民主法律時報

新潟水道局職員自死事件 勝訴判決

弁護士 清 水 亮 宏

新潟市水道局の職員が、上司からのパワハラや困難な業務を苦に、「どんなにがんばろうとおもっていてもいじめが続く以上生きていけない。」と遺して自死し、遺族らが新潟市に対して損害賠償を求めていた事件について、2022年11月24日、判決が言い渡されました。

新潟地方裁判所は、新潟市に対し、遺族らに合計約3500万円の賠償を命ずる原告ら勝訴の判決を言い渡しました。簡単ですが、内容をご報告いたします。

1 事案の概要

亡くなった職員のSさんは、1990年に新潟市水道局に採用されました。2004年に維持管理課維持計画係という部署に配属されましたが、2006年の夏頃から上司の態度が変わりはじめました。

2006年12月、Sさんが有休を取得して家族旅行に出かけたところ、有給を取得したことについて上司から叱責され、「完全に干された」「こんなことなら年休をとらなければ良かった」などと口にするようになりました。翌2007年からは、上司によるいじめが過熱化し、細かなミスを取り上げて長時間叱責されたり、会議の議事録について何度も書き直しを命じられるなどのいじめ行為が繰り返されるようになりました。

また、同じ頃に、Sさんにとって初めての業務である「単価表の改訂作業」という業務を命じられました。給水装置修繕工事という工事の単価が整理された表を、単価の変更等に伴って改訂するという作業であり、とても困難な作業でした。単価表はExcelデータで作成されたものですが、シート数が50を超えている上、初心者では扱うことが難しい関数によって異なるシートのデータが紐づけされていました。また、現場業務の経験がなければ、何をどのように改訂すればよいか理解しづらいという特徴もありました。Sさんは、Excelの扱いに苦手意識があったほか、単価表の改訂作業を行えるだけの現場業務の経験がなかったため、どのように進めれば良いのか頭を悩ませていました。

Sさんは、単価表の改訂作業の結果を2007年のゴールデンウイーク明けに提出することになっていましたが、提出期限の直前に自死されました。

遺族(妻と子供)は、公務災害の認定申請を行いましたが、地方公務員災害補償基金新潟支部長は、公務災害と認めませんでした。その後、同支部審査会に審査請求を申立て、元同僚の陳述書を踏まえていじめ行為の内容や単価表の改訂業務の困難性を具体的に主張したところ、2011年11月、同支部審査会が公務起因性を認め、公務災害と認定されることになりました

遺族は、公務災害認定後、解決に向けて水道局側と協議を開始しましたが、水道局側は、“円満に話し合いで解決するため”として遺族に元同僚の陳述書等の資料の提供を求めた後、同資料に基づき、(遺族側に無断で)聞き取り調査を実施し、最終的に、パワハラや業務の困難性を否定するという不誠実な対応を行いました。

2015年9月、遺族はやむを得ず提訴しました。提訴後、約7年にわたる審理を経て、判決が言い渡されたという経過です。

2 新潟地裁判決の内容

(1) 判決の概要
新潟地方裁判所第2民事部(島村典男裁判長)は、単価表の改訂業務に関して、安全配慮義務違反を認め、損益相殺や過失相殺を行った上で、新潟市に合計約3500万円の賠償を命ずる原告ら勝訴の判決を言い渡しました。

(2) 上司による直接的ないじめ行為の認定について
原告が主張していた上司の直接的ないじめ行為(有給取得に対する叱責や長時間及ぶ叱責等)については、公務災害段階で陳述書を作成した元同僚が証言をしなかった等の理由から、客観的な証拠がないと判断し、いじめ行為を認定しませんでした。

(3) 単価表の改定業務の困難性について
一方で、単価表の改定業務の困難性については、原告側の主張をほぼ認めました。
業務そのものの困難性に関して、「単価表の改定業務は、初めて従事する職員にとって比較的難しい業務」と認定した上で、「(上司には)同僚や部下に対し、仕事上、厳しい対応や頑なな対応を行う傾向や、時折、強い口調で発言する傾向」「(当時の職場)における会話は少なく、挨拶も余りなく、職員の誰かが他の職員に対して業務に関する質問をするような雰囲気もなかった」「(Sさんは、上司の)自分に対する態度を「いじめ」であると感じて苦痛を感じていた」「5月の連休明けに(上司)から叱責されることなどを恐れて精神的に追い詰められ、そのことが主たる要因で自殺を決意した」などと指摘し、当時の職場・Sさんの状況を具体的に認定しました。その上で、「上司は、対応を改善して部署内の意思疎通を活性化させ、Sさんが相談しやすい環境を整えたり、Sさんの業務の進み具合を確認しながら必要な指導をしたりする注意義務があった」(※要約)と判示し、上司がこれらの注意義務を果たさなかったとして安全配慮義務違反を認めました。

(4) 過失相殺
Sさん自身が、困難な状況を脱するための行動が可能であったとして、5割もの過失相殺を行いました。

3 判決の意義・問題点と波及効果

(1) いじめ行為に関する事実認定と過失相殺について
公務災害段階(支部審査会)では、元同僚の陳述書に基づき、いじめ行為の内容が具体的に認定されましたが、判決では認定されませんでした。元同僚の陳述書の信用性が十分に吟味されていない上、元同僚が証言できなかった経緯が十分に踏まえられておらず、事実認定に強い疑問が残ります。

また、上司等から適切なフォローを受けられなかった当時のSさんの状況を具体的に認定しながらも、自らの苦境を脱するために何かしらの対応ができたとして、5割もの過失相殺が行われました。過失相殺を行うこと自体に疑問がありますし、少なくとも5割もの過失を認めるのは行き過ぎです。

(2) 単価表の改訂業務について
単価表の改訂業務については、概ね原告側の主張を認めました。
困難な業務の内容を説明すること自体が困難であることが多いため、業務の困難性の立証にはハードルがありますが、Sさんが実際に扱っていた単価表のExcelデータを用いながら業務の困難性を詳細に主張したこと、単価表の改定業務に従事していた前任者から業務の内容やその困難性について証言いただけたことが功を奏したのだと受けとめています。

また、適切なフォローなく困難な業務に従事させたことについて安全配慮義務違反を認めた点自体に先例的意義があると考えています。

厚労省のパワハラ6類型の一つに「過大な要求」があります。適切なフォローなく達成困難な業務に従事させることが、パワーハラスメントの一類型として挙げられているのです。本判決では、業務の困難性について掘り下げて認定し、適切なフォローなく困難な業務に従事させることが安全配慮義務違反になるということを明らかにしました。弁護団としては、評価できる判決であると受け止めています。

4  新潟市の控訴断念と謝罪の要求

Sさんが亡くなってから約15年、Sさんが置かれていた過酷な状況がやっと裁判所に認められました。
遺族にとっては不満が残る点もありましたが、判決後、新潟市に対しては、判決を受け止めて真摯に反省し、控訴しないよう強く求めました。結果、当事者双方が控訴せず、判決が確定することになりました。
現在は、判決確定を受け、謝罪の実施と再発防止策の協議に向けて水道局側と連絡をとっているところです。

(弁護団は、岩城穣、白神優理子、清水亮宏の3名)

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