民主法律時報

日本郵便輸送割増賃金請求事件 控訴審で完勝!

弁護士 増 田   尚

 郵便物の自動車輸送を手がける関連会社が1社に統合されてできた日本郵便輸送の従業員2名が、1社統合後に、無事故手当と運行手当を時間外労働に対する割増賃金の基礎から除外されて計算されたとして、差額の割増賃金の支払を求めていた事件で、大阪高裁(前坂光雄裁判長)は、4月 12日、従業員らに対する勝訴判決を言い渡した。


事案の概要及び裁判の経緯

 従業員らは、大阪郵便輸送の従業員であったが、前記のとおり、郵便輸送関連会社の1社統合に伴い、日本郵便輸送の従業員となった。日本郵便輸送は、1社統合にともない労働条件を統一することとし、関連会社のうち最大規模の日本郵便逓送(日逓)の労働条件をベースに、就業規則等を作成した。ところが、日逓においては、給与規程の上では、無事故手当と運行手当は割増賃金の算定基礎から除外しつつ、労働組合(JP労組系列)との覚書に従い、各手当の半額を割増賃金の算定基礎に算入し、残る半額を割増賃金として支給する取扱いにしていた。日本郵便輸送の給与規程そのものは、日逓のそれに依拠して作成されたため、無事故手当と運行手当は割増賃金の算定基礎から除外されていた。
 従業員らの所属する全港湾阪神支部に対して、日本郵便輸送の給与規程が明らかにされたのは1社統合の直前であり、阪神支部は、ただちに、労基法に違反するものであるとして抗議した。しかし、大阪郵便輸送は、両手当とも割増賃金の算定基礎から除外されるべきであるとの見解を示して、阪神支部の抗議をとりあわなかった。2009年1月に日逓に1社統合され、同年2月に日本郵便輸送が日逓の事業を承継したが、給与規程は、そのままであった。
 阪神支部は、このような日本郵便輸送の取扱いは労基法に違反するとして、労働基準監督署に申告をした。労基署の是正勧告により、日本郵便輸送は、両手当を算定基礎として計算された割増賃金と既払の割増賃金の差額を従業員らに支払ったが、他方で、前記の日逓の運用のとおり給与規程の明文を変更した。
 従業員らは、このような給与規程の変更は、労働条件の一方的な不利益変更であり、日逓の運用のごとき取扱いは労基法違反であるとして、労基法に従い、両手当の全額を算定基礎として計算した割増賃金の支払を求めて提訴した。
 大阪地裁堺支部は、昨年、労働条件の一方的な不利益変更であり、合理性も認められないとして、従業員らの請求を認容したものの、両手当の各半額が明文で割増賃金の算定基礎から除外されているのであるから労基法違反はないとの疑問の残る判断であった(同判決については、本誌昨年5月号にて、弁護団の谷真介弁護士が報告しているところである。)。日本郵便輸送は、地裁判決を不服として控訴したため、従業員らも、付加金請求を棄却した部分につき、附帯控訴した。


高裁判決の概要と評価

 日本郵便輸送は、控訴審において、2回にわたる給与規程の変更を一連のものとして把握すれば、1社統合にともなう労働条件の統一という目的のために、日逓の運用を含む労働条件にならうこととしたのであり、それにより他社において有利な取扱いがなされていた点についても補償をしているから、全体としてみれば不利益変更とはいえないし、合理性も存すると主張した。この主張を立証するために、大阪郵便輸送時代に使用者側で団体交渉に対応した証人に、団体交渉の経過を証言させた。
 しかし、高裁判決は、1社統合後の給与規程からは、日逓の従来の運用を読み込むことは不可能であり、阪神支部との団体交渉においても、何ら説明がなされておらず、明文化がなされたのは、阪神支部からの抗議や労基署の是正勧告を受けて検討されたものであるとして、日本郵便輸送の一連性の主張は、「労働者にとって著しく不利益であり、また信義にも反する」と述べ、証人の1社統合までスケジュールの余裕がなく給与規程の内容を十分に吟味することができなかったとの証言を踏まえても、「割増賃金の算定基礎に関する規定は著しく杜撰であるといわざるをえず、そのしわ寄せを労働者が受けることを正当化できるものではない」と厳しく批判した。
 また、労基法違反の争点に関しても、両手当は、「労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情により、支給の有無や額が決まるというものではな」いとして、労基法 37条5項・同法施行規則 21条所定の除外賃金に該当しないとして、違法無効であると指摘し、1審判決の判断の誤りを是正した。
 その上で、給与規程変更の合理性について検討し、日逓の従来の運用のとおり明文化したものの、給与規程変更後になってようやく阪神支部に説明をしたにすぎず、日逓の従来の運用を絶対視し、1社統合後の給与規程の変更を急ぐあまり、従業員や阪神支部への対応を「蔑ろにしたと評価されてもやむを得ない」と断罪した。
 他方、付加金の請求については、両手当の各半額を割増賃金として支払うと明記されていることから、労基法違反といえないと解する余地もあると歯切れの悪い言い回しをもって、これを棄却した。
 日本郵便輸送は、控訴審において、前記のとおり「一連性」の主張を厚く論じるようになり、1審ではしなかった複数の証人申請を行うなど、巻き返しに躍起になった。実際に、使用者側申請証人1名の尋問が実施され、控訴審としては異例の展開を見せ、1審判決の取消も予想された。しかし、反論と反対尋問を的確に行い、証人の証言がかえって日本郵便輸送の対応の不誠実さ、杜撰さを暴露する結果となって、労基法違反の点にも踏み込んだ勝利判決をかちとることができた。
 なお、日本郵便輸送は、結審後に、給与規程を変更し、両手当の全額を割増賃金の算定基礎とする取扱いにした。2名の従業員による提訴ではあったが、日逓以来の違法な取扱いを是正させ、全国の2000名を超す同社の従業員に対し労基法どおり割増賃金を支給させる大きな成果を獲得することができたたたかいであった。

(弁護団は、坂田宗彦、谷真介両弁護士と当職である。) 

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