 |
 |
 |
2001年5月28日
|
司法制度改革審議会 御中
|
労働裁判改革に関する意見書(2) |
民主法律協会
会長 本多淳亮 |
- 労働裁判は抜本的な改革を要する
当協会は、既に2000年11月29日付で貴審議会に対し、「労働裁判改革に関する意見書」を提出し、審議のあり方を見守ってきた。
しかしながら、貴審議会においては、高木委員が労働裁判改革に向けた意欲的な報告文書を提出されたものの、十分な時間をとって審議されることはなかった。そして、貴審議会の最終意見書案では、審理期間の一律半減というスローガン的な目標が掲げられた反面、労使間の実質的対等平等を確保するための具体的な提案はなく、わずかに民事調停制度の手直しが謳われているだけである。これはきわめて問題である。
いうまでもなく、労働裁判のあり方は多数の国民の生活に影響する大きな課題である。そして、労働裁判の現状は、既に各方面から指摘されているとおり、労使間の社会的経済的な格差、事実と証拠の使用者側への偏在、そのこととも関連する裁判の長期化、労働者の生活や労働実態に対する裁判官の理解の乏しさなど、多くの問題を抱えている。労働裁判の改革は、これらの弊害を是正するためのものでなければならない。労使間の力関係の格差を是正し、実質的平等を確保した上で、迅速に権利救済がなされるシステムがめざされなければならない。
しかるに、貴審議会の最終意見書案にはこうした観点が欠落しているものといわざるをえない。 よって、当協会は、改めて貴審議会に対して意見を述べ、再考を求めるものである。
貴審議会におかれては、多数の労働者・国民が求める労働裁判のあり方に思いをめぐらせ、最終意見書の方向を転換されるよう、強く求めるものである。
- 審理期間の一律半減という目標は掲げるべきではない
貴審議会は、労働事件を含む民事事件の審理期間を概ね半減することを目標とし、原則として全事件について審理計画を定めるための協議をすることを義務づける方向で提案しようとしている。
しかしながら、このように事件の種類を問わず、一律に審理期間を半減することを目標とすれば、審理期間短縮が自己目的化することは避けられない。事案に沿って当事者の言い分を聞き、個別に妥当な解決をはかるのが裁判の本質であるが、審理期間短縮が自己目的化すれば、いきおい裁判所による強権的な訴訟指揮を招くことになる。それは裁判が裁判でなくなってしまうことを意味する。
かつて1992(平成4)年の公職選挙法改正により、いわゆる「百日裁判」の対象となる当選人等に係る刑事事件の公判期日一括指定等が定められたことが被告人・弁護人の防御権・弁護権侵害になるのではないかと問題になったことがあった。そこで、その審理のあり方について最高裁、法務省、最高検、日弁連の間で協議がなされ、訴訟当事者は「被告人と弁護人の防御権・弁護権の保障に配慮しつつ」、「実行可能な」事前準備等に努めることが確認された。この理は、刑事事件のみならず、民事事件においても妥当する。裁判の本質が当事者双方の言い分をよく聞いて妥当な解決をめざすべきものである以上、当事者の実質的な攻撃防御の機会の保障が不可欠であるのは当然である。
特に労働裁判においては、長期にわたる労使関係の中で発生した事実が審理の対象となり、事実関係が複雑であるだけでなく、こうした事実と証拠が使用者側に偏在し、労働者側は事実の確認や証拠収集にかなりの時間と手間を要することが多い。
真の当事者対等がはかられないまま、訴訟促進を強調することは、こうした社会的な力関係の格差をそのまま反映した不公正な裁判がなされることに他ならず、その弊害はきわめて大きいと言わざるをえない。
この点、貴審議会の最終意見書案では「早期に証拠を収集するための手段」に言及されているが、それが真に実質的な当事者対等をもたらすだけのものであるかは不明である。少なくともそれは、@文書提出の一般的義務化の徹底、Aディスカバリー制度(証拠開示手続)の導入などを内容とするものでなければならない。
一律に審理期間半減をスローガンとして掲げることは、こうした実質的当事者対等の要請を置き去りにして、それ自体が自己目的化することに結びつく。それは、事案の解明と権利救済・紛争解決にとって有害無益であるとしかいいようがない。一律に審理期間を半減するという目標の立て方自体が誤っているのである。
よってこの目標の撤回を求めるものである。
- 審理促進にとってもっとも有効な手段は裁判所の人的設備の整備である
労働裁判の長期化を防止するためには、審理期間の一律半減というスローガンを掲げるよりも、これに携わる裁判官、書記官、速記官等の数を飛躍的に増大させることが重要である。それは、すぐにでも着手でき、かつもっとも効果的な改革の方法である。
こうした裁判官増員を担保するためには、法曹一元を展望して、弁護士からの裁判官任官を飛躍的に増大させることが求められる。
また、国民の立場から裁判官の質を高めるために、裁判官選任過程に国民が参加することはもちろんのこと、裁判官に対する憲法、労働法、国際労働基準などについての教育研鑽を充実させることが必要である。裁判官の任務は、その時々の政権の進める国家政策を擁護することにあるのではなく、これを憲法的視点からチェックし、人権を擁護することにあるのであるから、こうした教育研鑽が何にもまして重要な課題であることはご理解いただけよう。
