配転命令無効確認請求事件勝訴判決(大阪地裁平成23年12月16日)
① 人事権濫用として無効(必要性・合理性を欠くこと)
② 不当な動機・目的に出た不法行為として慰謝料認定
弁護士 小 林 保 夫
弁護士 岩 田 研二郎
1 事案の概要
本件は、物流事業を営む国際的な企業体の日本における子会社である被告会社の大阪営業所において「営業職」として勤務していた原告について、人員整理を口実に行った解雇が整理の必要性を欠くとして仮処分決定(大阪地方裁判所)が発せられた後、被告会社が、解雇を撤回した上、解決金の支払を条件とする退職、東京所在の系列会社への就職の斡旋などを試みましたが、原告がこれらの提案に応じなかったところ、元勤務場所であった大阪営業所における原職に復帰させることなく、「カスタマーサービススタッフ」として直接名古屋営業所に配置転換を命じた事案について、これを、不当労働行為ないし不当な動機・目的に出たものであること、必要性・合理性を欠くこと等の理由により人事権濫用にあたるものとして提訴していたものです。
2 原告の主張
原告は、本件配転命令についてその無効原因として、基本的には以下の主張をしました。
① 本件配転命令に先立つ指名解雇と本件配転命令は、被告会社が原告を嫌悪・敵視して、企業外ないし大阪営業所外に排除し、結局は退職を余儀なくさせることによって、同人を企業外に放逐しようとする一貫した意図に出た一連の不可分の行為であり、不当労働行為を含む不当な動機目的に出たもので、この点において不法行為に該当し、無効である。
② また本件配転命令は、配転の必要性・合理性を欠く点においても、人事権の濫用にあたり無効である。
3 裁判所の判断
(1)大阪地方裁判所(内藤裕之裁判官)の判決は、まず、「(2)本件解雇に至った経緯等」を検討するなかで、大阪営業所勤務中の原告の業務遂行状況に対する被告会社の評価や人員削減を口実として原告を整理解雇の対象とし解雇を行った(平成21年4月16日)にもかかわらず、その後同年7月頃以降勤務地を大阪とする営業担当の従業員の募集を行うなどして従業員の増員を行った経緯等を認定しました。
さらに判決は、「(3)原告に対する本件解雇を撤回するとともに、原告を名古屋営業所へ配転するに至った経緯等」、「(4)本件配転命令時における名古屋営業所の状況及び原告の業務内容等」を検討するなかで、原告が担当した業務の実際について「同業務の増加に伴う人員不足に状態にあったとはいえない。」と認定し、また原告に対する配転の理由とされた名古屋営業所の輸出案件について、「特に人手が必要な状況にはなかった。」と認定しました。
(2)本件配転命令の適法性について
次いで、判決は、「争点1(本件配転命令の適法性)について」において、原告が主張した職種・勤務地限定の合意の存在、移動人事における事前の同意や応募者がない場合には外部募集を行う等の人事慣行の存在を否定しました。
そのうえで、「本件配転命令の適否の点について」検討を行うにあたり、まず東亜ペイント事件最高裁昭和61年7月14日第2小法廷判決を援用し、「配転命令については、業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情が存する場合には権利の濫用として無効であると解するのが相当である。」と判断基準を示し、この基準を踏まえて、原告に対する配転理由とされた名古屋営業所においてカスタマーサービススタッフを置く必要性があったか否かについて子細な検討を行い、結局「本件解雇を撤回し、原告が職場復帰するという平成年月日22年3月時点において、あえて原告を輸出案件に特化した、あるいは輸出案件もできるカスタマーサービススタッフとして名古屋営業所に配転する必要性及び合理性があったとまでは認め難い。」と判断しました。
さらに、被告会社が本件配転命令のもう一つの理由として「原告の営業職としての資質がなく、大阪営業所には原告に適した業務がない」旨主張していた点について検討を行い、前述のような大阪営業所勤務中の原告の業務遂行状況に対する被告会社の評価や原告解雇後大阪営業所において営業担当の従業員の募集を行うなどして従業員の増員を行った経緯等を踏まえて、「これらの点からすると、必ずしも原告の営業職としての資質に問題があったとまでは認められない。」と判断しました。
判決は、その結果として「本件配転命令については、原告を名古屋営業所に配転する業務上の必要性及び合理性があるとは認め難く、その余の点について判断するまでもなく、本件配転命令は、配転命令権を濫用したものであって、無効といわざるを得ない。」と判断するに至ったものです。
(3)本件配転命令の違法性及び慰謝料額について
