弁護士 原野 早知子
松本実敏さんは、東大阪市の近畿大学にほど近いセブンイレブンのオーナーであった。2019年2月、ともにコンビニを経営してきた妻を病気で喪い、長時間の勤務に疲弊した松本さんは、セブン社の24時間営業に異議を唱え、時短営業を求めた。松本さんの訴えには共感が広がり、公正取引委員会からの勧告も出されたが、同年12月、セブン社は松本さんとの契約を解除し、店舗からの立退きと1700万円の違約金等を請求して、裁判を起こした。
本書は、松本さんの最高裁までの闘いを追うとともに、公取委の踏み込みの不十分さやコンビニのあり方への疑問にまで言及した一冊である。知られているように、松本さんの闘いは敗訴に終わった。セブン社は、松本さんが時短営業を求めた直後に契約解除を通知したが、松本さんを支持する世論が広がると一旦解除を撤回し、今度は松本さんの顧客対応が悪いことを理由に契約を解除した。更に、セブン社は、松本さんの顧客対応への苦情を何百件ものリストにし、松本さんの店舗を「盗撮」し、コンビニ客や近隣住民、セブン社従業員らの大量の陳述書を提出するなどした。松本さんの店舗は約7年間、良好な営業成績を上げており、松本さんはオーナーとして、ルールを守らない客や近隣住民に対し、毅然とした対応を行っていただけである。一方、セブン社はカスハラ対応のマニュアルさえ作成しておらず、その主張と証拠は矛盾に満ちたものであったが、物量で圧倒する訴訟戦略(証拠作出にはセブン社の代理人弁護士が深く関わっていたという)に裁判所が引きずられ、セブン社の主張を認め、契約解除を有効としてしまった。
松本さんの事件は、フランチャイザーと加盟店の契約解除の有効性が争点だったが、本来の解除事由(24時間営業への異議)を押し隠し、仮の解除事由(顧客対応の悪さ)を立証しようと大量の証拠が提出される構造は、労働者の解雇事件と構造が類似する。連合通信の記者として労働問題を取材してきた著者は、裁判の緊張した攻防を追い、セブン社の虚偽を暴き、裁判所の判断を批判する。労働事件にたずさわる者には読み応えがある。終章において、著者は「コンビニは社会インフラ」というセブン社のキャッチフレーズに疑義を呈している。コンビニは、今や、住民票等の発行、宅配便の手配、青少年の保護など、自治体・郵便局・警察が行うべき役割を代替させられている。行政がその機能を削減し民営化を画策する一方で、コンビニで働く者が行政の果たすべき仕事を肩代わりさせられているのである。コンビニに関し、こうした指摘は余り見た覚えがなく、自治体労働組合の問題意識が、やや意外なところで松本さんの裁判とつながったように思う。
松本さんの闘いを支えた弁護団(大川真郎・坂本団・西念京祐・喜田崇之・加苅匠)は、全員が民法協の会員である。西念・喜田・加苅弁護士については、民法協の独禁法研究会のメンバーであったことから弁護団に加入したことが、本書中に紹介されている。民法協会員としては、読むしかない。なお、弁護団に頼めば著者割引をしていただけるようである。
旬報社 2024年12月26日発行
定価 1,870円(税込)