弁護士 大久保 貴 則
1 事案の概要
2016年8月22日から26日にかけ、学校法人追手門学院は、18名の事務職員に対し、外部コンサル会社(株式会社ブレインアカデミー)に委託する形で、業務命令で「自律的キャリア形成研修」と称する研修を受講させました。
しかし、その実態は、退職勧奨目的と評価せざるをえないものであり、5日間毎日8時間行われた研修の内容も、講師が受講者らに対し、執拗に「2017年3月末での退職」を迫り、全員の前で「あなたのように腐ったミカンを追手門の中においとくわけにはいかない」、「戦力外なんだよ」、「老兵として去ってほしい」、「虫唾が走る」などと業務とは全く関係のない人格非難といえる発言を繰り返すというものでした。
それだけでなく、追手門学院は、その研修後も、退職等に応じず現状維持を希望する研修受講者らに対して、業務命令として拒否できない形式で何度も面談を受けさせ、その中でも人格非難といえる発言をし、退職等をしないと明言してもなお執拗に退職等を求めるなどしました。理事長から直接「退職勧告書」を読み上げて手渡された方もいます。
これらの結果、精神疾患を発病して休職に追い込まれた3名が労災申請したところ、1名については研修及び面談が「退職強要」にあたり心理的負荷が「強」であるとして労災認定されましたが、2名については不支給決定が出されました。
その2名が審査請求をしたところ、今般、大阪労働者災害補償保険審査官が労基署の不支給決定を取消す旨の裁決を出し、その後労基署が改めて支給決定を出しました。
2 裁決のポイント
(1) まず、2名が他の1名と異なり不支給決定となった理由は、両名の精神疾患の発病時期が本件研修より前の時期と判断されたからでした。
労災の認定基準が、発病時期を特定し、その時期よりも前の6ヶ月間の出来事を評価するという仕組みになっているところ、不支給決定となった2名については、発病時期が研修前と判断されたことで、他の1名では心理的負荷が「強」とされた研修が発病前の出来事ではないとしてそもそも評価の対象にはならず、その結果発病前6ヶ月以内に心理的負荷が「強」といえる出来事がないため、業務上災害だと判断されませんでした。
(2) 以上のような原処分庁の判断を覆すため、研修前の本人の体調に関する資料やそれらに基づいて作成された医師の意見書等を提出した結果、裁決では、機能障害の有無を重視し、研修後にこれが顕著になったと判断し、研修の後に発病したと認定しました。
機能障害の有無という点に着目して判断したことは、発病時期を特定しにくい精神疾患の事案において参考になることと思います。
(3) また、本件研修では、前述のように受講者全員に向けて「2017年3月末での退職」を迫る発言や、特定の受講者に対する「腐ったミカン」などの発言がありましたが、審査請求をした2名のうち1名は研修の中で自分に対して直接そのような発言を受けることが少なかったため、そのような場合に心理的負荷が「強」と評価されるかが問題となっていました。
その点について、裁決では、他の受講生を追い詰めるような発言が繰り返し面前でなされること自体が「次は、自分があのような目に合う」という恐怖感を抱くに足りる程度であったと評価できること、参加者が相互に助け合える環境ではなく講師との1対1での対応よりも心理的負荷が強いものであったなどと判断し、心理的負荷の程度が「強」であると認定しました。
他者がパワハラを受けている場面を目撃することにより強い心理的負荷を受けることは論文等でも発表されており、それらを資料として提出していましたが、裁決がこの点についても明確に判断したことにより、他の同種事件においても活用が期待できます。
3 おわりに
すでに労災認定を受けていた1名も含め、労災申請とは別に、追手門学院や同理事長、ブレインアカデミーに対し損害賠償請求等の裁判を起こしていますが、その原告3名全員が労災認定を受けることができました。
同一の研修を受けた職員が3名も精神疾患を発病し労災認定されたことは前代未聞といえる事態で、これを外部コンサル会社に委託して実施した追手門学院の責任は厳しく批判されるべきであり、今後民事訴訟においてその責任を厳しく追及していく予定です。
(弁護団は鎌田幸夫弁護士、生越照幸弁護士、谷真介弁護士、立野嘉英弁護士、当職の5名)