意見書
2003年6月27日
東京都千代田区霞が関1−2−2
  厚生労働省 厚生労働大臣 坂口 力 殿

厚生労働省労働政策審議会雇用均等分科会報告
 「今後のパートタイム労働対策の方向について」に対する意見書 

民主法律協会 
会長 小林つとむ

  1. はじめに
     2003(平成15)年3月18日、厚生労働省労働政策審議会雇用均等分科会は、「今後のパートタイム労働政策の方向について」と題する報告書(以下、報告という)を提出した。この報告は、厚生労働省パートタイム労働研究会が2002(平成14)年7月に発表した最終報告「パート労働の課題と対応の方向性」をふまえたものである。
     しかし、報告には、パートタイム労働の実態に対する認識にも、政策の方向にも、看過することのできない問題があるといわざるをえない。そこで以下、報告に対する意見を述べる。

  2. パートタイム労働者の増加は使用者のニーズによるもの
     報告は、「パートタイム労働者は近年著しく増加し、平成13年には1,200万人を超え、雇用者総数に占める短時間雇用者の割合は2割強となっている。」とし、こうした増加の背景として「柔軟で多様な働き方を求める需給両面のニーズ」があるとする。
     確かにパートタイム労働者の数が急増していることは各種調査からも明らかであるし、パートタイムという働き方を希望する労働者がいることも事実である。
     しかしながら、そうした労働者側のニーズゆえにパートタイム労働者が急増しているわけではない。パートタイム労働者急増の理由は、基本的には、使い勝手のよい労働力を求める、使用者側の「ニーズ」にあるのであり、これを「需給両面のニーズ」などと表現するのは適切ではない。パートタイム労働者は、正規雇用労働者と比較して著しく低賃金であり、また雇用期間がもうけられていて雇用調整(雇い止め)が容易であることから、使用者は正規雇用に代えて、パートタイム労働者を活用したがるのである。特に近年は、企業が、これまでの「日本型労使関係」から訣別する旨宣言し(日経連「新時代の『日本的経営』、1995年)、労働者を一括定期採用して企業内研修やOJT等を通じて育成するという旧来型の人事から、労働市場から必要な労働力を調達するという方向にシフトしつつあり、その結果、常用代替としてのパートタイム労働者が増加している。
     また、正規雇用労働者の多くが、過労死・過労自殺があとを絶たない長時間過密労働を強いられている中で、長時間過密労働の正社員か、不安定なパートタイム労働者かという選択において、特に家事や育児など家庭的責任を担う女性労働者が、やむなくパートタイム労働を選ばされているという実態もある。
     しかしながら、本来、多くの労働者は、正社員に代表される安定した地位を求めている。このことは、厚生労働省が2002(平成14)年6月に実施した「労働者派遣事業実態調査」において、派遣という働き方の選択理由が、「正社員として働きたいが就職先がみつからなかったため」「正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして」の二つで約半数を占めていること、また、今後希望する働き方として「できるだけ早い時期に正社員として働きたい」「家庭の条件が整えば正社員として働きたい」で半数近くを占めることからも窺える。
     しかるに、パートタイム労働者の増加が、労働者が自ら望んでそうなったかのような報告の描き方は、実態認識において誤っているといわざるをえない。実態認識が誤れば、その問題把握、これに対する処方箋のいずれも誤ってしまうことは当然である。
  3. パートタイム労働者の置かれた劣悪な労働状況
     わが国におけるパートタイム労働は、ほとんどが有期雇用という特質を有し、その賃金水準も、地域最低賃金ぎりぎりの低いものであることが多く、パートタイム労働者は極めて不安定な地位と劣悪な賃金労働条件を強いられている。
     まず、わが国のパートタイム労働者は、有期の雇用契約を反復更新していることが多く、いつ雇い止めされるか判らない不安な状態に置かれている。現に日本労働弁護団が毎年2回実施している全国一斉リストラ・残業110番などの電話相談においても雇い止めに関する相談が常に一定数寄せられている。雇い止めを恐れて、労働条件改善の声が上げられなかったり、労働組合加入すら躊躇するケースも多い。パートタイム労働者の労働組合組織率が3%に満たないのは、労働契約上の地位の不安定さと無関係ではない。雇用の安定はあらゆる労働条件改善の大前提である。
     また、パートタイム労働者の賃金は、一般労働者と比較して異常に低い。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、平成13年において、女性のパートタイム労働者の所定内給与額は女性の一般労働者の66.4%、同じく男性については50.7%とされている。ところが一般労働者の給与額にも男女間の格差があるため(おおむね1:0.6)、女性のパートタイム労働者の所定給与額は男性の一般労働者のわずか43.9%となる。しかも、この統計は、賞与や退職金についてはふれていない。これらを総合すれば、パート労働者の賃金が一般労働者と比較して著しく劣悪な状態にあることは明らかである。2001(平成13)年11月から2002(平成14)年3月にかけて全労連パート・臨時労組連絡会が行った実態アンケート調査(回答者数14,855)においても、「賃金が安い」ことが、職場における不満・不安のトップを占めている。しかもこの賃金格差は、報告も述べるように、毎年拡大している状況にある。パートタイム労働者の自立できない低い時間給の改善はきわめて重要な課題である。
     賃金以外の労働条件でも均等待遇が求められていることはいうまでもない。たとえば、今国会の有期契約を拡大する労基法改正論議の関連では、育児介護休業法2条1項が「期間を定めて雇用される者」を適用除外していることの問題点が指摘された。形式上は有期契約でも、これを更新して働いている労働者を適用除外とする合理的理由はなく、早急に改められるべきである。
     このように、パートタイム労働者をめぐる問題は、その地位の安定と、正規雇用労働者の賃金労働条件との格差是正であり、本来、パートタイム労働に関する政策を検討する場合には、これらの問題に対する処方箋が示されなければならない。
     しかるに、報告は、パートタイム労働者の雇用の安定については、何らふれるところがない。これはまったく無責任な態度といわざるをえない。
     また、報告は、正規雇用労働者との格差是正についても、「パートタイム労働者の処遇改善だけを切り離して考えるのではなく、通常の労働者も含めた総合的な働き方や処遇のあり方も含めた見直しが課題である」とするのみである。これは、パートタイム労働者の処遇をフルタイムの労働者との関係で時間比例的に引き上げるというものではなく、むしろフルタイムの労働者の処遇を劣悪なパートタイム労働者の処遇に引き下げる形で「均衡」を図ることになりかねないものといわざるをえない。

