弁護士 中 西 基
1 事案の概要
Aさん( 歳)は、1992年に入社した路線バスの運転手である。Aさんは、1997年に「腰椎椎間板ヘルニア」手術の後遺症で「神経因性膀胱直腸障害」の障がいが残った。神経機能の障害のため、自然に排便することができず、下剤を服用するなどして数時間をかけて強制的に排便しなければならない。
当時、会社には「勤務配慮」という制度があった。これは、心身の状況や家庭の事情等によって、通常の勤務が困難な労働者について、勤務に支障が生じないように必要な「勤務配慮」を行うという制度である。Aさんは、毎日就寝前に下剤を服用し、翌朝起床後に強制的に排便しているが、排便を完了するまでに2~3時間かかってしまうことから、①乗務シフトは毎日午後からとする、②時間外労働は避ける、③前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を最短でも12時間以上空ける、という「勤務配慮」が行われてきた。
ところが、会社は、2011年1月から「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」としてAさんに対する「勤務配慮」を打ち切った。その結果、Aさんは勤務時間に合わせた排便コントロールができなくなり、2011年1月だけで当日欠勤が3回、2月は6回、3月は8回もに及ぶことになった。
Aさんは、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判(本訴及び仮処分)を提訴した。
2 争点
身体や精神に長期的な障がいがある人への差別撤廃・社会参加促進のため、2006年の国連総会で「障害者権利条約」が採択されている(2011年3月現在の批准国は99か国であるが、日本はまだ批准していない。)。同条約では、①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型をいずれも障がい者に対する差別だとして禁止している。合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義される。
Aさんの勤務シフトに関する前記のような「勤務配慮」は、この障害者権利条約の「合理的配慮」に当たるものであり、これを廃止することは、障害者権利条約が禁止している障がい者に対する差別に該当し、私法関係においては公序良俗違反ないし信義則違反として無効だというべきではないか。これが本件の主たる争点である。
また、「勤務配慮」の打ち切りについては、会社が労働組合と合意の上で決定されたものであるところ、このような労使間の合意によってAさんには重大な不利益が生じてしまう。にもかかわらず、労使合意に先だってAさんの意見を反映するような手続は取られておらず、このような労使合意に規範的効力を認めることができるのか否かも争点である。
3 仮処分決定
2012年4月9日、神戸地裁尼崎支部(裁判長揖斐潔、裁判官惣脇美奈子、裁判官小川貴寛)は、会社が「勤務配慮」を打ち切ったことが公序良俗違反ないし信義則違反で無効だとして、「勤務配慮」がないままでの勤務シフトによって勤務する義務のないことを仮に確認する仮処分決定を出した。また、「勤務配慮」を廃止する旨の労使合意についてはAさんに対しては規範的効力が及ばないと判断した。
障がいのある労働者に対する合理的配慮の打ち切りが公序良俗違反ないし信義則違反であると判断した裁判例は、先例的価値があると思われる。
現在、本訴(1審)及び保全異議が係属中である。引き続き、ご支援をお願いします。
(弁護団は、岩城穣、立野嘉英、中西基)