんらかの制限を課することを引き続き検討することを提言している。
     しかし、まず、求められるのは、労働委員会が適正で迅速な判断が下せるように、その体制と権限を強化することである。そして、その上で、事実上の5審制の解消のためには、労働者救済機関たる労働委員会の命令は、司法審査においても最大限尊重されなければならず、実質証拠法則の導入や審級省略が検討されるべきである。


   
 
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