弁護士 名 波 大 樹
1 吹田市の万博公園の一角に、1984年5月に大阪府立国際児童文学館が開館したが、橋下徹前大阪府知事の判断で2009年12月末に閉館され、同館の保管資料は全て大阪府立中央図書館に移送された。
この児童文学館の閉鎖に反対する裁判を、同館に資料を寄贈した29名の方が原告となり、2009年3月と同年12月の2陣に分けて提訴した。この裁判は、2011年8月26日に大阪地裁で原告敗訴となり、大阪高裁でも2013年9月5日に控訴棄却となった。
この裁判提起の中心となり、原告団長でもあった鳥越信先生は一審途中に倒れられ、控訴審の審理中であった2013年2月14日に残念ながら死去された。
2 児童文学館は、当時早大教授で著名な児童文学研究者でもあった鳥越先生が、長年かけて集め、自宅で保存してられた12万5107点もの児童文学関係の資料を、大阪府に一括寄贈されたことから設立された。寄贈された資料の中には、他では保存されていない古い貴重な資料から、子供向けの雑誌、漫画なども含まれており、鳥越コレクションとして有名で、鳥越先生の自宅には、資料の閲覧を求めて児童文学研究者、学生、出版関係者などの来訪も多く、鳥越先生は鳥越コレクションが公的な施設で保管・管理され、広く公開されて児童文学、児童文化の発展に役立つことを意図され、コレクションの一括受入れを呼びかける文書(鳥越アピール)を公共団体や大学宛に送られた。
このアピールに対しては多くの応募があり、その中で鳥越先生の求める条件を受容れ、そして誘致を強く望んだ大阪府に寄贈されることとなった。
大阪府は万博公園の一角に、書庫、閲覧室は勿論、講堂、会議室、研究室なども備えた児童文学館を建築し、鳥越コレクションを受け入れた。
同館の開館当初には児童文学研究者8名が正職員の専門員として採用され、鳥越先生も早大教授の職を辞して大阪に転居し、専門員の一人となられた。
3 開館後の児童文学館は、図書館とは異なる機能を果たしてきた。
その1つが博物館的な機能であり、出版物を文化財としてそのままの状態で後世に残すために、箱、帯などもつけたまま、また書物にラベルを貼ったり、刻印を押したりはせずに保管されてきた。
研究・研修機関的機能は同館の非常に重要な機能であり、専門員はこの機能を果たすための中核となり、また研究室、会議室、講堂などはその機能を果たすために活用され、また書籍は研究活動に便利なように出版された年代順に整理をされていた。
児童文学館の存在とその活動、その成果は国内は勿論、国際的にもユニークで貴重なものとして高く評価され、同館を利用し、またその活動にかかわった多くの人達や出版社から次々と資料の寄贈が続き、閉館時の在庫資料約 万点のうち約 万点は寄贈品であった。
裁判の原告となったのは、研究、創作、読書活動などで同館の活動にかかわった人達であり、同館の活動に役立つことを意図して書物などを寄贈されたのである。
4 橋下徹前知事は、2008年3月に大阪国際児童文学館を視察した。この時に同館の職員が白手袋をして在庫資料である60年前に肉筆で描かれた紙芝居を運んできて橋下知事に見せたところ、同知事は「これは僕の価値観に合わない。直接府民が手を触れて楽しむものでなければならない」との感想を述べている。
また同館の資料を図書館に移す理由を「貴重な資料を直接子ども達に見せてやりたい」とも言っている。
これは、上記のような研究機関としての児童文学館の役割を完全に誤解したものである。
5 このような事態に直面して、私共は鳥越先生から法的な手続をとれないか、との相談を受けた。同館の閉館は、大阪府議会で児童文学館条例廃止の議決をする手順が踏まれており、同館の廃止そのものを阻止する裁判は極めて困難と考え、寄贈者が原告として夫々の寄贈物の返還を請求するとの裁判にした。請求の原因は
① 寄贈契約において寄贈品が同館で永く保存され、同館の前記の機能を果たすために活用するとの合意が成立していた、あるいはこのような条件が付されていた(負担付贈与契約もしくは条件付贈与契約)のだから大阪府の今回の処置は契約違反あるいは解除条件が成就したことになり、寄贈物の返還を求める。
② 大阪府は条件や制約を一切受けることなく寄贈を受けたと主張しており、そうすると寄贈契約における原告らの認識と大阪府の認識には契約締結当時から大きな差異があり、この差は重大であって要素の錯誤に該当し寄贈契約は無効である。
③ 同館は児童文学、児童文化そして子ども達の成長のために大変重要な施設であり重要な機能を果たしていたので、原告らはその機能を果たすのに役立てるために同館に寄贈したのに、廃館を回避するための検討もせずに、前記の如き理由で廃館とし、全く機能の異なる図書館に移してしまうのは寄贈者に対する重大な背信行為であり、信義則に反し、原告らには寄贈の撤回と返還請求が認められるべきである。
④ 2009年1月に鳥越先生等の寄贈者が橋下知事と面談をした際に、同知事は「保存、研究が目的なら大学でやるべきで、より多くの子どもに利用してもらうために中央図書館への移転が必要であるが、寄贈者の思いと違うというのであれば、資料は返却する」と表明しており、原告らは寄贈物の返還請求をしており、返還の合意が成立した。
の4項目を主張している。
6 大阪地裁や大阪高裁の判決では「寄贈文書や受領書に負担や条件についての記載がない」、「児童文学館の設立趣意書や同館設立の基本構想に負担ないし条件についての記載はない」などの形式的理由で、寄贈契約に負担や条件がつけられていたとは認定できないとし、また閉館は、契約締結後に生じた事象にすぎず錯誤は認められない、原告らに対する背信行為も認められない、として請求棄却となった。
私共は橋下前知事(現大阪市長)らを証人採用するよう求めていたが、大阪高裁でも採用されなかった。
7 この裁判を通じて同館の廃館問題が多くの人達に理解され、その存続を求める世論を広げ強めることに役立てばとの思いもあってこの裁判に取り組んでいるが、まだまだ世論の支持は不十分である。
皆様からも助言、協力、支援をいただければと思っている。
(弁護団は、細見茂、辻公雄、岡林絵里子、薛史愛、名波大樹)