弁護士 谷 真介
1 事案の概要
当事者(以下「審査請求人」という)は、当時50代の府立高校の実習助手であり、大阪府において30数年余勤務してきた。その傍ら審査請求人は、長年ライフセービング活動(海岸等での事故を防止し人命を救助する社会的活動)に取り組んできた。日本赤十字社や日本ライフセービング協会の資格を有し、他の学校等や民間団体等で指導員として講演依頼を受けるなど、本来の職務の傍ら可能な限りの活動をしてきた。歴代赴任校の校長や教頭からも積極的に激励を受けていたが、令和2年7月10日付けでこのライフセービング活動にまつわって懲戒免職処分(及び退職手当支給制限処分・支給額0)を受けた。
懲戒免職事由は以下の4点である。
①延べ10回、勤務する学校施設を権限がないのに民間のライフセービング団体に使用させた、②延べ18回、勤務時間中に職場を離脱してライフセービングの講師に従事した、③兼業許可を受けずライフセービング活動に従事し約250万円の報酬を受けた、④出張旅費を約2万円余不正受給した、というものであった。
確かに審査請求人はライフセービング活動に熱意や使命感をもち、管理職からも奨励されているという思いから、手続がルーズになっていたところ、この点は反省すべき部分であった。しかしながら、一方で審査請求人は実習助手として30数年余誠実に勤務しており(この点は処分者側証人として証言した各学校校長らも認めていた)、また犯罪行為をしたとか、生徒や保護者に対し重大な背信的行為をしたという類のものでもなかった。例えば、④の出張旅費の不正受給とされたのも、ライフセービングの講師としての出張の際に機具を積みこみ自動車で行ったものを、現場の慣例で公共交通機関で出張旅費を申請したにすぎなかった。一定の懲戒があり得たとしても、これで身分を失わせる懲戒免職(しかも定年間際で退職金を0とする処分)は明らかに行為と均衡を失しているとし、人事委員会に審査請求を行った。
2 争点と人事委員会の裁決
(1)争点は上記4点の懲戒事由の事実の存否と懲戒事由該当性、そして懲戒免職処分の相当性であった。特に、懲戒免職処分の相当性判断において、大阪府自ら定めた懲戒に関する基準(処分の標準が示されている)との均衡が図られているかが争点となった。すなわち、①は要するに学校施設の無断使用であるが、基準で最も近いのは「公金等を不適正に管理すること」であり、標準は「戒告又は減給」、②と③はいずれも「戒告又は減給」、④が少し重く「減給又は停職」であった。審査請求人は4つもの非違行為が問われたとはいえ、そのうち「停職」でさえ選択肢にあげられるが一つあるにすぎず、仮に4つの事実が全て認められても、標準例にない「免職」とするのは重すぎるのではないか。しかし、処分者は、①は、単なる手続違反ではなく、刑事犯罪の一つである「背任行為」に当たるとして、「公金・公物の横領」(これだと標準は「免職」)を参考にし、免職としたと主張した。
(2)審査請求から約3年半後に出された人事委員会裁決は、まず懲戒処分のうち「免職処分」は職員たる地位を失わしめるという重大な結果を招来するから、その選択には特に慎重な配慮を要すると示した。その上で、①の「背任行為」該当性について詳細に検討し、実習助手である審査請求人には学校施設の使用に関する権限自体がなく、もとより背任行為には該当しないとし、これを背任行為に該当するとして免職処分を選択した本件懲戒免職処分は処分者に裁量権の逸脱・濫用があるとし、処分を停職3月に修正した(なお、他の懲戒事由については、審査請求人側の主張をいずれも排斥し、懲戒事由があり一定程度の懲戒処分は避けられないとした)。
3 修正裁決の成果と課題、今後について
公務員の懲戒処分について人事・公平委員会において処分が取り消されたり、修正されることは珍しい。本件も各懲戒処分事実についても争ったが、相当部分主張が斥けられており、厳しさも痛感した。もっとも、さすがに学校施設の無断使用という手続的問題について、背任行為に該当するとして免職を選択したという不合理は是正された。身分だけでなく退職金も復活し大きな成果であった。
ただし、審理には3年半もの年月がかかり、定年直前に間に合ったものの、処分者は残りの期間の「研修命令」を示唆し、審査請求人は今後の人生選択を熟慮し、定年まで一年を残し現場への復職はせず、この3月末で退職する選択をした。不当な処分を争うための審査請求において裁決までの期間が長すぎることは、労働者にとっては大きな負担となり、是正が必要である。
さらに本件では、修正裁決後に府教委とも面談を行ったが、裁量権を逸脱濫用した不当な処分によって審査請求人の職業人生を狂わせたことに対する反省は皆無であった。当然のように謝罪はなく、懲戒免職処分時には実名で公表しながら修正裁決がされたことの公表もしない、未払給与の遅延損害金も支払わないという(その理由も、条例上の根拠がないとか、行政処分の公定力を根拠としており、全く不合理である)。審査請求人は、地公法50条3項に基づき人事委員会に府教委へ是正指示をするよう申し立てたところであるが、さらに訴訟提起も検討している。
(弁護団は城塚健之、加苅匠と谷真介)