大阪自治労連 副執行委員長 坂 田 俊 之
1 はじめに
吹田市は、市民課業務のうち戸籍届受付及び記載を除く大部分の業務を委託する計画を決定し、関連予算を含んだ令和4年度一般会計予算案を2022年2月に吹田市議会に提案した。しかし、反対する住民運動の高まりの中で、吹田市は市民課業務委託に関わる予算を削除することを表明し、修正された一般会計予算案が3月23日の本会議で採択された。
府内13市、全国の中核市で %が窓口業務を委託している中で、なぜ吹田市で計画を撤回させることができたのか、あらためて市民課業務委託の問題点を明らかにするとともに、運動の経過を振り返り、今後の運動の教訓としたい。
2 市民課業務委託の問題点
この計画の問題点については、豊川義明弁護士、城塚健之弁護士、河村学弁護士、中西基弁護士、谷真介弁護士が作成し、27人の弁護士の賛同を得て、吹田市長と吹田市議会に提出した意見書が明らかにしている。
(1) 個人情報保護が十分でないこと
市民課業務は、住民基本台帳や戸籍簿などの個人情報を取り扱う。しかも、証明書交付業務においては、本人及び親族の犯罪への関わり(警察等からの公用請求)、税金の滞納状況(税務署等からの公用請求)、債務の存在と滞納状況(消費者金融などの第三者請求)、相続発生の事実(弁護士等の職務上請求)など、より秘匿性の高い個人情報が交付請求自体に含まれている。
公務員であれば守秘義務が課され、情報漏洩により免職となる可能性もあり、情報漏洩が抑止されている。ところが、民間事業者の場合には多くが短期雇用で入れ替わりが激しいため、「みなし公務員」規定があっても、十分に抑止効果がない。
(2) 住民サービスが低下すること
委託事業者は審査・交付決定権限を有しないので、市職員が審査・交付決定を行うため、待ち時間はかえって長くなる。定型的な証明書交付請求も、非定型的な相談に移行することがしばしばあり、偽装請負が避けられない。
(3) 委託料が増大すること
先行して実施されている大阪市24区では、契約更新の度に委託料が増大していることが明らかである。
(4) 専門家の意見聴取も市民意見聴取も行わないこと
住民の個人情報を民間事業者が知るところとなるにも関わらず、市は個人情報保護審議会に諮問しないまま提案し、パブリックコメントも実施せずに提案しており、手続的にも十分でない。
3 運動の経過
(1) 自治体労働組合の発信が出発点
吹田市当局から計画の説明を受けた労働組合は、委託反対を呼びかけ、「撤回を求める要求書」を吹田市に提出した。すでに業務委託されている大阪市や堺市などの職員組合から市民サービスが後退していることや、委託料が増大しているという実態の聴き取りを行い、連日のように計画の問題点を機関紙に掲載し、職場と住民団体に知らせた。
(2) 問題を知った住民が立ち上がる
労働組合の情報発信に対し、すぐに複数の住民団体が、委託計画の撤回などを求める申し入れを行った。ところが、吹田市は「現時点で市として政策決定したものはない」と回答を事実上拒否。市民の怒りを高めた。
1月14日には、二宮厚美神戸大学名誉教授らの呼びかけで、「吹田の豊かな公共を取り戻す市民の会」が発足。市長宛てハガキ付きの市民ビラを作成し、市内各地に3万枚を配布した。返信されたハガキは400枚を超え、95 %の方が委託に「不安がある」と回答し、「よくぞ知らせてくれた」などの声も寄せられた。また、「市民の会」のアピールには、元教育委員長や元福祉審議会会長など市の施策に深く関わってこられた方々から賛同が寄せられた。
「市民の会」は、2月定例会が始まると連日市役所前宣伝を行い、慎重審議を求める陳情書と市民から寄せられたハガキを議会各会派に届け、慎重な審議を求めた。
(3) 弁護士意見を踏まえた議会質疑
市議会の質疑では、弁護士意見書が大いに活用された。例えば、委託すると待ち時間がかえって長くなるはずなのに「委託すると、なぜ待ち時間は短くなるのか」との質問に対し、理事者は「職員はトイレに行ったり昼食を摂るが、委託なら効率的に窓口対応できる」と委託従事者の人権を無視した答弁に追い込まれた。また、委託料が増大している他市の資料を議員が求めたのに対し、理事者が「資料は出さない。委託期間は3年間だけ」として問題ないといわんばかりの答弁を行ったため、「わずか3年間のために7億円も支出するのか」と行革推進会派も反対に回り、理事者は提案を撤回せざるを得ない事態となった。
4 運動の教訓と課題
自治体労働組合の情報発信を出発点に、それを受けとめた住民の運動、法律家の共同した取り組みが、計画を撤回に追い込んだことは間違いない。「労働組合の情報発信がなければ住民が立ち上がることはできず、委託を阻止することはできなかった」と運動に関わった住民は述べている。
これに対して吹田市当局は「市民団体に情報を漏洩したのであれば地公法上の守秘義務違反」との注意文書を発したが、吹田市労連は弁護団の助言を得て「労働組合に対する当局説明を機関紙に掲載しただけ。むしろ市として住民の知る権利に応えるべき」と反撃し、その後、介入は行わせなかった。
これまで、保育園や学校給食などで「安上がり」を目的に民間委託が進められてきたが、今回の市民課業務委託は、たとえ経費が高くても委託するというものであり、アウトソーシングが新しい段階に入ったことを浮き彫りにした。今後も「自治体戦略2040構想」との闘いは続く。