民主法律時報

労働法研究会 「現代における労働と法」のご報告  

弁護士 青木 克也

2024年9月22日午後、「現代における労働と法」をテーマとして労働法研究会を開催しました。対面会場とZoomミーティングを併用し、合計で約50名もの方にご参加をいただきました。
今回の研究会は、大阪市立大学名誉教授の西谷敏先生が今春に著作集の刊行を開始されたことを受け、著作集第1巻第2章の論考「現代における労働と法」を基に、労働の意義を見つめ直し、あるべき法規制や労働運動についての議論を深めることを目的として行いました。

まず、民法協事務局長の藤井恭子弁護士から、労働者の自由裁量の意義等を検討対象とする報告がなされました。西谷先生は、労働者の自由裁量が働きがいの源泉となることを述べられつつ、使用者の側は労働者のエンゲージメント(帰属意識)と生産性を高める意図で労働者に一定の裁量を与えている場合があることも指摘されています。そして、業務の遂行に関する裁量と労働時間に関する裁量は別であり、後者の裁量が実質的に存在しない場合には労働時間規制が排除されるべきではないと述べられています。藤井弁護士の報告では、このような西谷先生のご見解を紹介しつつ、厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」や「労働基準関係法制研究会」で労使コミュニケーションによる労働時間規制の適用除外が検討されていることに触れ、「労使コミュニケーション」はそのような手段として用いられるべきではなく、労働者にとってやりがいのある仕事を実現するための労使交渉や労働運動が必要であるとの問題提起がなされました。

続いて、本稿執筆者(青木)から、「デジタル社会における労働と労働運動」をテーマとする報告を行いました。西谷先生は、AI(人工知能)を中心とするデジタル化が急速に進む中で、機械による人間労働の代替、新たな形態での労働の従属性の強化、AIを用いた人事管理における差別・不当評価、労働者のプライバシーの侵害といった問題が生じていることを指摘され、法的規制の強化やAIを使用する使用者の責任の明確化が必要と述べられています。報告者からは、日本IBMの給与調整サポートAI「ワトソン」の使用をめぐってJMITU日本アイビーエム支部が団体交渉と救済命令の申立てを行い、会社が組合にAIによる評価項目をすべて開示することや、低評価などの疑義があった場合はAIが導出した内容を開示して具体的に説明することを内容とする和解がなされた事例を報告したほか、デジタル機器による労働者の監視の強化、プラットフォーム労働やスポットワークにおける労働の扱いの粗略化、現実世界とサーバー空間それぞれにおける団結の契機の変容といった現象について、具体例を挙げてお話をさせていただきました。
各報告の後、現地参加をいただいた西谷先生から、前記の論考と各報告の内容を踏まえたコメントをいただきました。一部のベーシック・インカム論など、労働の意義を否定的に捉える見解もあるものの、労働には人生や人格を豊かにする積極的な意義があること、労働には苦痛と喜びの二面性があり、労働運動は苦痛の部分を弱めて喜びの部分を大きくするのが課題であること、AIの進化に伴って労働法不要論すら出てきているものの、現実には複雑化する状況に対応しうる労働法規制が必要であることなどが指摘されました。

全体討論では、大阪教職員組合の山下さんから、多くの学校教員にとって、仕事の社会的な有用性と子どもや自分の成長が大きなモチベーションになっている一方、給特法のもとで定額働かせ放題の状況が蔓延しており、新人教員が1学期の間も持たずに辞職してしまうという事態が生じていることが報告されました。大阪自治労連の竹中さんからは、人間らしい生活ができる労働条件と、住民のためにより良い仕事ができるようにすることを組合として一体的に要求してきたものの、後者については維新政治のもとで管理運営事項だという理由で交渉ができなくなっているという実態をご報告いただきました。また、日本では労働者の就労請求権が認められない傾向にあるという西谷先生のお話に関連して、東大阪医療センター事件の弁護団から、2022年に大阪地裁で配転元の職場での就労請求権を認める仮処分決定を勝ち取ったことについて発言がされました。

最後は南山大学教授の緒方桂子先生から、閉会あいさつとして、総括的なコメントをただきました。厚労省の研究会では「守る」と「支える」という聞こえの良いキーワードの下で議論がされているものの、それが労働者本位の内容にはなっていないこと、労働の意義、労働する自由、労働しない自由、私的生活の確保などについての議論が不足しており、改めて西谷先生の著作を読んでいくことに重要な意義があることなどが述べられました。

労働法の理念にかなう解釈や立法の実現に向け、今後も議論を深めていきます。

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