民主法律時報

北港観光バス事件――会社の不当な嫌がらせを断罪

弁護士 西 川 大 史

1 はじめに

 北港観光バス㈱には、建交労の組合員4名が在籍しているところ、会社は、分会長に対して雇止め、副分会長に対して配車差別、書記長に対して休職期間満了を理由とする自然退職扱い、分会員に対して懲戒、配転など不当な攻撃をおこなった。そのため、組合員らは、大阪地裁に個別労働事件計5件を提訴していた。これに対して、大阪地裁は、2012年1月18日、副分会長に対する配車差別を除く4件について判決を言い渡し、会社の不当な嫌がらせを断罪した。

2 分会長喜多に対する雇止め

(1) 当時68歳だった分会長の喜多は計13回の雇用契約が更新されてきた。会社では、60歳定年制を採用していたが、それ以降も、継続雇用制度により、従業員からの希望があれば、少なくとも70歳までは継続して雇用されることが慣行になっていた。ところが、会社は、喜多に対して、2010年8月に「継続雇用制度の期間を大幅に超えていること、及び、体力的にも勤務継続可能でないと会社が判断したため。」との理由で、喜多に雇止めを通知した。
 しかし、会社では、喜多を雇止めするにあたり、医師の診断や検査を実施したこともなく、喜多自身も健康面及び体力面において勤務継続することに何ら問題はなかった。また、会社は、雇止め時に、当時68歳以上の他の従業員4名に対しても雇止めを通知したが、会社は喜多以外の継続雇用を希望する者に対しては、雇止めを撤回し、再び雇用を継続した。
 そのため、喜多は、雇止めが無効であるとして、2010年12月10日、地位確認等を求めて提訴した。

(2) 大阪地裁の田中邦治裁判官は、まず、会社には高齢の運転手が多く在籍していることや、会社役員が、喜多の入社時に「  歳までは頑張ってもらう」と発言していたことなどから、  歳までの継続雇用が慣行として存在していたことを認めた。
 そのうえで、雇止めの有効性について、会社には高齢者の雇用を終了させる方針などないと判断するとともに、会社は雇止め時に喜多の健康状態を考慮していたとはいえないことや、喜多が体力健康面で業務に耐えられないという事情もないとして、喜多に対する雇止めは合理的理由がなく無効と判断した。
 本判決は、  歳までの雇用継続に対する期待を認めるとともに、会社の不合理な雇止め理由をすべて排斥して、雇止めを無効と判断しており、非常に画期的な判決である。

3 書記長安田に対する自然退職扱い

(1) 書記長の安田は、2010年9月2日、通勤途中に交通事故被害に遭い、全治6週間の見込みを要する右小指中手骨開放骨折等を負った。安田は、事故翌日から会社を欠勤したところ、会社は、安田に対して休職を命じることもなく、「ゆっくり治るまで休んでもらって良い」と述べたため、安田は治療に専念していた。
 そして、安田が2010年12月29日に職場復帰の申し出をしたところ、会社は、診断書を提出するよう命じたため、安田は総合病院で精密検査を受けた上で診断書を作成してもらうことにし、その旨を会社に伝え、会社も了承していた。ところが、2011年2月2日、安田が精密検査日を会社に連絡したところ、会社は、安田に対して、休職期間が満了しており、復帰の見込みがないため退職になった旨を通告してきた。
 しかし、安田は、休職命令を受けておらず、また、2月2日時点で就労は可能であっため、地位確認等を求めて提訴した。

(2) 大阪地裁の田中邦治裁判官は、会社から安田に対する明示の休職命令がなかったと認定するとともに、仮に、会社が主張するような黙示の休職命令があったとしても、命令日が特定できず、2011年2月2日に休職期間が満了したと認める証拠はないとした。加えて、裁判所は、安田が2011年2月2日に就労可能だったとも判断した。
 休職命令がなかった以上、自然退職扱いが無効であることは当然ではあるが、会社側の不合理な主張をすべて排斥した大勝利判決なのではないか。

4 分会員田中の残業代請求事件・地位確認等請求事件

(1) バスの整備係であった田中は、早朝深夜もバスの整備に従事するとともに、緊急の整備に備えて手待ち待機するなどしていたにもかかわらず、会社では残業代が一切支払われていなかった。そこで、田中は建交労に加入し、2010年11月2日、未払い残業代の支払いを求めて提訴した。
 すると、会社は、田中が残業代請求訴訟を提起したことに対する報復として、田中に対して、「バスを触るな」、「愛社精神が足りない」などと罵倒して、田中を従前のバス整備業務から外し、一切の仕事をさせなかった。その直後、田中は、有給休暇を取得したところ、会社は、休暇届の手続に不備があるとして、15日間の出勤停止処分を言い渡した。その後、会社は、突然、田中に対して配転を命じ、一日中、日報の書き写しをするという業務を命じた。田中は、頚椎に障害があり、日報の書き写しという細かいデスクワークはできないと抗議したが、会社は田中の言い分を聞き入れることはなかった。田中は不慣れで過酷な業務を強いられ、しかも終日、上司らから業務を監視されたため、視力低下やうつ病を発症し、2011年3月21日、退職日付が空欄の退職届を提出してしまった。組合では、会社に対して退職届の撤回を求めたが、会社は退職届の撤回を認めることはなかった。そこで、田中は、2011年7月8日、懲戒処分の無効、配転命令の無効、及び地位確認等を求めて提訴した。

(2) 大阪地裁の峯金容子裁判官は、田中の手待ち待機時間の一部についての労働時間該当性を否定したが、請求額の約半額の残業代請求については認めた。それとともに、裁判所は、会社は所定労働時間の管理を怠ったとして判決認定の残業代金額から除斥期間に係る部分を除いた付加金の支払いを命じた。
 また、田中の退職届の撤回は一方的な解約の意思表示であり、仮に合意解約の申し入れと解しても会社の承諾があると認定して、地位確認については不当にも否定したが、田中に対する懲戒処分は相当性を欠き無効であると判断するとともに、配転命令についても業務上の必要性を欠き無効であると判断し、田中に対して慰謝料請求も一部認めた。
 田中の待機時間についての労働時間該当性を一部否定するとともに、田中の退職届の撤回を認めなかった点などは非常に遺憾であるが、付加金やその他会社からの嫌がらせを厳しく断罪した点は非常に大きい。

5 さいごに

 大阪地裁判決は、一部において不当な点はあるが、会社の不合理な主張をほぼ排斥し、会社の不当な行為を断罪した点では組合側の大勝利である。会社は、安田の判決については控訴したものの、その他の判決については控訴せず判決は確定した。
 今後は副分会長の大西の勝訴判決、安田の控訴審での再びの勝利を目指すとともに、組合員らの労働条件改善等を目指して奮闘する所存である。

(弁護団は、梅田章二、杉島幸生、原啓一郎、吉岡孝太郎各弁護士と当職である。)

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