民主法律時報

福住コンクリート工業事件・大阪高裁判決―濫用的会社分割による労働組合潰しについて元代表者の責任に加え関与した司法書士の責任 を認める

弁護士 谷  真介

1 事案の概要

本件は、会社分割制度を濫用した新しい形の偽装事業閉鎖・解雇の事案である。
福住コンクリート工業株式会社(以下「旧福住」という)は、生コンの製造・運搬を業とする会社で、代表取締役を務めるN氏一家の同族企業であった。その運搬部門につとめる運転手5名が建交労関西支部の組合員であった。

平成21年6月、旧福住は組合に対し、減給や解雇等を含む重大な合理化提案を行った。これに対し、組合は徹底して団体交渉を求め、不誠実団交で大阪府労委に救済申立を行う事態にまで発展した。すると、かかる救済申立手続き中の平成22年12月、旧福住は、突如組合員らに対し、同社の代表取締役をN氏から第三者に変更した旨と、組合事務所の変更を通知してきた。組合が旧福住の商業登記を調べると、同年11月に旧福住は、資本金わずか10万円で宝永産業株式会社(以下「宝永」という)なる新会社を新設する形で新福住と宝永という二つの会社に会社分割(新設分割)をしていたことが判明した(旧福住は、製造部門を宝永に引き継がせ、組合員はすべて運送部門として新福住に残した)。

その後、組合は新福住や宝永に団交を求めたが、両者ともにこれを拒否する事態となった。するとさらに、会社分割からわずか4か月後に、組合員のみを残した新福住が突如事業を閉鎖し、組合員ら全員を事実上解雇した。直後にN氏は暴力団風の人物を複数雇って、組合員が占有する組合事務所から実力で排除しようとする異常な状態となった。

組合は大阪府労委に新福住と宝永を相手方として救済申立を行い、さらに裁判所に対しても、組合員ら5名(後に1名脱退して4名)が法人格否認により両社に対する地位確認、また組合員らと組合がN氏や会社分割登記を行った司法書士らに対する共同不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提訴した。

なお、審理の途中で、新福住だけでなく結局宝永も事業を閉鎖することなり、両社に対する地位確認請求や賃金請求は意味がなくなったため、事案を整理する意味で和解することとなった(実質的には意味なし)。その後の裁判での焦点は、N氏と司法書士の個人責任が認められるかどうかという点に絞られたが、さらにその後N氏が自己破産を申立てたため、組合員らが救済されるには司法書士の責任が認められることが必須という状況になった。

2 会社分割制度の問題点

会社分割制度は、平成12年の商法改正で設けられた比較的新しい事業再編制度である。分割会社の事業の一部を承継会社に承継させ、その対価として承継会社(新設会社または吸収会社)が発行した株式の引き当てを分割会社が受けるのが一般である。会社分割の手続は比較的簡便で、株式の引き当てを受けるだけで、承継会社が事業譲渡の対価を現実的に拠出せずとも良いため、本来の用途である分社化というよりも、簡便に事業譲渡ができる手段として、広く利用されている。

会社法上、会社分割に伴って会社債権者が分割会社から承継会社に免責的に承継される場合には債権者保護手続き整備されている。分割会社から承継会社に承継される労働者・労働組合に対しても、使用者が替わることになるため、同じく平成12年に成立した労働契約承継法において、詳細な保護手続きが定められている。しかし、分割会社に残される債権者や労働者には、上記のような保護手続きは存在しなかった。これは、建前上、分割会社は承継会社の発行した株式の引き当てを受けるため、帳簿上の分割会社の資産にマイナスはないからである。しかし、ここに制度上の抜け穴(欠陥)があり、分割会社が事業を譲渡する代わりに承継会社の株式の引き当てを受けたとしても、承継会社が閉鎖会社(株式の譲渡に取締役会等の承認を必要とする会社)で株式が流通しえない場合や、全く形だけの新設会社の場合には、実際には承継会社の株式に何の価値もない。そのため、非採算部門のみを分割会社に残して採算部門を承継会社に承継させた場合であっても、分割会社に残された債権者や労働者には何らの手続き上の保護も受けないまま、自らの会社が非採算部門のみになることを甘受しなければならなくなるという重大な問題が生じる。この抜け穴を濫用して、非採算部門のみを分割会社に残し、採算部門のみを譲渡した承継会社だけ生き残らせ、分割会社(非採算部門)に残した会社債権者・労働者が路頭に迷うという、濫用的・詐害的な会社分割が横行していた。このような法制度上の欠陥を見直すべく、平成26年6月27日に会社法が一部改正され(平成27年5月1日施行)、残存債権者を詐害する濫用的会社分割の場合には、残存債権者は承継会社に対しても直接請求ができる制度が新設された。

本件はこのような会社分割制度の法制度上の欠陥を利用して労働組合潰しを行った不当労働行為事案であり、従来あった佐野南海・第一交通事件のような偽装解散・解雇が会社分割制度を悪用して行われたものである。

3 N氏の責任のみを認めた地裁判決と指南・関与した司法書士の責任まで認めた高裁判決

平成27年3月31日の大阪地裁判決(中嶌崇裁判官)は、N氏が会社分割を悪用して組合を壊滅させようとしたことを認定し、組合員4名及び組合に対する合計約1000万円の損害賠償請求を認容した。しかし、関与した司法書士に対する請求は、N氏の意図を認識していたとはいえず、また容易に認識し得たともいえないとして棄却した。N氏も司法書士も会社分割の悪用の事実を全面的に否定・証言していたため、N氏の責任を認めさせるのが精一杯、という内容の判決であった。

これに対し、N氏はすでに破産していたため(配当は雀の涙ほどであった)控訴しなかったが、組合及び組合員らはこれでは実質的な救済にならないとして控訴。高裁では、組合側は司法書士に少なくとも過失責任が認められるべきだという主張(司法書士には専門家として高度の注意義務が課されており、労働者の権利を違法に侵害する疑いがある場合には、会社分割登記を依頼されてもこれを拒否して関与を避ける義務があった)を強調し展開した。

平成27年12月11日の大阪高裁判決(佐村浩之裁判長)は、司法書士が会社分割に関する豊富な経験を有していたこと、会社分割登記だけでなく会社分割による財産関係をも把握していたこと、組合との合理化に絡むトラブルが会社分割の原因であることを認識していたこと、N氏に新福住の社長を紹介したこと、組合員がすべて新福住に残ることを知っていたこと、会社分割無効の訴えの期間制限についてN氏に回答したこと等の間接事実を認定し、そこから司法書士がN氏と共謀して故意で会社分割・組合潰しを示唆したことを認定。過失どころか故意の責任(共同不法行為責任)を認め、司法書士に合計約1000万円の損害賠償を命じたのである。

4 本件の意義

本件は、会社法の分野においても制度の欠陥が指摘され分割会社に残された会社債権者からの詐害行為取消訴訟が頻発するなど問題の多い会社分割制度を利用し、分割会社に組合員を残して分割会社のみ事業閉鎖をし組合員を解雇して組合を壊滅させることにより、従来なされていた偽装閉鎖・解雇と同様の目的を達成する新手の手法に対して、首謀した元代表者N氏の不法行為責任に加えて、これに指南・関与した司法書士の責任まで認められた判決であり、先例的にも意義がある。会社分割制度の問題点について、労働者保護の側面からも警鐘をならすものであり、平成27年5月1日に改正施行された改正会社法でもその点の配慮はなされておらず、この事件をきっかけに立法的解決が必要である。

(弁護団は、徳井義幸、谷真介、喜田崇之)

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