民主法律時報

2014年という一年にどう挑むか?

事務局長・弁護士 中 西   基

1 はじめに
 今年は国政選挙がない年です。来年もです。衆院の解散がなければ、2016年7月まで国政選挙はありません。この2年間を安倍政権は最大限に活用して、有権者に不人気な政策、市民生活に不利益・ダメージを与える政策を、繰り出してくると思われます。さっそく、通常国会では、労働法の規制緩和が具体的に議論され、4月には消費税アップが待っています。他方では、秘密保護法の制定や国家安全保障戦略の策定によって解釈改憲が着々と進められています。
このような2014年という一年に民法協としてどう挑むのかを考えるにあたって、あらためて安倍政権の狙いを分析してみたいと思います。

2 労働法規制緩和と「積極的平和主義」の狙い
 安倍政権が緩和しようとしている労働法規制は、①解雇規制、②有期労働規制、③労働者派遣規制、④労働時間規制の4つです。これら規制緩和に加えて、労働移動支援助成金の大幅拡充により、「雇用維持型から労働移動支援型へ」と政策を転換しようとしています。これら政策の狙いは、昨年6月に閣議決定された「新たな成長戦略~『日本再興戦略-Japan is BACK-』」で端的に示されているように、「経済成長」です。そのために、日本を「世界で一番ビジネスがしやすい国」にするべく労働法の規制を緩和し、成長産業への労働力移動を促進するというのです。
 成長戦略と並ぶ安倍政権のもう一つの特徴的な政策は「積極的平和主義」です。秘密保護法強行採決、国家安全保障会議の創設、愛国心を明記した国家安全保障戦略と武器輸出三原則を変更する新たな防衛大綱の決定、辺野古埋め立て容認、そして靖国参拝と、軍国主義への道をひた走っているように見えます。これらの狙いについては安倍晋三という人物のキャラクターに依るところも大きいと思いますが、それだけではないと思います。武器輸出三原則の変更については、この先 年間で実質的な成長を見込める産業が軍需産業くらいしかないことの現れでしょうし、中国や北朝鮮の軍事的脅威を喧伝しつつ愛国心やナショナリズムを高揚させようとするのは、国内政策で十分な成果を上げられないことを見越して、大衆の不満を逸らすための人気取りという側面が多分にあると考えられます。

3 「経済成長」は答えなのか?
 結局、安倍政権が依拠しているのは「経済成長」に尽きると言えます。戦後の焼け野原から世界第2位の経済大国となった日本の繁栄を支えてきたのは「経済成長」でした。今は長い不況に陥っているけれども、再び、かつてのような経済成長を取り戻せば、日本は再び復活するんだ。わたしたちの中にあるそういった心情・感覚に訴えて政権の求心力を維持しようとするのが安倍政権の狙いに他なりません。
 では、「経済成長」はこれからも可能なのでしょうか? すでにヨーロッパでは経済成長の終わりが公の場で議論されるようになっていますが、日本では「経済成長」それ自体に対する批判については十分ではないように思えます。
経済成長の終わりを論じる論者は、地球上の資源に限りがある以上、それに依拠した経済成長が無限に続くはずはなく、天然資源の枯渇や環境破壊は必然的に経済成長に終わりをもたらすと主張します。また、物理的限界に加えて、欲望の限界を論じる論者もいます。経済成長は、技術革新による生産性の向上→コスト削減による利益拡大→設備投資によるさらなる技術革新というサイクルによって生まれますが、その前提として、革新的な技術で開発された商品を買いたいという人間の欲望が必要です。戦後の焼け野原で何もなかった時代には欲望が満ちあふれていましたが、現在では、逆にモノが満ちあふれており、「商品を購入することへの欲望が失われた状態」(内田樹)になり、「貨幣で貨幣を買う」しかない事態に陥っている。これでは、経済成長は望めないと。
 もっとも、いずれの論者も、経済成長が終わった後の社会の姿をはっきりと示してはいません。民主党政権は、(少なくとも当初の段階では、)成長よりも分配を重視する方向で経済成長至上主義からの脱却を目指しましたが、結局、途中で迷走、頓挫しました。橋下・維新の会がその答えではなかったことも明らかになりつつあります。
 しかし、だからといって、「経済成長」のみに答えを求めていては、安倍政権に対抗することはできないのではないでしょうか。経済成長の終わりが近いか遠いかはともかく、少なくとも、かつてのような高度経済成長が望めないことははっきりしていますし、環境に優しい持続可能な社会が望ましいことも明らかでしょう。いま、わたしたちに問われているのは、「経済成長」に代替するあらたな社会への展望を提示できるかどうかなのだと思います。
 安倍政権に対抗するためには、「経済成長」は目的ではなく、みんなが幸せに生きてゆけることこそが目的であって、「経済成長」はそのための1つの手段にしかすぎないことを強調する必要があります。労働法の規制は、労働者とその家族が幸せに生きていくための規制であり、目先の経済成長のために労働法規制を緩和することは目的と手段を取り違えており、本末転倒というほかありません。

4 日本国憲法の平和と積極的平和主義」との違い
 安倍政権の「積極的平和主義」は、他国を軍事力によって制圧することで日本(やアメリカ)の平和を確保しようという発想であり、それはわたしたちの願う平和や幸せではありません。ましてや、「経済成長」のために軍備を増強して、戦争を始めることなど、目的も誤っていれば手段も誤っています。
 戦争のない状態、すなわち、戦争の被害者にも加害者にもならずに生きていくことこそがわたしたちの願いであり、日本国憲法は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」と宣言しています。その意味をあらためて確認することが大切ではないでしょうか。

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