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2003年8月30日
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司法制度改革推進本部事務局
「弁護士報酬敗訴者負担」意見募集係 御中
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弁護士報酬の敗訴者負担の取扱いに関する意見書 |
民主法律協会
会長 小林つとむ
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- 当協会は、1956年に平和憲法擁護と労働者・市民の民主的諸権利を守ることを目的に設立された。大阪及びその近府県で活動する弁護士、学者、労働者、一般市民、労働組合、民主団体で構成され、個人会員450名、団体会員250団体を擁する。当協会では、会員弁護士や労働組合による相談活動、労働者をはじめとする市民の権利を守る立場での訴訟を数多く手がけており、かかる経験を踏まえて意見を提出する。
現在、貴推進本部司法アクセス検討会では、原則的に両面的敗訴者負担を導入することを前提とし、例外として導入しない範囲に関する議論を行っている。
当協会は、弁護士報酬の両面的敗訴者負担制度の導入に反対する。以下、理由を述べる。
- 第1 労働訴訟について
- 労働訴訟の特質
(1)当事者間の圧倒的格差
労働訴訟の大部分は、労働者が原告(申立人)として、使用者がなした解雇その他の不利益処分に対する救済を求めるものである。
しかし、証拠のほとんどを使用者が握っており、使用者はその支配権限を利用して後から証拠を作り出すことさえできる。こうした中で、使用者は自己に都合のよい証拠だけを訴訟に提出する可能性がある。証拠の偏在が顕著であり、証拠提出能力において労働者は圧倒的に劣位にある。労働者が真実を立証することは極めて困難なことである。
経済的格差も著しく、労働者は生活費や自分の弁護士費用の捻出にも苦労する。
このような中で、労働者は困難な訴訟を強いられることとなる。
(2)勝敗の見通しの立てにくさ
証拠のほとんどを使用者が握っている中で、事実関係を立証できるか否かは提訴後の証拠収集の成否によらざるを得ないことも多い。
しかも、労働訴訟では、実定法が乏しく、「権利濫用」「合理性」「相当性」「総合判断」などの抽象的基準による判例法理が支配する領域である。かかる抽象的基準は、個々の裁判官によって結論が左右される余地が大きい。事実、第1審、控訴審、上告審で結論が変転した事例は多数に上る。
こうした事情から、労働訴訟では、勝敗の見通しが非常に立てにくい。
(3)司法における法創造機能
労働関係においては、実定法が乏しく、個別訴訟を通じて積み上げられた判例法理によって、労働のルールが確立・発展してきた。現在の労働裁判は新件が年間3000件弱と欧米諸国に比べて格段に少ないが、その中でも、法創造の役割は大きいものがある。
例えば、解雇規制ルールは、判例による解雇権濫用法理として確立し、ついには立法で明文化されるに至った。過労死・過労自殺事件においては、業務上の要件を極めて狭く解してきた労働行政に対し、これを覆す判決が相次ぎ、行政の認定基準を変更させるに至っている。
労働訴訟に対するアクセスを促進することは、個別事件の救済にとどまらず、社会における労働のルール作りを促進する効果もある。
(4)行政訴訟
労働訴訟の中には、過労死・過労自殺における労災不支給決定の取消訴訟や、不当労働行為救済命令の取消訴訟など行政事件として争われる類型もある。これらについては、行政機関の判断の適正を司法がチェックするという重要な機能も有する。
労働訴訟に対するアクセスを促進することは、行政機関の適正化という社会的正義にも資する。
- 両面的敗訴者負担制度導入による懸念
もし、両面的な敗訴者負担制度が導入されれば、労働者は勝訴の見込みが立つかどうかわからないから、使用者側弁護士の費用まで負担させられる心配をすることになり、経済的・社会的弱者である労働者・労働組合は訴訟をあきらめざるを得なくなるだろう。仮に訴訟を提起したとしても、これまで以上に敗訴の不利益を恐れ、不本意な和解に応じて訴訟を終了せざるを得なくなるケースも増えるだろう。
それは、労働者・労働組合の司法アクセスを阻害し、その結果、権利救済・法創造機能・行政の適正化を阻害するものである。
他方、使用者側は、労働者側弁護士の費用はさしたる負担ではなく、訴訟に対する萎縮的効果は起こらない。その結果、労使間の力の格差はますます拡大することになる。
