民主法律時報

マスク着用懈怠を理由とする解雇を無効とする判決

弁護士 谷  真 介

1 事案の概要等

2022年12月5日、大阪地裁(佐々木隆憲裁判官)で、マンションの管理員がマスク着用懈怠等を理由としてなされた解雇の無効を争っていた裁判で解雇を無効とする判決が言い渡された(控訴はなされず、判決確定)。

原告は60代半ばであった2014年より、有期雇用の管理員として近畿住宅管理株式会社(以下「会社」という)に雇用され、2021年6月に解雇されるまで約7年間管理員として勤務してきた。なお、原告は通算契約年数が5年を超えた段階で無期転換権を行使して無期契約となっていたが、72歳が定年とされており2021年12月に満72歳となり定年を迎える予定であった。

2020年に入り、会社から管理員全般に対し、新型コロナウイルスの感染拡大により管理員業務でもマスクを着用するよう指示がなされた。原告はこれに従い通勤中や勤務時において基本的にはマスクを着用していたが、周りに人がいないとき(管理員室に一人でいるときなど)にマスクを外すこともあった。しかし、特段個別の注意等は受けておらず、その他勤務遂行も良好であった。

2021年5月6日、マンション住民から会社に対し、原告がマスク着用をしていないので不安である等の苦情のメールが入った。会社がこれを原告に指摘する前に、偶々、原告が同月7日に発熱し、PCR検査を受けたところ翌8日に陽性が判明した(以降、原告は勤務を休み、宿泊療養等に至った)。回復後の同年6月2日に原告が会社の上司と面談したところ、はじめて上記住民からの苦情メールを示され同マンションには今後勤務させられないことを告げられ、清掃員への異動を求められた(賃金は半分以下の月6万円程度となる)。その後、原告がこれを拒否すると解雇された。

解雇事由は、①新型コロナウイルス対策のマスク着用指示に従わずマンション居住者に不安を与えたこと、②コロナ罹患で休んだ際に住居が届出された場所と異なることが発覚し(前年に妻と別居することになり、家を出て一人で暮らしていた)通勤手当差額(月約3000円弱)を不正に受給しているというものであった。

同年7月28日、原告は大阪地裁に解雇の無効を主張し地位確認と賃金請求を求め労働審判を申し立てたところ、労働審判委員会(審判官・岩崎雄亮裁判官)は、これを認める審判を言い渡したが、会社側が異議を申し立て、本訴に移行することとなった(訴訟係属中に定年に達したため地位確認は取下げ)。

2 判決内容

本件の争点は、マスク着用を巡る解雇理由のほか、前提としての退職合意の有無や、もう一つの解雇理由である通勤手当の不正受給を巡る点、さらには配転や解雇を巡る不法行為の成否等もあるが、マスク着用を巡る解雇理由に絞って判決内容と意義について述べる。

まず、判決はマスク着用が労働者の義務となるかにつき、管理会社としては住民に不安を与えないようにすることが業務上必要であること、会社が従業員に感染防止対策としてマスク着用等の徹底を求めていたこと等から、原告は会社の指示に従いコロナ感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていたと認定した。なお、原告はマスクを基本的に着用していたと主張していたが、判決では住民からの苦情内容のみから原告が業務中等にマスクを着用していない常態にあったと事実認定し(この点は問題がある)、原告の義務違反の事実を認定した。

しかしながら、寄せられた苦情が1件にすぎなかったこと、会社に管理組合との間で管理委託契約が解除された等の実害が出ていないこと、マスク未着用について会社が原告に指導した実績がないこと、マンション住民や会社内部にいわゆるクラスターが発生したという事実も窺われないこと等から、原告の上記義務違反をもって解雇することが社会通念上相当とまではいえないと判示した。

3 本判決の意義

本件は、何らかの信念に基づいて、またはマスク着用ができない疾患等を理由として、マスク着用を拒否した等の事案ではなく、単にマスク着用がルーズであった事案である。そのため、仮にマスク着用の懈怠があり、顧客側からクレームがあったとしても、一度も注意や改善を求めることなく即時解雇することに相当性が認められないことは余りにも明白であり、本判決内容に特段目新しい点はない。

しかしながら、そもそもコロナ禍までマスク着用は労務提供に何らの関係もなく、コロナ禍という予想しえない外部事情により、どこまでが労働者が労務を提供する上で必要不可欠な契約上の義務となるのか、義務違反があったとして労働者の地位を剥奪する解雇まで許されるのかは、コロナ禍で浮上した新しい問題でもある。マスク着用以外にも、ワクチン接種を巡っても似たトラブル・相談例が頻発した。これらの場面では、感染防止対策の必要性や本来的な労務提供との関係等を個別的に検討し、バランスを図ることが求められる。検討の素材として本件を報告する次第である。

(原告代理人は、徳井義幸、谷真介)

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