弁護士 河村 学
1 はじめに
2020年10月15日、日本郵政の期間雇用社員が起こした旧労契法20条裁判に関し、最高裁第一小法廷は、夏期冬期休暇、年末年始勤務手当、病気休暇、年始期間の勤務に対する祝日給、扶養手当、住宅手当につき、正社員と期間雇用社員との労働条件の相違を不合理とする判断をした(3つの事件に対する3つの判決があり、中には高裁段階で不合理とされた判断が上告不受理により確定したものもあるが、本稿ではすべて最高裁の判断とする)。この判断は、同条をめぐる他の最高裁判決(ハマキョウレックス事件(最二小判平30・6・1労判1179号20頁)、長澤運輸事件(最二小判平 30・6・1労判1179号34頁)、大阪医科薬科大学事件(最三小判令2・10・13判例集未登載)、メトロコマース事件(最三小判令2・10・13判例集未登載))の判断と併せ、戦後から繰り広げられてきた雇用区分による差別とのたたかいに関し、歴史的な画期をなすものである。
2 判断の内容
最高裁の判断は、簡単に言えば、①正社員に夏休み・冬休みが各3日有給で与えられているのに、期間雇用社員に与えられないのは不合理である。②年末年始の繁忙期(郵便事業だから一般の労働者が休んでいるときも働かなければならない)に正社員には特別な手当(年末年始手当、祝日給)が支給されるのに期間雇用社員に支給されないのはおかしい。③正社員には生活保障給(扶養手当、住宅手当)が支給され、病気になったときも有給で休むことができる(病気休暇)のに、期間雇用社員を別異に取り扱うのはおかしい、というものである。誰もが納得のいく、常識的な結論である。
日本郵政はこれらの相違について、正社員に長期雇用のインセンティブを与えるための手当、簡単にいえば、正社員に特別な処遇をすることで長く働いてもらうための手当だから、その必要のない期間雇用社員に支給しなくても不合理でないなどと主張していたが、そんな言い訳が通らないことを最高裁は明確に示したといえる(この言い訳は、正社員だから期間雇用社員と差別しても違法でないと言っているに等しく、この言い訳が通るなら、旧労契法20条は無いも同然になってしまうので、最高裁の判断はこの点でも常識的である)。
ただ、最高裁は、扶養手当、病気休暇に関しては、本件の期間雇用社員が「相応に継続的な勤務が見込まれる」者だから不合理になるのだという限定を付した。有期雇用ではあるが更新継続されることが見込まれるような労働者の場合にはこれらの手当は正社員と同様に支給されるべきと判断したのである(住宅手当については高裁が不合理と認めたものを最高裁が上告不受理にしているので、この限定が付くのかどうかは判らない。また、他の事件では、住宅手当は転勤可能性の有無に違いがある場合には非正規に支給しなくても不合理ではないと判断されている)。
3 判決の意義
不合理性を認めた最高裁の判断はきわめて常識的なものであるが、その判断がなぜ歴史的な画期になる重要性・重大性を有しているのか。それは、第1に、一連の最高裁判決は、長年にわたる非正規労働者や労働運動の主張、「非正規には不公正な処遇が行われている」「(正社員に比べ)不当な低処遇で働かされている」という主張を、最高裁という司法権力が戦後はじめて公式に認めたという意義を有しているからである。有期雇用に対する「不公正な処遇」が現に行われており、是正されなければならないものであることは、もはや公的事実・社会的な規範となった。
第2に、その不公正な処遇が広範かつ金額的にも巨額になることを社会に知らしめるとともに、実質的にその是正を図るという成果を得たという意義を有しているからである。たった5つの事件だけでも、不合理と認められた労働条件は広範なものであり、かつ、認められた損害賠償の額は多額に及ぶ。詳細は書けないが、1人の非正規労働者に対して月数万円の賠償が認められたり、年数日の特別有給休暇が認められたりしているのである(実質的な賃上げ・労働条件改善)。これは非正規の格差是正のたたかいにとってかつてない大規模なものである。非正規労働者が被っている著しい不公正処遇が具体的に可視化され、その是正が図られたのである。
第3に、有期雇用労働者に対する「不公正な処遇」の救済を裁判所が行うとした意義があるからである。司法権力は、戦後一貫して雇用区分による差別を違法と認めず、どのような差別があろうともそれは「契約自由の範疇」であるとして頑なに労働者の救済を拒否してきたが、これを違法として救済することとされたのである。今後、格差是正をめぐる運動の中で、裁判を提起するというのは一つの有効な選択肢となるし、またそういう選択肢があるということは使用者との団体交渉等においても有利な条件となる。本年4月1日から施行されている(中小事業主については来年4月1日から)パート・有期法に規定された説明義務等を駆使すれば、より広範にかつ勢いをもって格差是正を推し進める条件が広がったといえる。
この画期が生じたのは、決して司法権力に善意が生まれたわけでも、過去の過ちに気づいたわけでもない(むしろ、最高裁は、別事件では賞与・退職金の相違について不合理でないとの判断を行っており、格差是正に否定的な姿勢自体は変わっていない)。画期が生じたのは、かつての格差是正をめぐるたたかいの中で旧労契法20条を成立させたこと、かつ、今回の5事件の原告らのような同条を生かした先進的な取り組みがあったこと、これらの運動が、司法権力をして、このような判断をせざるを得ない状況に追い込んだからである。
次につづく大規模な運動と裁判が必要が必要であり、既に日本郵政の期間雇用社員が154人の原告団で集団訴訟を提訴するなどその取り組みは始まっている。
(弁護団は、森博行、斉藤真行、中島光孝、河村学、楠晋一、髙木佐知子、上田豊、小谷成美、西川大史)