弁護士 馬越 俊佑
1 はじめに
2017年12月1日に、「職場における人格権を考える」と題しまして、学習会を開催いたしましたので、ご報告させていただきます。参加者は33名であり、盛況となりました。
2 開会の挨拶
初めに、村田浩治弁護士より開会の挨拶をして頂きました。概要は以下のとおりです。
最近は、「自分の家庭を仕事に捧げる」、「仕事に支配されている」という感覚がすみずみまで行き渡ってしまっている、という印象を受ける。「いかに熱心に会社に捧げるか」になってしまっている。一見すると関連しない事件にも思える「ひげ裁判」と「ヘイトハラスメント裁判」であるが、簡単にいうと会社に文句を言えないような風潮があり、両事件とも「職場における人格権」が問題になっている。本日は普遍的に議論していただく、西谷先生に講演をしていただくことになった。議論を深めていただきたい。
3 講演
続いて西谷敏大阪市立大学名誉教授より、「職場における人格権の保障――使用者による労働者の思想信条の自由と私的領域への侵害に抗して――」と題しまして、講演していただきました。概要は以下のとおりです。
ひげ裁判とヘイトハラスメント裁判に共通するのは「職場における人格権侵害」という点である。背景には使用者との従属関係が進展し、労働者の自由な人格権と抵触してしまっているという事実がある。労働者は一人の主体であるにも関わらず、会社に従属する一部とされてしまっている。
労働者が一人の権利者として尊重される権利、これが人格権である。出発点は、「 時間自由な一人の個人としての労働者」であり、職場秩序というものを前提としてはならない。
労働者個人は性別、国籍、思想等、様々な属性を持っており、これをダイバーシティ(多様性)という。自己決定権を尊重することがダイバーシティである。
人格権の制約根拠は労働契約である。労働契約上の労働義務と個人の自由、自己決定権をどの点で折り合うかが、人格権の保障の範囲の問題である。これを侵害すると不法行為になる。
ひげ裁判でいうと、本来、服装・ひげを生やすかどうかは労働者の自由な自己決定に委ねられている。問題は、労働義務との関係で、それが職務の性質上、職務遂行に明らかな悪影響を及ぼすか否かである。例えば、結婚式場の従業員が「喪章」をつけることは、悪影響があるから認められない。しかし、重要なのは悪影響があるか否かを判断する顧客は「憲法と法律の精神をふまえた良識ある市民」を基準としなければならない点である。良識ある市民から見てもひどい、という場合は制約を受けることになる。従来の判例によれば、本件は明らかに行き過ぎである。
ヘイトハラスメント裁判でいうと、そもそも、人種・国籍は労働者の努力でどうすることもできない、平等原則の根幹である。本件で会社から配布された資料は、労働者個人への攻撃が直接的な目的ではなくても、毎日、原告に嫌悪感を覚えさせる宣伝である。被侵害利益は「自分の属性をいわれなく非難されない権利」「良好な職場環境で就労する権利」「自由な人間関係を形成する権利」といったものになるだろう。使用者にも言論の自由はあるが、労働関係における場合、特別の考慮を必要とする。本件でいえば、あまりに大量な嫌韓資料を、会長が嫌韓の言説部分等に印までつけて配布しているのであって、良好な職場環境を侵害しているといえる。
4 事件報告
ヘイトハラスメント弁護団、ひげ裁判弁護団から、事件の報告をしていただき、原告からご発言いただきました。各弁護団から詳細な報告を頂き、原告からも切実な被害についてご発言いただきました。
5 まとめ
職場における人格権について考えるよい機会となり、大変勉強になりました。西谷先生、各訴訟の原告や参加された皆様、ありがとうございました。