弁護士 稗 田 隆 史
1 はじめに
2つの会社で雇用され、同じ事業場で就労していた労働者(控訴人)が、兼業による長時間労働及び連続勤務、上司らによるパワーハラスメントが原因で精神疾患を発症し、さらには療養のために休職していた際に雇止めされたという事案において、勤務先2社(被控訴人ら)に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償等を求めた訴訟の控訴審判決(大阪高裁、裁判官:大島眞一、大野正男、和田健)が、2022年10月14日に言い渡され、原審(大阪地裁、裁判官:中山誠一、安西儀晃、佐々木隆憲)の不当判決を変更し、一方の会社について慰謝料や休業損害等の支払いを命じた(一部逆転勝訴)。
なお、本件の争点は多岐にわたるため、本稿では、兼業による長時間労働及び連続勤務に関する安全配慮義務違反を中心に説明する。
2 事件の概要
控訴人は、大器キャリアキャスティング株式会社(以下「被控訴人大器CC」)及び訴外東洋石油販売株式会社(以下「訴外東洋石油」、現在は株式会社ENEOSジェネレーションズ(以下「被控訴人ENEOS」)に承継されている。)の2社に雇用され、訴外東洋石油及び被控訴人ENEOSが運営するセルフサービスのガソリンスタンド2箇所において、夜間監視員として勤務していた。なお、訴外東洋石油は、ガソリンスタンドの運営業務を訴外大器株式会社に委託しており、同社は、その業務を完全子会社である被控訴人大器CCに再委託していた。
2014年2月1日以降、控訴人は、被控訴人大器CCの従業員として、週6日で勤務を行っていたところ、同月23日以降、訴外東洋石油のマネージャーから、唯一の休日である日曜日に訴外東洋石油の従業員として同じガソリンスタンドで働くように要請され、訴外東洋石油の従業員として日曜日も就労するようになった(同年6月には、訴外東洋石油の勤務日が、週1日から週2日に増えた。)。
その結果、控訴人は、被控訴人ら2社での就労下において、休業する前6か月間の時間外労働時間は平均107時間、最長143時間45分に達しており、2014年1月26日に休日を取得して以降同年7月2日まで、1日の休みもなく157日間の連続勤務となった。
2014年6月下旬、控訴人は、連続勤務及び長時間労働、上司らによるパワーハラスメントが原因となり、うつ病との診断を受け、同年7月3日以降の休業を余儀なくされたところ、被控訴人大器CCから雇止めされた。
2015年3月、控訴人は、大阪中央労働基準監督署長に対し、労災申請を行ったところ、同年 月に労災認定されている。
3 大阪地裁の判決
本件の争点は多岐にわたるが、大まかに分けると、①上司らのパワーハラスメントの違法性、②パワーハラスメント及び連続かつ長時間労働に関する被控訴人大器CC単独の安全配慮義務違反(債務不履行又は不法行為)の有無、③連続かつ長時間労働に関する訴外東洋石油(被控訴人ENEOS)単独の安全配慮義務違反(債務不履行又は不法行為)の有無、④被控訴人大器CC及び訴外東洋石油の共同不法行為の成立の可否、⑤被控訴人大器CCの雇止めの有効性、となる。
ところが、2021年10月28日、原審は、控訴人の請求をすべて退けた。パワーハラスメントの違法性を否定し、連続かつ長時間労働の発生について、控訴人の積極的な選択の結果生じたもの(労働時間数の増加は控訴人の希望により実現したもの)である等として被控訴人らの安全配慮義務違反の成立を否定し、さらには、雇止めについて、契約更新に対する合理的期待があるとは認められない等として無効ではないと判示した。
4 大阪高裁の判決
これに対して、控訴審は、連続かつ長時間労働の発生の原因について、「控訴人の積極的な選択の結果生じたものであることは否定できない」と認定したものの、「157日という長期間にわたって休日がない状態で、しかも深夜早朝の時間帯に単独での勤務をするという心理的負荷のある勤務を含む長時間勤務が継続しており、被控訴人大器CCは、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人ENEOSとの労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていたというべきである。しかるに、被控訴人大器CCは、2014年3月末頃には控訴人は訴外東洋石油との兼業をしている事実を把握したにもかかわらず、兼業の解消を求めることはあったものの、控訴人の訴外東洋石油における就労状況を具体的に把握することなく、同年7月2日に至るまで上記のような長時間の連続勤務をする状態を解消しなかったのであるから、控訴人に対する安全配慮義務違反があったと認められる。」と判示し、被控訴人大器CC単独の損害賠償責任を肯定した(もっとも、控訴審は、控訴人が積極的に兼業を継続していたこと等を認定し、4割もの過失相殺を行っている。)。
一方、訴外東洋石油(被控訴人ENEOS)単独の安全配慮義務違反の有無については、訴外東洋石油が他社における控訴人の労働日数及び労働時間数を認識していたとは認められない等として、否定した。
そのほか、上司らのパワーハラスメントの違法性、被控訴人らの共同不法行為の成立の可否、雇止めの無効性についても、地裁判決と同じく否定した。
5 高裁判決の意義
本件は、複数の企業の下で就労していた労働者が長時間労働やパワーハラスメントにより精神疾患を発症し、さらには療養中に雇止めされた事案であったことから、兼業に伴う長時間労働等により精神疾患となった労働者に対する企業の責任を問う訴訟であった。
今回の高裁判決の内容は、多くの点で不服があるものの、長時間労働が発生している事案について、使用者が労働者の業務を軽減する措置を取るべき義務(長時間労働や連続勤務をする状態を解消させる等)に違反した場合には、使用者が損害賠償責任を負うことになるということを明確にしたという点で、非常に大きな意義がある。
今回の高裁判決が、今後の兼業・副業を行う労働者の生命身体の安全、権利保障につながることを大いに期待する(高裁判決は、全当事者が上訴していないため、既に確定している。)。
(弁護団は、岩城穣、冨田真平、稗田隆史の3名)