- 労働調停制度の問題点
貴審議会は、最終意見書案において、訴訟手続に限らず、ADRも含め、総合的に検討する必要があるとしながら、具体的には、訴訟手続の改革については具体的な提言を放棄し、民事調停制度の特別な類型の導入のみを挙げている。
繰り返し述べているように、労使紛争においてはもともと労使間の社会的経済的な力関係が対等でなく、それが裁判の長期化と紛争解決の実効性欠如の大きな原因となっているのであるから、その解決のためには、労使双方の実質的対等平等をはかることが不可欠である。
ところが、貴審議会の最終意見書案には、こうした労使間の社会的経済的格差の是正という観点がまったく抜け落ちている。これはきわめて欺瞞的な議論の立て方である。
今、もっとも望まれるのは、労使間の実質的平等をはかる労働裁判の改革である。判定機能や出頭強制力の裏付けがある労働裁判の改革がなされて初めて、ADRの制度も生きたものとなる。逆に言えば、労使間の実質的平等をはかる労働裁判改革を抜きにしたADRでは、労働者の権利救済には役立たないのである。
もちろん民事調停制度が紛争解決に有効な場面もあるだろう。しかし、そのような場合でも、労使間の力関係の格差を是正し、当事者対等をはかる仕組みとして、調停委員会などが使用者に対する強力な釈明権や、文書提出・データ開示を求める権限を行使できなければ、公正な解決をもたらすことはできない。こうした実質的平等をはかる手当抜きの民事調停制度では、紛争解決と権利救済の実効性に乏しい制度となるおそれが大きい。
- あるべき制度改革のポイント
貴審議会の最終意見書では、労働裁判改革はほとんど棚上げされようとしているが、それが国民の期待を裏切るものであることは既に述べたとおりである。
以下、改めて、あるべき制度改革のポイントを指摘する。
(1)陪参審制度の導入
労働裁判官に不可欠な資質は、@憲法上の労働基本権及びこれを具体化する下位規範たる労働諸法に対する十分な理解と、A労働者の生活の実情や労働実態を的確に把握した上に立つ健全な良識である。
しかしながら、キャリア裁判官にその両方を求めるのはもともと難しい。
従って、労働裁判はもっとも市民参加の必要性の高い分野であり、陪審制度、あるいは少なくとも参審制度の導入が必要である。参審制については、労働委員会制度を参考に、労働現場の実情に精通したものが参審員に選任される制度など、裁判官の判断を実質的にチェックできる仕組みを作る必要がある。
現在、貴審議会で導入が検討されている「裁判員制度」では、市民的立場からキャリア裁判官の独走をチェックする機能は期待できず、まったく不十分である。
(2)簡易労働訴訟制度の導入
既に述べたように、民事調停に限らず、およそADRによる解決メニューが実効性のある制度となるためには、背後に、判定機能や強制力を伴う労働裁判が労働者にとって真に使いやすい制度として存在していることが必要である。
そのためには、特に、賃金不払いや簡易な解雇事件などのような簡易な労働事件について、裁判所の事前の釈明権や証拠提出命令権などを前提とし、1回結審、即日判決を原則として、6か月以内に和解又は判決で解決することをめざす簡易労働訴訟制度が必要である。
こうした労働訴訟改革を抜きにしたADRの制度では、労働者の権利の救済という側面からは不十分としか言いようがない。
(3)ADRの充実
以上に述べたような、労働裁判の迅速化、特に簡易な事案についての訴訟制度の創設を前提とすれば、ADRの充実は、事案に応じた権利救済・紛争解決のメニューを広げるという観点から歓迎できる。
特に、これまで労働委員会においては、職場の実情に精通した労使の委員が審査に加わることにより、労使紛争の適正な解決が図られてきており、こうしたノウハウの蓄積のある労働委員会が個別紛争処理に関与する制度は魅力的である。
(4)解雇規制法をはじめとする実体法の整備
日本の労働法制は、もともと諸外国と比較しても規制が緩やかであり、労働者の救済は解雇権濫用法理、整理解雇法理など、判例法理に委ねられてきた。そのことが、無用な紛争を多発させ、裁判を長引かせ、紛争の解決を遅らせてきた。これは労使双方にとって不幸な事態であった。 従って、労使関係においてはむしろ必要な規制を導入・強化すべきである。具体的には、正当な理由のない解雇の規制、営業譲渡における労働者の地位の保護、差別禁止などについて、実体法による規制が求められる。
(5)労働委員会命令取消訴訟の改善
労働委員会命令取消訴訟をめぐる、いわゆる五審制の問題については、貴審議会の最終意見書案において言及されているものの、具体的な改善案は示されていない。
しかしながら、この問題が、長年にわたって労使紛争を未解決状態にするものであり、望ましくないのは言うまでもない。
そこで、この問題を解決するためには、労働委員会制度の制度趣旨と、労働委員会の専門的判断能力やこれまでに果たしてきた役割の大きさに鑑み、以下の改革が不可欠である。
@中央労働委員会への再審査請求権を労働側に限定する
A労働委員会命令の取消訴訟の第1審を高等裁判所の管轄とする
B実質的証拠法則の採用(労働委員会の事実認定の尊重)
C労働委員会の救済命令の裁量権の尊重・拡大
|