貴推進本部アクセス検討会における発言の問題点
貴推進本部アクセス検討会では、司法アクセス促進の視点からなされたものではない発言が見られ、重大な問題である。例えば、@賃金・退職金請求訴訟について権利の目減り論の視点から導入を可とする意見が出されたり、A労働組合と使用者との間の訴訟は、力の格差が存在しないとして導入を可とする意見が出される、などである。これらの意見は、労働訴訟に関する現状認識について誤っており、これらについて敗訴者負担制度が導入されれば労働者・労働組合の司法アクセスを著しく阻害することになりかねない。以下、具体的に述べる。
@ 賃金・退職金請求訴訟
例えば、労働契約締結の際に契約書が存在せず合意された賃金額がいくらなのか不明確である、残業代請求訴訟では個別具体的な残業時間を立証するのに困難である、退職金請求訴訟では請求を受けてから何年も前の在職中のあれこれをとりあげて支払を拒否する、などのケースがある。つまり、こうした訴訟においても、勝敗の見通しは予測が難しいのであって、敗訴者負担を導入することによる労働者のアクセス障害の弊害は大きい。
A 労働組合と使用者間の訴訟
使用者と「格差が存在しない」ほどの力を有する労働組合などほとんどなく、またかかる組合と使用者との間で訴訟が継続することは通常考えられない。
組合・企業間の訴訟としては、使用者が原告となって、情報宣伝活動などの労働組合活動の違法性を主張して労働組合に対して信用毀損・業務妨害等を理由に損害賠償を請求するものが多いが、こうした訴訟の当事者となる労働組合は少数組合や不当労働行為により攻撃を受けている組合が圧倒的に多いのが実情である。これら組合は、財政的基盤や情報収集能力が十分でないことが多く、他方、使用者の組合潰しに対抗するため強力な組合活動を余儀なくされる。こうした訴訟では事実そのものに争いがある上、「正当な」組合活動、使用者の「不当労働行為」などの微妙な評価を伴い、やはり勝敗の見通しを立てにくい。敗訴者負担を導入されれば、組合活動を萎縮させ、労働者の団結権を実質的に奪うことになる。
- 小括
労働訴訟に両面的敗訴者負担制度を持ち込むことは、労働者・労働組合に司法による救済を断念させ、労働者の諸権利を奪うことになる。したがって、同制度の導入をすべきではない。
- 第2 その他の訴訟について
- 訴訟の実情
消費者訴訟、一般民事訴訟、中小企業の訴訟等、その他の訴訟についても、労働訴訟について述べたことの多くがあてはまる。
例えば、@これらの訴訟においても明確な証拠がない場合が少なくない、A裁判官の評価を伴う規範的要件があるなど、訴訟における勝敗の見通しがつけにくいケースは多い。具体的ケースを1、2例挙げてみる。
@中小企業間の売買代金、請負代金請求などでは、契約条件が明確でなかったり、口約束だけで取引が行われている場合も多く、こうした場合、訴訟における勝敗の見通しがつけにくい。敗訴者負担制度が導入されれば、相手方の弁護士費用の負担を懸念して提訴・応訴を断念するケースが増えるだろう。
A建物賃貸借契約終了における明渡訴訟では、建物賃貸借契約の更新拒絶には「正当の事由」が要求されるが、具体的にいかなる場合がこれにあたるかは裁判官の評価を伴うから、勝敗の見通しを立てるのが困難である。敗訴者負担制度が導入されれば、借家人が明渡訴訟を起こされた場合に、応訴を断念して明渡しに応じざるを得なくなるだろう。
- 小括〜やはり司法アクセスが阻害される
これらの訴訟においても、敗訴者負担制度が導入されれば、訴訟に対する萎縮的効果を生じることになり、司法アクセスが阻害されるのである。したがって、労働訴訟以外の訴訟についても敗訴者負担制度を導入すべきではない。
貴推進本部司法アクセス検討会では、原則導入を前提に、例外的に導入しない訴訟類型を議論しているが、こうした議論の進め方自体、訴訟の実情を無視し、司法アクセス促進の視点を欠いたものと言わざるを得ない。
敗訴者負担制度を導入しても訴訟に対する萎縮的効果を生じないのは、相手方の弁護士費用がさして負担とならない大企業間の訴訟など、極めて限られている。
- 第3 結論
弁護士報酬の敗訴者負担制度は、労働者、労働組合、一般市民、中小企業等、多くの国民の司法アクセスを阻害し、司法による救済を断念させ、その権利を奪うものである。当協会は、憲法で保障された裁判を受ける権利、ひいては国民の諸権利を奪う、弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入に断固反対する。
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