弁護士 原 野 早知子
1 西谷敏先生の著作集が全12巻で旬報社から刊行されるはこびとなり、この度第1巻「労働法における法理念と法政策」が発刊となった。(本稿では、西谷先生を「著者」とお呼びする。)目次によれば、全12巻を通じ、個別的労使関係、集団的労働法、それらの基礎にある労働法の理念を広範に取り上げている。 第1巻には、特に、法理念(労働法の原理となる実質的正義)について掘り下げるとともに、現実社会の法政策に、法理念がどのように反映されるべきかを論じた著作が収められている。
2 第1巻の内容をかいつまんで
「市民法・社会法と労働法の関係」に関する複数の論文が収められている。(紙幅の関係で触れないが、「プロレーバー法学」の評価、渡辺洋三による労働法学批判についての論考は、歴史的考察として非常に興味深かった。)労働法は、「個人の自由・平等に扱う市民法原則を、労使の力関係を反映して修正し、労働者保護をはかる法分野」と一般に理解されてきたのではないだろうか。しかし、一方で、労働者の市民的自由(退職の自由、表現の自由、私生活の自由、居住移転の自由)の保障が、現実の課題として存在している。例えば、労働者が会社を退職できない(退職妨害される)、退職した労働者に企業が損害賠償請求をするなど、「退職の自由」すらおぼつかない状況を、実際の事件で見聞きすることが増えている。
著者は「労働法は、労働者が本来有する自由を現実に保障し、同時に労働者の従属性から生じる諸問題を解決するという二重の課題を負うのである。」と述べて、労働法を社会法の一分野として市民法から峻別するのではない、新たな方向を指し示している(第4章など)。その一方で、「労働者の意思を強調する余り、逆に、使用者に支配された現実を追認する」結果にならないよう、注意深く目配りされた自己決定論を展開する(第7章など)。第2章「現代における労働と法」(今回書き下ろし)は 、 こうした考察の上に立って、労働法の論点を、「労働の自由」、「労働の保護」、「労働における自由」、「労働の権利」という四つの視点から 、まとまった形で整理しており、特に読むべきものと思う。
3 著作集を民法協会員の身近に
私たち実務にたずさわる者は、目の前の事件を、現状の判例に照らして、感覚的に「勝てる」「難しい」などと評価しがちである。 しかし、現在の判例の方がおかしく、労働法の理念に遡って、労働者の権利を保障する法解釈を追求すべき場面は多々ある。もちろん、 法政策への批判や提言を行う場面でも、法理念は欠かせない。本著作集は、全12巻全体が、労働法の法理念に立ち返る基盤を提供し、私たちが民法協の諸活動に取り組むうえで、指針として拠るべきものとなるだろう。
著者は、著作の特徴として「実際の事件で意見書として作成したものが多い」と述べている。本著作中全12巻を通じて、民法協会員が闘った事件(飛翔館高校事件、第一交通事件、泉佐野市事件など)を含め、多数の意見書が収められている。著者の意見書は、実践的な労働法学の足跡そのものであり、数多くの労働者・労働組合を勇気づけ、励ましてきた。本著作集で意見書の数々に触れられることは、民法協会員にとっては特に、貴重な点といえる。(私は、大矢勝氏の著書「しあわせを売る男」の中で、鑑定意見書「国鉄改革にともなう承継法人の採用拒否と不当労働行為」(本田淳亮・萬井隆令・西谷敏3名の連名)を拝読した。大阪地方労働委員会の勝利命令を勝ち取り、国労組合員が「全国の仲間といっしょに誇りに思い、長い闘いの精神的支えにした」という意見書は、まさに「人の世の熱」に溢れていた。)
本著作集は、民法協を通じて購入を申し込むと、著者割引にしていただけるとのことである。ぜひとも、民法協会員の法律事務所・労働組合に全12巻を揃え、学習に、活動に、役立ててはいかがだろうか。それだけの価値のある著作集と確信している。
旬報社 2024年4月30日発行
定価 7,150円(税込)