意見書
2003年5月16日
派遣法改定案に対する意見書
民主法律協会派遣労働研究会

 
  1.  4月22日、今国会において、派遣法改定案が提出され、その趣旨説明がなされた。
     しかし、この改定案では、以下に述べるように、派遣先企業が派遣労働者をさらに使いやすくなるかもしれないが、派遣労働が常用雇用の代替とならないという最も基本的な観点が欠落しており、この対策が不十分である。その結果として同案は、すべての労働者の雇用の安定・労働基本権に対する配慮を欠き、重大な問題点を含んでいる。
     民主法律協会派遣労働研究会は、派遣労働者の雇用、生活そして権利を守る法改正こそが急務と考える立場から、今国会に提出された改定案に反対し、以下の通り、改定案の問題点について意見を表明する。

  2. 今回の派遣法改定案の基本的な問題点
    (1) 今回の派遣法改定案の基本的問題の1つは、適法な派遣労働の範囲を例外として限定するのではなく、際限なく拡げようとする方向での改定という点である。
     そもそも、戦後、憲法に基づく労働者保護法制では、基本原則の1つとして、直接雇用原則が掲げられ、職業安定法で労働者供給事業が原則的に禁止され(同法44条)、労働基準法に中間搾取禁止規定が置かれた(同法6条)。
     これらの規定の趣旨は、@戦前の口入れ屋や労務供給業者など、就業・就職段階での非民主的な労使関係を廃すること、A労働者を直接に指揮命令して、その労務の提供を受ける者が使用者として雇用責任や法的責任をすべて負うことを明確化すること、B労働者を商品として扱う中間搾取者を排除して、労働者が本来受けるべき賃金を確実に取得できるようにすることにあった。
     1986年施行の派遣法は、この労働者供給事業の一部を合法化するものであった。しかし、法施行にあたって、本来の労働者供給事業禁止の趣旨がほとんど配慮されていないため、派遣労働者の就業実態は、およそ民主的な労働法制と相容れない深刻な状況を呈している。とくに、@派遣先企業の使用者責任が不明確である。そのため、派遣労働者の労災等について使用者責任が曖昧化されている。A派遣先や派遣元による雇用期間の中途解約が多発し、派遣労働者についての雇用責任が軽視されている。B同一の労働を大きな格差のある経費によって賄う結果、派遣労働が常用労働に代替化し、全体として低賃金化が進んでいる。C派遣労働名目や請負偽装による労働者供給が適正な規制の下に置かれるどころか、違法なまま広がっている。そうした中で3割から5割もの違法労働者供給業者による中間搾取が横行している。
    今回の改定案は、このような深刻な派遣労働や派遣類似の違法な労働者供給の蔓延という状況には全く目をつぶり、適正な就業条件を確保するどころか、逆に、現状のまま派遣労働の範囲を業種・業務の面で、また、派遣期間についても拡大しようとするものである。特に、製造業部門は、戦前、口入屋や労務供給業者等による人身売買、中間搾取、使用者責任免脱の温床となってきた業種であり、製造業への派遣労働解禁は労働者供給事業禁止の原則を全く蔑ろにするものといえる。

    (2) また、2つ目に、今回の派遣法改定案は、「派遣労働は臨時的・一時的雇用に限定さるもの」という同法制定時の理念から大きく逸脱する内容をもっている。
     そもそも派遣法は、専門的知識技能を要する特定業務に限って、専門的能力を有する派遣労働者を一時的・臨時的に受け入れることを認める法律である。特に、派遣先は、派遣労働者を常用雇用労働者の代替としてはならないという点については、制定当初の国会の付帯決議で確認されている。
     その後、1999年の派遣法改定で、派遣労働が認められる業務を原則的に自由化したため、特定専門業務に限って派遣労働を認めるという理念の一端はくずれた。しかし、99年改定で、「派遣労働=一時的労働」という理念はむしろ強調されることになり、原則自由化によって新たに広がった派遣対象業務への派遣は最大1年間に限定するという規制が導入された。
     しかし、今回の改定案は、派遣対象業務を拡大(=製造業の解禁)することに加えて、派遣法制定時の理念であり、また、99年改定で改めて強調された「派遣労働=臨時的・一時的労働」との理念を放棄して、一層、派遣労働による常用雇用代替の方向へ大きく踏み込むものとなっている。
     @専門26業務での派遣期間制限の撤廃、A一般的な業務への労働者派遣の派遣期間3年の許容、B労働時間の少ない派遣の期間制限撤廃など、派遣労働の範囲を拡大することが改定案の中心的内容となっている。しかし、法違反が蔓延し、雇用の安定や適正な就業条件の点で弊害が指摘されている派遣労働の現実に対する効果的な規制を欠いたままでは、派遣労働の弊害や不安定な雇用関係をすべての労働分野に広げ、結果として労働者全体の雇用の不安定化と生活・権利の劣悪化を促進する危険性をはらんでいる。