判決は、「争点2(原告の被告会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無及びその額)について」において、まず、原告がさきの指名解雇が配転命令とともに不法行為を構成すると主張した点について、本件解雇の経緯や被告会社の判断にの当否について詳細な検討を行ったうえ、「本件解雇をもって損害賠償請求権を発生させるに足りる違法性を有していたとまで評価することはできない。」として、解雇の点についての原告の主張は排斥しました。
次いで、判決は、本件配転命令の不法行為性の検討を行い、さきのような本件配転をめぐる経緯を踏まえ、「本件配転命令は、業務上の必要性及び合理性がないにもかかわらず、本件配転命令仮処分決定を契機とした原告の復職に当たって、不当な動機目的をもってなされたものと推認することができ、かかる経緯等にかんがみると、損害賠償請求権を発生させるに足りる違法性をゆうしているといえ、不法行為に該当すると認めるのが相当である。」との判断をしました。
そして慰謝料の額については、原告は、本件配転命令により、精神的損害をこうむるとともに、母親の病気等の事情のため名古屋への転居をすることが出来ず、新幹線による通勤を余儀なくされるなど生活上の不利益も被ったものですが、判決は、本件配転命令の違法性は認定したものの、「原告の生活上の不利益はさほど大きいとはみとは認められない」とし、「これらの事情を総合的に勘案すると、原告の被った精神的損害の慰謝料としては、50万円が相当である」と判断しました。
4 本件判決の意義・裁判の取り組み
(1)本件は、東亜ペイント事件最高裁判決における「不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情が存する場合」の一事例を加えたものです。
[参照事例]
① 不当労働行為意思を認定するには不十分であるが、債務者が社長の経営に批判的なグループを代表する立場にあったなどの理由から債権者を快く思わず、東京本社から排除し、あるいは、右配転命令に応じられない債権者が退職することを期待するなどの不当な動機・目的を有していたが故であることが一応認められ、結局本件配転命令は配転命令権の濫用として無効であるとした事例(マリンクロットメディカル配転命令事件 東京地裁平成7年3月31日決定 労働判例680号75頁)
② 配転(転勤)命令に業務上の必要性があったものとはいえず、退職勧奨拒否に対する嫌がらせというべきで権利の濫用であるとして無効とされた事例(フジシ-ル(配転・降格)事件 大阪地裁平成12年8月28日判決 労働判例793号13頁)
③ 配転命令が業務上の必要性を欠き、労働者を退職に追い込む不当な目的でなされ、通常甘受すべき程度を超える不利益を与えるものであって、権利濫用に当たるとされた事例(プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件 神戸地裁平成16年8月31日判決 労働判例880号52頁)
④ 本件配転において営業部を新たな配属先に選定したことは、被告会社の経営改善の方策の変更に伴って、原告らの雇用を継続することが不要となり、かえって新たな方針の下では会社組織の障害になりかねないことから、原告らを退職に追い込む意図をもってなされたものと推認され配転命令権を濫用するものであるとした事例(精電舎電子工業事件 東京地裁平成18年7月14日判決 労働判例922号34頁)
(2)私たちは、整理解雇から配転命令に至る一連の経過を踏まえると、本件配転命令が「不当労働行為ないし不当な動機目的」に出たものであると確信していましたが、実際には、もともと本件が配転命令事案であることから、最高裁の東亜ペイント事件の判決や裁判例の傾向などに照らし、楽観できないと考えていました。
しかし、私たちは、本件が、本社をスイスに置く外国企業の日本支社に関わる事案であること、国際間の物流(ロジスティックス)処理に関わる事案であること、営業成績の評価システムが複雑であること、人員配置や人員の増・減についての被告会社の対処が複雑であることなどから、これらの点について被告会社に対し徹底的な釈明を求めることによって、裁判所の理解を深めるとともに、被告会社の解雇や配転命令の経緯についての矛盾や処理の不当性を明らかにすることが出来、裁判所の理解の前進と心証の変化を獲得することが出来たと考えます。おそらくこのような対応は配転・転勤事例にとってはとりわけ重要であると考えます。
5 配転命令の撤回・判決の確定
被告会社は、2011年12月27日、原告に対して、本件配転命令を撤回し、大阪営業所の原職に復帰させる旨表明しました。したがって、判決は、控訴期限を待たず確定することとなりました。
おそらく被告会社としては、検討の結果、控訴審で、原審での原告の主張・立証、判決の認定・判断を覆すことは困難であるとの結論に達したのでしょう。