弁護士 村田 浩治
1 提訴の経緯
2020年2月3日付で大阪府労委が団体交渉拒否は不当労働行為であるとしたABCラジオスタッフユニオン事件は、現在、中労委で再審査の調査が進行している。
大阪府労委は、雑誌「労働判例」でも中労委雑誌でも紹介され注目されている。府労委命令は、派遣元会社が朝日放送グループホールディングス株式会社(以下、「朝日放送」という)の示唆の元で設立され、朝日放送が派遣制度の枠組みを超えて、派遣労働者一人一人を特定(採用)し、経験や能力の査定による派遣料金の決定等に関与し代金の決定賃金決定をしていたとして、派遣契約の解除により労働者の地位を失う結果についても、労働契約上の使用者と同視できる程度に現実的具体的に決定していた者であるとして「労働組合法上の使用者」であり団体交渉拒否が不当労働行為であると判断した。
これに対し、中央労働委員会に再審査を申し立てた朝日放送は、中労委からの和解の打診に真摯な対応をしない。本件が労働者派遣契約解除の形をとった解雇事件であるにも関わらず、和解においてそうした自覚がないことが明らかとなった。府労委の認定を踏まえれば、朝日放送が労働契約上も使用者であると考え、10月9日、大阪地方裁判所に提訴した。
2 黙示の労働契約関係の判例の死滅状態
本来労働契約は直接雇用が原則であり、労働者を指揮命令してその労務の提供の対価を支払うものが使用者である。労務提供を受けていないものが形式上「雇用者」であるという詭弁を弄し、労務で利益を上げている者が雇用責任を免れることがあってはならない。これを防止するため労働基準法6条及び職業安定法44条が定められた。
「黙示の労働契約」論は、こうした形式的な雇用責任回避を許さず、客観的な事実に基づいて指揮命令者と労務提供関係、賃金支払い関係がある者に労働契約上の使用者としての責任を負わせる法理である。
ところが、労働実態に応じて判断する黙示の労働契約論は、雇用関係が当初から分離している労働者派遣制度が出来たため、例外的に指揮命令者である派遣先が雇用主でないことが直ちに違法とならない。1985年に労働者派遣制度が成立し、雇用と指揮命令と労務提供関係が崩れる労働関係が登場した結果、黙示の労働契約は偽装請負関係も含め、ことごとく排斥される状態となっている。
違法派遣の場合も、派遣元と労働者の雇用関係が無効であるとして黙示の労働契約を認定した松下PDP大阪高裁判決(2008年4月25日)を最高裁(2009年12月18日)が覆した。偽装請負もまた違法派遣であるから派遣元事業者と労働者の雇用関係は有効である。最高裁は、派遣労働者の「派遣元との雇用は保護」されるべきだから、「特段の事情の無い限り」派遣元と労働者の雇用は有効とした。最高裁判決以後、派遣関係では雇用契約関係を否定する判決が蔓延し、黙示の労働契約論は死滅したかのようであった。
3 本件の特徴
本件は、敗訴が続く三面関係における就労先の使用者性が論点である。本件は、派遣元とされる合同会社DHは朝日放送の示唆によって設立され、その実態は5人の労働者のために、一人の労働者の配偶者が代表者として登記された形骸的な法人であり、大阪府労委も「派遣制度の枠を越えて」朝日放送が、労働者の特定(面接)採用、賃金の査定、料金の支払い、指揮命令を行っていたことが認定されている。大阪府労委が労働組合法上の使用者として認定した事実は、朝日放送が労働契約上の使用者でもあることも示している。
本件は三面関係ではなく朝日放送とニュースのリライターであるスタッフとの二面関係である。こうした実態に即して、法人格否認の法理(形骸化し濫用された合同会社DHという法人の否定)による労働者と朝日放送の契約関係の成立、さらに松下PDP最高裁判決が示した派遣元との雇用契約を無効と判断できる「特段の事情がある」との主張を行っている。派遣元との雇用契約が無効であれば、指揮命令関係、労務提供関係による労働契約成立を認めることは容易となるはずである。
大阪府労委の認定した事実を元に、松下PDP事件を乗り越える労働契約上の地位確認を求める訴訟は大きな可能性を秘めている。提訴した5名の原告に支援をお願いする。
(弁護団は、村田浩治、河村学、加苅匠)