    (3) さらに、3つ目に、今回の改定案は、派遣先企業や派遣会社の便宜・利益面のみに偏っていて、派遣労働者を保護するための方策は何らとられていない点に根本的な問題がある。
     派遣労働をめぐっては、@派遣先による事前面接・就労直前のキャンセル・中途解約、A派遣就業中のセクハラ等の差別・いやがらせ・労災の責任回避・業務外使用、B派遣元による過大な中間搾取、C社会保険・労働保険の未加入、D労働の安全に対する配慮の欠如、Eサービス残業の強要、F有給休暇取得拒否など派遣労働者の権利・生活を害する実態が種々報告されている。派遣労働をめぐって、労働者派遣法、労働基準法、労働安全衛生法、健康保険法、厚生年金保険法、雇用保険法、労災保険法に違反する実態が広がっている。こうした法違反の是正こそがさしあたっての急務であるが、労働基準行政や職業安定行政は、派遣元や派遣先企業に対して目立った監督や指導を怠っている。
     また、実態は労働者供給(労働者派遣)であるにもかかわらず請負や業務委託の名を騙って偽装する脱法行為が野放しにされている。その一方、行政解釈により、@派遣労働者による業務が3か月途切れれば派遣期間の期間制限を免れさせる措置(いわゆる「クーリング期間」)や、A同じ業務でも最小業務単位である班が異なれば派遣就業を別個のものとして評価するなど、労働行政自身が、派遣労働の常用労働代替禁止のための期間制限の脱法的取扱いを許容している。労働者保護のためにも、法令上何ら根拠をもたない偽装・脱法的就労形態に対して、法に基づいた厳格な取締まり強化こそが求められている。
     さらに、常用雇用労働者では当然であった雇用慣行や現行法制度が、派遣的就業や派遣労働者には対応していないことから多くの問題が発生している。なかでも、@交通費非課税、A社会保険・労働保険の派遣終業後の加入継続、B派遣先倒産・業務縮小の際の賃金保障、C登録状態の際の生活保障等、制度の不備から生じている切実な課題が少なくない。こうした課題それぞれについて派遣労働者の現実に応じた効果的な保護措置を早急に導入する必要がある。
     要するに、今回の改定案は、労働者の権利・生活の保護に関しては一切触れていない。今必要なのは、無権利なまま、その数が増加し拡大している派遣労働者に効果的な保護を及ぼすことである。派遣労働者にも労働基本権が現実的に保障されるように、「派遣労働者保護法」を制定することである。派遣労働者保護の実効性をはかり、派遣労働者が、常用雇用・直接雇用労働者に比較して不安定かつ不合理な状態で就業する現実を是正するための措置を講じることである。とくに派遣労働者保護の観点から、直接的な実効性を確保するために、派遣元、派遣先と労働者との間で、雇用と労働・生活条件の保護に関して、権利義務関係が明確となる法規制を導入することである。とくに、派遣先の直用義務や派遣先従業員との均等待遇義務について私法上明確な効力を持つ規定を導入すべきである。

  3. 個々の改定案の内容について
    (1) 紹介予定派遣について
     今回の改定案では、2000年12月以降厚生労働省の行政解釈によって認められてきた紹介予定派遣を明文化し、かつ紹介予定派遣に関しては、派遣先が事前に労働者を特定することも許容するとされている。
     しかしながら、そもそも派遣労働とは、特定の業務について技能・能力を有する労働者を派遣元が雇用し、派遣先企業は派遣された労働者に対して指揮命令し、労働者はその指揮命令下に労務を提供する、という形態が制度本来の姿である。それゆえ、労働者に対して雇用責任を負わない派遣先が労働者を特定する行為は、派遣労働の原則的形態から逸脱するものである。
     したがって紹介予定派遣は、従来の日本の労働者派遣の文脈でとらえることは適切でなく、職業紹介の一類型としてとらえるべきである。こうした観点から紹介予定派遣についての事前面接制度は、新規労働者の採用における職業紹介とその試用期間の問題としてとらえた法規制が必要である。
     新規学卒者の採用に関しては、判例上、採用内定法理が適用され、内定・試用の段階でも労働者は一定の保護を受けていた。しかし、派遣労働として事前の特定行為を許容した紹介予定派遣が実施されれば、新規学卒者の採用方式は、すべて紹介予定派遣に置き換えられ、判例上確立している採用内定法理が骨抜きにされる可能性が高い。それゆえ、単に派遣先企業の便宜のみを優先して、事前面接による派遣労働者の特定を無制限に認める今回の改定案は、判例上確立している採用内定法理を実質的に改廃するものであって許されない。
     仮に、紹介予定派遣による労働者派遣をあらたな試用的な派遣として位置づける場合においても、派遣期間は試用期間と同様に長きにわたるべきではない。また、派遣期間(試用期間)経過後に採用をしないという派遣先の行為に対しては、人種・思想・性別など平等原則に反する採用拒否の禁止、不当労働行為による採用拒否の禁止等、採用内定法理と同様の規制を設けるべきである。

