弁護士 原野 早知子
本書は1983年に出版され、今年(2024年)復刻された。13名の女性法律家(裁判官・検察官出身者を含めた弁護士)が執筆し、NHKの朝ドラ「虎に翼」主人公のモデル・三淵嘉子氏が執筆者代表である。前半(3章ほど)は、我が国の最初の女性裁判官、女性検察官の歩みを、三淵氏らが個人史を含めて振り返っている。後半は「法律家の業務紹介」の色合いが濃く、納税者訴訟、借地借家事件、家事事件、刑事事件、少年事件、企業法務、知的財産権事件など幅広い分野に触れられている。労働・公害事件は大脇雅子弁護士が担当している。
朝ドラ「虎に翼」は大変人気で、三淵氏が何をどのように語っているかが気になるところであろう。三淵氏の文章は、飾り気なく、過不足なく、いかにも裁判官らしい。狭き扉をこじ開け、女性弁護士・女性裁判官の途を拓いた経験が、淡々と語られている。
三淵氏が弁護士を志した動機は「か弱き女性のため」ではなく「女性を含めて困っている『人間』のために何か力になりたい」という思いだった、そのため弁護士になったとき、「女性のために弁護士になったのでしょう?」という新聞記者の質問を安易に肯定できなかった、との挿話が印象深い(このエピソードはドラマにもあった)。「人間として全力を尽くすとき女性は男性に比べて何の差もない。あるのは個人差だけだと信じてきた」という言葉は、多くの女性法曹が、同じ思いをもって仕事をしてきたものだと思う。
一方、三淵氏は、本書全体の「はしがき」において、女性弁護士が今や実に多方面の部門で活躍しており、「今や女性弁護士という呼称は性別を表す以外何の意味もない。」と述べつつ、「しかし、その中で女性弁護士が光彩を放っているのは、女性差別事件に対する熱心な取り組みであろう。停年に対する女性差別を次々に打破した労働事件をはじめとして、種々の女性差別事件にかける女性弁護士の使命感に燃えた活動が男女差別の解消に果たした役割は大きい。」とも記している。
結婚退職制・若年定年制との闘いは、大脇雅子弁護士執筆章のメインとなっている。日産自動車事件で、男女差別定年制を違憲・違法とする最高裁判決が出たのが1981年であった。三淵氏が「はしがき」を記したのは1983年5月、あえて「女性弁護士の功績」として触れたところに、女性差別事件への共感と連帯が感じられた。(筆者注:女性差別事件に多数の男性弁護士が関わっているのは当然の前提であり、三淵氏もそのことはよく知悉していたはずである。)
朝ドラ「虎に翼」では、8月最終週に、後輩裁判官が出産後働き続けられるよう、主人公寅子が署名を集めるエピソードが放送された。署名したのは、各地の弁護士たち(女性弁護士だけでなく男性も)、心ならず職場を去らざるをえなかった先輩女性らである。後輩裁判官は署名を受け取り、「こんなに沢山・・・・」と言葉を詰まらせる。筆者は、この場面で、ドラマ開始以来、最も心を熱くさせられた。ドラマはフィクションであるが、女性が働き続けられる職場を作ることは、三淵氏を含め先駆者の願いだったであろう。
ドラマ「虎に翼」の放送は終了したが、深堀りして楽しむためにも、一読をおすすめしたい。なお、筆者は、民法協の暑気払いに出かけたところ、本書を無償でいただいたのであるが、民法協で割り引き販売などがされるかは不明である。はて?
有斐閣 2024年6月発行
定価 2,530円(税込)