  4. あるべきパート労働政策とは
     パートタイム労働者の増加は、今後のわが国全体の雇用状況、経済状況にも深刻な影響を及ぼす。
     JIL(日本労働研究機構)による、2000(平成12)年から2001(平成13)年にかけてのフリーターに関する一連の調査において、フリーター増加は、「低廉な『使い捨て』労働力として『便宜的』に使われたのち」「正規雇用への転換を希望する頃には、職業能力・経験の欠如等によるミスマッチから正規労働市場への再参入が困難なものとなり、構造的失業につながるおそれがある」などと指摘されている。
     また、パートタイム労働の増加による収入の低下・不安定化はわが国の消費需要を冷え込ませ、不況からの回復をますます遅らせる大きな要因となっている。
     したがって、パートタイム労働政策を考える際には、低賃金で地位も不安定な現状のパートタイム労働者の実態を前提とするものであってはならず、少なくとも以下の原則が確認されなければならない。
    (1)雇用契約に期間を定めるときには合理的な理由が必要とされること
     一般に、長期にわたって継続する事業において、有期雇用を導入する必要はない。にもかかわらず、使用者が有期雇用を求めるのは、雇用の調整弁として、容易に首切りができる労働者を確保するためのものでしかない。しかし、これは使用者側の一方的な事情にすぎない。労働者にとっては、退職の自由が確保されている以上、あえて雇用期間の定めを求める合理性は存在しない。
     したがって、ヨーロッパ各国における有期雇用契約に関する規制なども参考に、事業期間がその性質上限定されている場合や、あるいは産休の代替労働のように一時的な代替であることが明らかである場合等に限り、有期雇用が認められるものとすべきである。
    (2)均等待遇の原則を明記し、通常の労働者との間で合理的理由のない差別的取扱いを禁じること
     均等待遇は、およそ人格の価値は平等であり、それは労働の対価を考えるに際しても尊重されなければならないという人類普遍の原理に基づくものである。そして、この原理は、現在では、ILO100号条約(男女同一価値労働同一賃金条約、わが国は1967(昭和42)年に批准)やILO175号条約(パートタイム労働条約、未批准)をはじめ、さまざまな国際労働基準として具体化されている。
     したがって、均等待遇を法律上明記し、賃金等あらゆる労働の対価は労働時間に比例して受けるべきことを確認すべきである。
     なお、報告は、厚生労働省パートタイム労働研究会最終報告で示されていた、いわゆる「日本型均衡処遇ルール」を前提とした処遇決定方式を指針で定めるよう求めている。これは、残業・配転の有無や責任の軽重により格差が合理化されるという議論であるが、説得力に乏しい。たとえば、原則として労働者に義務のない残業や配転の有無を格差の根拠とするのは、時代錯誤というべきもので不合理も甚だしいし、家族的責任ゆえに残業や配転に応じられない労働者を差別するものでILO156号条約(家族的責任条約、わが国は1995(平成7)年に批准)等にも反する。職務上の責任は、当該労働者に付与される職務に付随するものであるから、その職務評価をすれば足りることである。このように、「日本型均衡処遇ルール」とは、合理的な根拠を持つものとはいえず、これに依拠する報告の立場は失当である。
     また、先に述べた有期雇用労働者を育児介護休業法からの適用除外問題については早急に是正されるべきである。
  5. 事業主の「自主的」な「努力」には期待できない
    上記の二つの原則を実効あるものにするためには、これを単なる努力義務ではなく、禁止規定として法律上明記する必要がある。
     報告は、「働きに応じた公正な処遇」の実現のために、「個々の企業において」従来の雇用慣行や制度の見直しに取り組むことが必要であるが、「現状を考えると、労使を含めた国民的合意形成を図りながら、段階を踏まえつつ、そのあり方を改善していくことが求められる」、「当面は、通常の労働者との均衡を考慮した処遇の考え方を指針として示すことによって、その考え方の社会的な浸透・定着を図っていくことが必要」としているが、これは解決を先送りするだけのものとしかいいようがない。
     雇用の安定と均等待遇は、労働者の労働権(憲法27条)や法の下の平等(憲法14条)の要請するところであり、いわば憲法秩序に由来するものであるから、それは公序にほかならない。したがって、その実現に困難があろうとも、それは法秩序として定立されるべきものであり、労使合意が要件とされるべきではない。
     既に述べたように、現在のパートタイム労働者の組織率は3%に満たず、正規雇用労働者中心の労働組合がパートタイム労働者の利益を正当に代弁できるかは疑問である。
     そもそも、パートタイム労働法が、事業主に対し、「通常の労働者との均衡等を考慮」することを努力義務として定め、個々の企業が自主的に均等待遇を実現することを期待したにとどまった結果、法施行後10年経った今もなお、事態が改善されていないのである。今後、同じ轍を踏むことは許されない。

