弁護士 金 星 姫
最高裁第2小法廷の多数意見は、2022年6月17日、東京電力福島第一原発事故に関し、国に責任はないとしました(ここでは、この判決を最高裁6・17判決といいます。)。その後、最高裁6・17判決に追随する下級審判決が各地で相次ぎ、また、原発の再稼働等、原発を再推進する政府の政策に「お墨付き」を与えるものとなっており、この判決がもたらした影響は甚大かつ深刻です。
本書籍の筆者らは、「最高裁6・17判決を判例として残すことは将来に禍根を残す」との危機感をもって、様々な角度から批判を行っています。
中でも、私が本書籍を読んで、衝撃を受けたのは、原発訴訟を巡る、裁判所や東電・巨大法律事務所らの関係性です。本書籍の随所で指摘されており、また、「第9章「原発ムラ」と裁判」では詳細に論じられているところですが、最高裁6・17判決の多数意見を形成した3名の判事のうちの1人である菅野博之判事は、判決後の7月に定年退職し、その翌月8月には、東京電力の代理人(東京電力株主代表訴訟の代理人)を務めた弁護士らが所属する長島・大野・常松法律事務所の顧問に就任しました。また、同じく多数意見を形成した判事の1人である草野耕一判事は、最高裁判事になる以前、西村あさひ法律事務所の代表経営者であった人物であり、同事務所には東京電力の社外取締役を務める弁護士が在籍しています。それだけでなく、西村あさひ法律事務所には、元最高裁判事の千葉勝美弁護士が在籍していますが、同人は、菅野博之裁判官が最高裁事務総局時代に指導していた立場にあり、東京電力が最高裁に上告する際、東京電力側から最高裁に宛てて、後輩である菅野裁判官への圧力ともとれる「意見書」を提出しました。本書籍では、その他にも、裁判所・東京電力・国・巨大法律事務所の癒着ともいえる歪んだ関係性が、詳細に述べられています。
このような、巨大法律事務所・東京電力・国の関係性が、最高裁6・17判決を生み出したということであれば、日本の司法は「公正」でもなく、「独立」もしていません。被ばくによる健康被害を受け、ふるさとを剥奪され、人生を大きく変えられてしまった、住民たち一人ひとりの被害に向き合わず、自身の政治的な関係性のために最高裁6・17判決が書かれたのであれば、日本の司法に希望などないと感じました。日本の司法におけるこのような構造的な問題、腐敗とも言える関係性を、変えていく必要があるのではないでしょうか。
最高裁6・17判決において、唯一、「国に責任あり」と反対意見を述べた三浦守判事(元検察官)は、以上のような巨大法律事務所や東京電力らとの関係性を有さない人物でした。54ページにわたる判決文のうち、三浦判事の反対意見が3分の2もの分量である30ページほどを占めており、「「想定外」という言葉によって、全ての想定がなかったことになるものではない。本件長期評価を前提とする事態に即応し、保安院及び東京電力が法令に従って真摯な検討を行っていれば、適切な対応をとることができ、それによって本件事故を回避できた可能性が高い。本件地震や本件津波の規模等にとらわれて、問題を見失ってはならない。」と述べており、このような反対意見が出ることが、日本の司法に対するわずかな希望の光のように感じました。
本書籍は、福島第一原発事故やその後の各地の訴訟、最高裁判決等を考えるためだけでなく、日本の司法が抱えている深刻な闇についても鋭い問題提起をしている書籍ですので、みなさま、ぜひご一読ください。
旬報社 2024年3月刊
定 価 1870円(税込)