弁護士 河村 学
1 はじめに
本件は、派遣労働者が、その雇用主である派遣元会社(株式会社リクルートスタッフィング)に対して、旧労働契約法20条を根拠に、同社の正社員に対しては支払われている通勤交通費について、派遣労働者に支給しないのは不合理な相違にあたるとして、通勤交通費相当額の損害賠償を請求した事案である(なお、労働者が就労していた事業所のうち一社とは雇用主が業務委託契約を締結していたため、全てについて正確な表記ではないが、本稿では便宜上、全て「派遣」として記述する)。
本件につき、2021年2月25日、大阪地裁は、労働者の請求を棄却した(裁判官は、中山誠一、上田賀代、大和隆之)。なお、事案の詳細については『民主法律』311号35頁で報告している。
2 前提として
通勤手当については、既にハマキョウレックス事件最高裁判決(最二小判平 30.6.1労判1179号20頁)が既に、通勤手当は「通勤に要する費用を補填する趣旨で支給されるものであるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。」とし、また、両者の間に職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは「通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない。」として、有期契約労働者との相違を不合理と判断している。
また、労働契約法立法時も、その後の厚生労働省の通知においても、派遣元の無期契約労働者と有期契約派遣労働者との間に労契法 条が適用されることは当然のこととして説明されており、かつ、厚生労働省は、通勤手当については、「特段の事情がない限り合理的とは認められない」と解釈している。
3 大阪地裁判決の内容と批判
(1) 上記の前提を素直に受け入れれば、本件通勤交通費支給の相違は不合理ということになる。しかし大阪地裁裁判官はそうはしなかった。 本判決は、おおまかにいうと、被告が支給している通勤交通費は「通勤に要する費用を補填する趣旨」で支給されているものであるが、その支給の実情をみると、被告が配転命令権を有する者と、遠隔地や労働負荷が高いなど求人に困難を来す労働を行う有期契約派遣労働者に支給されていた。
そうすると、それ以外の有期契約派遣労働者に支給しないのは不合理でないというものである。
(2) しかし、この説明は、実情がそうだから実情に合わない支給をしないことは不合理でないと言っているに等しい。有期契約労働者については「合理的な労働条件の決定が行われにくく、両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図る」(前掲最判)として設けられた旧労契法20条は、この判断の下では死んでしまうことになる。
なお、この「実情」というもの自身裁判官の全くの創作(被告主張から発案した創作)であり、実際の通勤手当の支給要件、通勤手当支給の歴史的経緯、労働者への説明等と異なるものである。
(3) 本判決は、最高裁判決と異なるではないかとの主張について、直接雇用と間接雇用では事案が異なると回答している。何が異なるのかの理由は示されていないが、判決文から読み込めるのは、派遣労働者は自由に仕事(労働条件)を選んでいるという現状認識である。つまり、派遣労働者は通勤交通費が支給される仕事かそうでない仕事か選んでいるのだから、支給されないといって後から不合理と争うのはおかしいという認識である。
この認識は、実際の派遣労働者が置かれた現実からほど遠いものであり、また、派遣労働者には「公正な処遇」が行われていることが前提とされている点で根本的に誤っている。
なお、本判決では、仕事を選んでいるから旧労契法20条の適用がなくなるのであれば派遣労働者に同条が適用される場面がなくなってしまうとの主張については、「労働契約を締結するか否かを決することと労働契約を締結する際に通勤交通費込みの契約と込みでない契約を選択することは別」と反論したり、別のところでは「通勤手当を含めて総額制にし、別途通勤手当を支給しないこと自体を禁ずる法律は存しない」などと反論している。
にわかに理解し難い判断であるが、被告が「派遣労働者には通勤交通費は支給しない」と明示的に説明している事実に真っ向から反する判断である。
4 控訴審では、本判決の誤りを正していきたい。
(弁護団は、河村学、櫻井聡。控訴審から中島光孝弁護士にも加わっていただく)