  6. パートタイム労働と税、社会保険制度について
     報告は、課税最低限度額への配慮から、労働者側・使用者側双方から就業調整行動を行っているとして、こうした就業調整行動が、「パートタイム労働者の能力向上意欲にもマイナスとなり、パートタイム労働者の賃金水準の改善が進まない構造となっている」としている。
     しかし、全労連のアンケート調査によれば、「休みや時間減などで103万円を超えないように調整している」は26.8%に過ぎず、「調整しなくても年間103万円にならない」が44.8%で最も多く、「103万円を気にせず超えて働いている」は22.3%となっている。すなわち、そもそも調整する必要のない労働者が多数を占めているのである。
     したがって、何よりの急務は、パートタイム労働者の賃金の底上げであり、地域別最低賃金の底上げである。
     これとともに、現在の基礎控除額があまりにも少ないことも問題である。憲法25条に基づく最低生活費非課税原則から、少なくとも生活扶助基準を参考にした月額15万円×12月分まで非課税とすべきであり、年間非課税限度額を年額180万円まで引き上げるべきである。
     また、年金保険や社会保険制度については、報告は、「平成16年の年金改革に向けて国民的な議論のもとに検討が行われることが期待される」とするのみであるが、他方、「一部の使用者委員から」「特に煩雑な企業の事務手続きも含め雇用コストの増大などが、重い負担になることを懸念するとの意見があった」と付記している。使用者側に対して気遣いあふれる付記であるが、これはいささか公平を失するものではなかろうか。
     なお、年金改革においては、厚生労働省は、パートタイム労働者の厚生年金適用基準について、労働時間が「正社員の4分の3以上」とされていた従来の基準を「週20時間以上」と緩和し、さらに「年収65万円以上」という収入要件を提示するに至ったが、これは、現状のパートタイム労働者に新たな負担をもたらす危険がある。パートタイム労働者自身も、生活できない賃金の中で加入を希望する者と希望しない者に分かれているのが現状であり、年金制度の拡大に際しては、その前提としてパートタイム労働者の賃金底上げが求められる。
     また、これらは事業主である中小企業にとっても負担増をもたらすものである。それは、厳しい競争にさらされ、税制面でも資金繰りでも苦しい経営に追い込まれている中小零細企業をさらに苦境に立たせる結果となりかねない。
     したがって、年金保険等の改革にあたっては、これら中小企業を支援するさまざまな措置が合わせとられるべきである。

             

   
 
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