弁護士 河 村 学
1 はじめに
本件は、派遣労働者が、その雇用主である派遣元会社(株式会社リクルートスタッフィング)に対して、旧労働契約法20条を根拠に、同社の正社員に対しては支払われている通勤交通費について、派遣労働者に支給しないのは不合理な相違にあたるとして、通勤交通費相当額の損害賠償を請求した事案である(なお、労働者が就労していた事業所のうち一社とは雇用主が業務委託契約を締結していた)。
本件につき、2022年3月15日、大阪高裁は、大阪地裁に引き続き、労働者の請求を棄却した(裁判官は、山田明、川端公美、柴田義人)。
その理由は大阪地裁判決(裁判官は、中山誠一、上田賀代、大和隆之)とは全く違っており、裁判官の混迷ぶりが顕わになっている。
2 派遣労働者の通勤手当と旧労契法20条
(1) 前提として、有期契約で働く派遣労働者にも旧労契法20条の適用があることは、労契法20条の立法過程でも前提とされ、文言からも明らかとされてきた。また行政の解釈もこれを前提としてきた。被告は、派遣労働者には旧労契法20条の適用はないとの主張を行っていたが、本件判決がこれを認めなかったことは当然のことである。
特に、厚生労働省は、通勤手当や食堂の利用、安全管理など、従業員であれば平等に受けるべき労働条件に関しては、「特段の事情がない限り合理的とは認められない」と解釈していた。
(2) また、通勤手当については、ハマキョウレックス事件最高裁判決(最二小判平 30・6・1労判1179号20頁)が、当該事案について一定の解釈を既に行っていた。
すなわち、通勤手当は「通勤に要する費用を補填する趣旨で支給されるものであるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。」とし、かつ、両者の間に職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは「通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない。」として、有期契約労働者との相違を不合理と判断していた。
(3) 第1審判決及び本件判決は、これらの解釈をいかに歪めたか。
3 本件判決の内容と批判
(1) 第1審判決は、おおまかにいうと、被告が支給している通勤交通費は「通勤に要する費用を補填する趣旨」で支給されているものであるが、その支給の実情からみると、被告が配転命令権を有する者と、遠隔地や労働負荷が高いなど求人に困難を来す労働を行う有期契約派遣労働者に支給されていたので、これらの趣旨で支給されていたとした。
最高裁が判断した通勤交通費の趣旨を無視できないから、その趣旨はあるけれども実情からみた「趣旨」があるとし、その「趣旨」からみれば原告が支給対象にならないのは不合理でないとしたものである。
この判断がいかにおかしいかは前回の民法協ニュース(2021年5月号)で指摘したとおりであり、本件判決もこの判断を否定した。ただ、否定した理由はそのような「実情」はなく、そのような趣旨で支給が決定された事実はないというものであり、旧労契法20条の解釈に関する根本的な批判はなかった。
(2) その上で、本件判決は、概略、①派遣労働者は仕事を自由に選択している、②派遣会社は通勤交通費も含めて時給を決定している、という理由で通勤手当を支給しないことも不合理でないとした。
すなわち、①派遣労働者(業務請負で働く労働者も含む)は、通勤手当が支給される仕事と支給されない仕事を自らの判断で選択しているから、後から支給されないのは不合理というのはおかしいとし、②派遣会社は、通勤手当が支給されるかどうかによって時給を決めている(支給されない場合は時給は高い)から不合理というのはおかしいと判断したのである。
大阪高裁がよくもこんな判断をしたものである。
(3) 労働者は誰しも仕事を選ぶのであり、しかもトータルな労働条件を比較して仕事を選ぶものである。また、使用者は誰しもトータルな人件費を考慮しつつ、人材確保のため魅力ある労働条件に見えるように個々の労働条件(例えば手当を支給するか否かなど)を設定するのである。それは直用有期労働者であろうと派遣労働者であろうと違いはなく、一般の事業を持つ使用者であろうと、派遣事業を営む使用者であろうと同じである。
本件判決のような論理が通るのであれば、およそ旧労契法20条により不合理とされる場面が存在しなくなってしまうであろう。どうしてこれが最高裁判決に反しないのであろうか。
(4) おそらく大阪高裁の裁判官の頭には、派遣労働者(業務請負労働者も含む)は、自らが希望して、自由に仕事を渡り歩く(渡り歩ける)特殊な働き方という発想があり、求人・求職をめぐる競争の中で公正妥当な労働条件が獲得できているというような発想があるように思われる。
しかし、これは全くのフィクションであり、裁判官が派遣労働者の置かれた状況を理解しようともせず、旧労契法20条が立法された経緯・趣旨さえ理解しようとしていないことを示している。
裁判所は、旧労契法20条が立法されるまでは、有期雇用労働者について「正社員と異なる賃金体系によって雇用することは、正社員と同様の労働を求める場合であっても、契約の自由の範疇であり、何ら違法ではない」(日本逓送郵便事件・大阪地判平 14・5・22労判830号22頁)などとして、一貫して労働者の均等待遇を求める声に極めて冷淡であった。しかし現在は、あの最高裁でさえ「有期契約労働者の公正な処遇を図る」と言わざるを得なくなっている。
本件判決は、戦後一貫して非正規労働者の処遇に対し冷淡で、これら労働者からの公正処遇を求める訴えを悉く切り捨て、社会の進歩を押しとどめる役割を果たしてきた裁判官の発想の残滓ともいえるもので、一掃されなければならない(最高裁に上告中)。
(弁護団は、中島光孝、河村学、櫻井聡)