弁護士 増 田 尚
一 本件紛争の経緯
1 15年にわたる不当労働行為
天雲産業(本店:大阪市西区)は、アンカーボルトを製造販売する会社です。同社の代表取締役は、業界団体の会長を務め、業界でも有数の業績を誇り、経営も堅調です。しかし、一方で、同族会社にありがちなワンマン経営で、場当たり的な人事や、営業利益を従業員に還元しない姿勢に対し、従業員の不満が鬱積していました。
そうした中、本件訴訟の原告である山下さんらが中心となって、1998年2月に、全大阪金属産業労働組合(現在の全日本金属情報機器労働組合大阪地本)の分会を結成し、職場の民主化を図ることとなりました。しかし、同社は、組合結成直後から、加入妨害や脱退工作を繰り返し、組合対策のため、就業規則にもない課長職を創設して、脱退者や加入の意向を示した者を昇格させるなどの不当労働行為を行い、そのために、組合員も2名になりました(うち1名が後に退職し、現在は本件原告の山下さんのみ)。
また、同社は、一時金や定期昇給をめぐる団体交渉において、経常利益の額など必要な情報の開示を拒否し、資料も提出せず、具体的な説明をすることなく、不誠実な交渉態度に終始しました。そのため、組合は、2000年9月に、これらの不当労働行為につき救済を求めて大阪地方労働委員会(現大阪府労働委員会)に申し立てました。同委員会は、2004年2月19日、不誠実な団体交渉について不当労働行為であるとして、団交応諾と謝罪文の手交を命じました。この救済命令については、その後の再審査請求、取消訴訟の1審、控訴審でも維持され、同社の不当労働行為は明確に断罪されました。にもかかわらず、同社は、売上高、経常利益等の経営指標について、第三者への開示をしないことや、違反した場合には違約金の支払を約束させる「確認書」の提出を求め、これに応じなければ、これらの経営指標を開示しないとする不誠実な対応をとり、今日に到るまで、団体交渉において、これらの経営指標を開示せず、救済命令を無視し続けています。
2 「新人事・賃金制度」導入と第1次訴訟
同社は、2005年10月に、成果主義に基づき昇格・昇級と一時金査定を行う「新人事・賃金制度」を一方的に導入し、2006年年末一時金から、同制度に基づく査定を強行しました。これにより、山下さんに対して、従来は、明確な資料の裏付けのある時期に限っても、8年・18季にわたって、各季70万円の一時金を支払ってきたのに、およそ4分の1もカットした約53万円を提示しました。山下さんは、同制度の導入に同意せず、組合の団体交渉において、同制度導入の必要性・合理性を追及するとともに、提示額の妥当性について協議を求めましたが、同社は、経常利益等の経営指標を開示することもなく、実質的な説明・回答を拒否しました。その上、同社は、一時金の支払期日になっても、組合と妥結していないことを理由に、支払をしませんでした。
山下さんは、このような支払拒否は違法であるとして、従前の支給額である各季70万円の一時金の支払を求めて、2007年7月に、大阪地裁に提訴しました。大阪地裁(菊井一夫裁判官)は、2010年4月30日の判決で、各季70万円の一時金を支払うとの労使慣行が成立するとの山下さんの主張を採用しなかったものの、提示額の限度で請求を一部認容しました。双方が控訴しましたが、大阪高裁(田中澄夫裁判長)は、2012年2月3日の判決で、1審判決と同様、山下さんの労使慣行の主張を認めず、また、労使間で支給額を妥結しない限り一時金の支払請求権は発生しないとする同社の主張についても、そのように解すべき就業規則等の根拠はないと斥け、双方の控訴を棄却しました。同判決は、同社が組合との「間の賞与についての団体交渉において、本件組合から考課査定の内容や配分方法について説明を求められたにもかかわらず、考課査定の内容や配分方法は従来どおりであり、会社の方針で明らかにできないと答え、それ以上の説明をしようとしなかった」ことからすれば、同社の「団体交渉に臨む姿勢は、本件労働組合との協議によって賞与額を決定しようとしたものではなく、第1審被告の考課査定を本件労働組合に押しつけようとしたもの」であるとして、同社の弁解が不当労働行為であると断罪しました。同社は、同判決を不服として上告・上告受理申立てをしましたが、同判決に基づき、山下さんに、2011年夏季までの各季の一時金につき提示額のとおり支払いました。
二 幼稚な金額提示拒否~第2次提訴へ
控訴審判決後の2012年夏季一時金の団体交渉が開催されましたが、同社は、突如として、「新人事・賃金制度」に基づく運用を認めないのであれば、支給額の提示もしないと言い出したのです。金額を提示すれば、その額で一時金の支払請求権が発生すると裁判所に判断されたことから、それならば、金額を提示しなければいいという稚拙な論理で、山下さんや組合に対する敵意に基づく不当労働行為というほかありません。同社は、組合から、査定は可能であり、すみやかに金額を提示し、妥結の有無にかかわらず、提示額の限度で支払期日に支給するよう求めましたが、「新人事・賃金制度」に同意しなければ金額も提示しないとの態度に頑迷に固執しました。
そのため、山下さんは、同年8月に、未支給の2011年年末一時金(金額提示済み)と合わせて仮の支払を求める仮処分を大阪地裁に申し立てました。審尋では、裁判官を介して、少なくとも、12年夏季一時金につき有額回答をして回答額を支払うよう求めましたが、これも頑強に拒否し、結局、回答済みの11年年末一時金の回答額のみを支払い、その余の申立てを取り下げる内容で和解し、あらためて、同年12月26日に、各季70万円(11年年末について差額)の一時金等の支払を求め提訴しました。
訴状では、第1順位請求として、一時金額を70万円とする労使慣行が成立しており、しからずとも、適正に査定すれば70万円を下回ることがないことから、一時金又は査定・支払義務の不完全履行による損害賠償として、第2順位請求として、一時金の査定・支払義務の懈怠による不法行為責任に基づく損害賠償として、冬季70万円の支払を請求しています。
加えて、同社の一時金不支給は、単なる査定・支払義務の懈怠というにとどまらず、山下さんと組合の弱体化をねらった不当労働行為であるとして、有形無形の損害について220万円の賠償を求めています。同社は、組合憎しのあまりに、山下さんを不当に差別して、生活に打撃を与えようとするもので、およそ一般の企業では考えがたいような無法な仕打ちであって、到底許されません。
本件訴訟においては、一時金を就業規則に定める支給期日に支払うべき義務が使用者にあるという当たり前の論理に基づき、それまでに当然に公正な査定をへて支給すべきとの判断がなされるのは当然として、同社の前近代的な反労働組合体質が明確に断罪されることが求められます。
天雲産業に業界のリーディングカンパニーにふさわしい法的・社会的責任を果たさせるため、第1次一時金訴訟の最高裁勝利の確定と、第2次訴訟の完全勝利に向けて、多大なご支援をいただきたいと存じます。
(代理人は小林保夫弁護士と当職)