    (2) 許可等の手続の簡素化
     今回の改定案では、従来は事業所毎に必要だった労働者派遣事業の許可・届出を事業主単位にするとして、許可等の手続きが簡素化されている。
     しかしながら、派遣労働者の権利・生活の保護に関しては一切触れるところがない現在の派遣法の下では、派遣元に使用者としての責任を全うさせるためには、労働者派遣事業の許可・届出の基準を厳しくするという方法しかない。
     また、許可等の手続の簡素化は、労働行政体制の縮小と併せて進められようとしているものであるが、現状でさえ満足に監督・指導できない労働行政がさらに形骸化する可能性がある。
     派遣業の許可等の手続的整備については、むしろ、許可等の基準について、雇用する派遣労働者の数に比例して、資本、事業所の規模、従業員数等を厳格に規制し、労働者保護のために証拠金・引当金等の担保を備えさせる等の措置が必要である。

    (3) 派遣期間等
     今回の改定案では、@派遣できる期間の満了やそれ以後派遣を行わないことについて、派遣元は派遣先・労働者に通知しなければならないとすること、A派遣期間に制限がない業務として、1ヶ月の日数が通常の労働者の所定労働日数に比し相当程度に少ない業務、及び、育児・介護休業法に規定する介護休業等をする労働者の業務を追加すること、B従来は1年間に制限されていた同一業務についての派遣受入を3年間まで可能とすること、が提案されている。また、C従前の26業務については派遣期間をすべて撤廃するとしている。
     このうち、@通知義務については、派遣期間遵守のために有効であり一定の前進と評価できる。ただ、義務違反には罰則を科すなどして、義務の履行を担保する必要がある。
     また、A派遣期間の制限のない業務等の追加については、「派遣労働=一時的・臨時的」という理念から大きく外れるものであり、特に短時間業務について派遣期間の制限を撤廃することは、常用雇用代替となる危険性がきわめて大きいため、認められるべきではない。
     さらに、B派遣可能期間の延長については、企業における転勤・異動の期間がおおむね3年を周期とすることにも鑑みると、派遣期間を3年間に延長することは常用雇用からの代替を促進し、雇用関係の不安定さを増大させるさせるため認められるべきではない。
     C26業務についての派遣期間の撤廃についても、「臨時的・一時的」との派遣法の理念と根本的に相反するものであって許されるべきではない。

    (4) 派遣先による派遣労働者の雇用
     今回の改定案では、派遣できる期間を超えて派遣労働者を使用する場合、派遣労働者を雇い入れる努力義務を定めている。
     しかしながら、この規定は実効性がきわめて乏しい。従来も1年の期間制限を超えて同一の業務につき派遣労働者を雇い入れる派遣先企業には当該派遣労働者を直接雇用すべき義務が課せられており、この直用義務違反に対しては厚生労働省による勧告や違反企業名の公表等が予定されていたが、この厚生労働省による勧告・公表は実際にはほとんど実施されていない。また、直用義務についての私法上の効力についてなお疑義が存在したため、結果的にはまったく実効性がない規定となっている。
     また、改定案では、派遣元から派遣先に対し、派遣期間の制限を超えて派遣を継続しない旨の通知があった場合で、かつ、労働者が希望する場合にのみ雇用契約の申込み義務があることを認めているが、申込みに対しては労働者には承諾の自由があるのであるから、派遣先の申込み義務に派遣労働者の希望等の限定を付す必要はない。
     派遣先と派遣元とは、発注者と受注者という関係にあり、派遣元にとっては派遣先は「お客様」である。そのため、派遣先による明らかに違法な要求に対しても、派遣元は「お客様」からの要求だとしてその違法な要求に異を唱えることをしない。こうした実態の中では、派遣元が派遣先の希望を拒絶して期間制限をこえる可能性がある場合に今後は労働者を派遣しない旨の通知をする可能性はきわめて乏しく、たとえ派遣期間制限を超える違法な要求であっても、唯々諾々とこれに応じる場合がほとんどである。
     派遣労働者保護の実効性を確保するためには、派遣できる期間を超えて使用する場合には、事前通告や労働者の希望とは無関係に、当該派遣労働者と派遣先企業の間に労働契約が存在するものとのみなす旨のみなし規定を設けるか、あるいは、派遣先企業から当該労働者に対し労働契約の申込みがあったものとみなす旨のみなし規定を置くべきである。こうした規定を設けることによって初めて、派遣労働が常用労働の代替となることを防止できる。

    (5) 物の製造の業務への労働者派遣事業の拡大の危険性
     製造業への労働者派遣の拡大は、きわめて慎重にされなければならないことは既述のとおりである。
     むしろ、製造業においては、現在でも、請負形態を偽装した労働者供給が蔓延しており、これ対する法規制こそが急務である。
    違法の疑いの強い偽装請負という形態では、労災事故にあたっての使用者責任が曖昧となり、労働者の安全教育の未整備や派遣先の管理責任が曖昧となるなど多くの問題が発生している。
     このような弊害を放置したまま、製造業においても間接雇用形態としての派遣を解禁することは到底許されるべきでない。

   
 
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