民主法律時報

ビクターサービスエンジニアリング事件最高裁判決について

弁護士 河 村   学

  1. 事案の概要 本件は、ビクターサービスエンジニアリング株式会社から個人業務委託業者(個人代行店)とされ、ビクター製品の出張修理業務に従事している労働者が、条件改善のため労働組合を結成し、会社に団体交渉を申し入れたところ、労働者ではないという理由で団体交渉を拒否された事件である。府労委・中労委では会社の不当労働行為を認め救済命令を出したが、東京地裁・東京高裁は個人代行店は労組法上の労働者ではないという理由でこれを否定した。
     2012年2月21日、最高裁は、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻す判決を下した。2005年1月31日の団交申入れから既に7年が経過している。

  2. 最高裁判決の内容(1)労組法上の労働者性5事情
     最高裁は、新国立劇場事件・INAXメンテナンス事件各最高裁判決(平成23年4月12日)と同じく、①会社組織への組み込み、②契約内容の一方的決定、③報酬の労務対価性、④業務の依頼に応ずべき関係、⑤指揮監督下の労務提供・時間的場所的拘束、の5つの事情を挙げて労働者性の判断を行っている。
     ただ、本判決は、前の2判決よりも言葉を慎重に選び、同種事案の一般的考慮事情として通用させることを意図しているように思われる。

     会社組織への組み込み
     2判決では、「事業の遂行に不可欠な労働力」として組み込まれているという事情を挙げていたが、本判決では、「事業の遂行に必要な労働力として、基本的にその恒常的な確保のために」組み込まれているという事情を挙げている。
     これは「不可欠」性までは必要なく必要性で足りること、恒常的な労働力確保の目的も基本的にそう言えれば足りること、を示したということができる。

     契約内容の一方的決定
     2判決では、業務内容の一方的決定という点に重点が置かれていたが、本判決では、「業務内容やその条件等」について個別に交渉の余地がないという事情を挙げている。
     これは会社が示した労働条件で就労せざるを得ない地位にあることが労働者性を認める事情になることをはっきり示したということができる。

    エ 報酬の労務対価性
     2判決では、報酬決定の実態や時間外手当に相当するような報酬が支払われていたことなどから対価性を認めているが、本判決では、報酬決定の実態に加えて「修理工料等が修理する機器や修理内容に応じて著しく異なることからこれを専ら仕事完成に対する対価とみざるを得ないといった事情が特段うかがわれない」との判示をわざわざ挙げている。
     これは、専門的な機器や技術を駆使するため報酬が格段に高いなどの事情がある場合には対価性を否定する趣旨と思われるが、その是非はともかく、一般的考慮事情として通用させようとする意思の表れと思われる。

    オ 業務の依頼に応ずべき関係
     この点は、2判決と同様に「各当事者の認識や実際の運用」から判断するとし、また、「基本的」な関係であれば足りるとしている。

    カ 指揮監督下の労務提供・時間的場所的拘束
     指揮監督下の労務提供について、2判決にはなかった「基本的に」という用語を加え、時間的場所的拘束について、2判決では「一定の拘束」としているものを「相応の拘束」という用語に変えている。
     また、本判決では、会社とFAXでやりとりしている直行直帰の就業者についても同様の拘束があると判断されており、直行直帰それ自体は事情判断に影響を与えないことを示した点で重要である。
           
    (2)労働者性を否定する特段の事情
     本判決は、上記5事情から直ちに労働者性を認めず、「①他社製品の修理業務の受注割合、②修理業務における従業員の関与の態様、③法人等代行店の業務やその契約内容との等質性などにおいて、なお、独立の事業者としての実態を備えていると認めるべき特段の事情がない限り」という限定を付した(番号は筆者)。
     そして、本件事案については、この3点の事実関係が判らず、「個人代行店が自らの独立した経営判断に基づいてその業務内容を差配して収益管理を行う機会が実態として確保されているか否かは必ずしも明らかであるとはいえ」ないとして、東京高裁への差し戻しとなった。

     ただ、特段の事情の判断にあたって、①出張業務の際自ら保有する自動車を使いその費用を負担していることは、作業用の高価な機械が会社から無償貸与されていることも考えると、それだけで自ら収益管理を行う機会があったとは認めるに足りないとし、また、②源泉徴収や社会保険料等の控除を受けておらず、自ら確定申告を行っていることは考慮すべき事情とならない、としている。

     今後、東京高裁において、この点が審理されることになるが、独立自営業者として「収益管理を行う機会が実態として確保されているか否か」という判断基準は、実は前記5事情の有無の裏返しであり、5事情がすべて認められることに加えて特段の事情が認められるという事態はおよそ想定しがたいように思われる。
       

  3. 最高裁判決の意義と今後のたたかい
     
    (1) 本判決は、その判示の中で、「実態に即して客観的に決せられるべき労働組合法上の労働者」というフレーズを挿入している。
     このフレーズの明示こそ、前の2判決をさらに進めて、東京地裁・高裁の裁判官が試みた形式的解釈を最終的に打ち砕くものであり、当然のこととはいえ、労働者にとって重要な意義がある。
     本判決が、「基本的に」とか、「相応の」とか、「実態」などという語を多用し、直行直帰の場合、業務用自動車保有の場合、源泉徴収や社会保険料の控除がされていない場合など具体的に解釈方法を示すなどして、形式的解釈に強い警戒を与えているのもこのフレーズの実践である。(2) 本判決は、同種事案にも一般的に通用する考慮事情を示そうとする意図がうかがえる。これは前の2判決以降の学界や労働界からの批判に配慮するものであり、とりわけ昨年7月に発表された労使関係法研究会報告書との整合性に配慮するものである。本判決で「特段の事情」を加えたことにより、少なくとも判断要素については、最高裁の判示と同報告書の内容とは基本的に一致することとなった。
     ただ、同報告書では、基本的判断要素(5事情の①~③)、補充的判断要素(5事情の④⑤)、消極的判断要素(特段の事情)に分かれており、判断要素に強弱を付けている。また、同報告書では、基本的要素の一部が満たされないからといって直ちに労働者性を否定することにはならないことを明記している。
     いずれにしても、労組法上の労働者性については、今後、本判決と同報告書を軸に判断される可能性が高く、労働者・労働組合としては、事例を積み上げることにより、実態に即した判断指標となるようにする必要がある。
         
    (3) 本件において「特段の事情」の考慮事情として挙げた事実に関する主張立証は既に尽くされており、本判決において自判することも可能であった。団交申入れから7年も経過して未だ決着をみないというのは、司法による救済拒否に等しく、この点で、最高裁の態度は批判されるべきである。
     
    (4) なお、「実態に即して客観的に決せられるべき」とは、労組法上の労働者性の議論に限ったものではない。労働問題は常に実態に即して判断・解決されるべきであり、使用者によっていかようにでもなる形式を重視することは労働者保護の否定につながるものである。
     非正規労働をはじめ労働をめぐる争点の多くは「形式対実態」のせめぎ合いである。他の論点が問題となる場面でも、本判決のフレーズも活用しながら、就労実態に即した判断を求める必要がある。

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