事務局・弁護士 和 田 香
1 「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」について
厚生労働省労政審議会は、2015年2月13日、①働き過ぎ防止のための法制度の整備等、②フレックスタイム制の見直し、③裁量労働制の見直し、④高度プロフェッショナル制度の創設等を盛り込んだ「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」(以下、「報告」という。)をとりまとめ、厚生労働大臣へ建議した。現在、厚生労働省は、当該報告に基づき、本通常国会へ法案の提出を行おうとしている。
報告では、企画業務型裁量労働制の対象業務を拡大させ、労基法の労働時間規制を受けない「高度プロフェッショナル制度」を設けることが提言されている。これは、際限のない長時間労働や残業代不払いを合法化するものであり、到底受け入れられない。何より、過労死等防止対策基本法が施行されるなど、長時間労働の抑制が国の重要課題である現在において、長時間労働を誘発することが明らかな労働時間法制の改悪は許されない。
2 ①働き過ぎ防止のための法制度の整備等
報告は、過重労働等の撲滅に向けた監督指導の徹底、長時間労働抑制や年次有給休暇取得促進等に向けた労使の自主的取組の促進を、働き過ぎ防止のための法制度の整備として挙げている。
しかし、その内容は、年次有給休暇について付与日数が10日以上ある労働者につき、その内の5日分を使用者に時季指定をするなどして確実に取得させること義務づける点が新しい程度で、その他はすでに厚生労働省が実施してきた過重労働対策の域を出るものでない。残業時間の上限規制や休息時間(勤務間インターバル規制)には何ら踏み込んでおらず、まったく不十分な内容である。
3 ②フレックスタイム制の見直し
報告は、フレックスタイム制の清算期間の上限を現行の1か月から3か月に延長することを提案する。しかし、清算期間が長くなると、1日あたりの労働時間をより長時間にすることが可能になり、長時間働く日が増加することが考えられる。この点、清算期間内の1か月ごとに1週間平均50時間を超えた労働時間については当該月における割増賃金の支払い対象とすることが適当とされているが、それでも残業代を支払わなくてよい時間が増加することは明白である。
4 ③裁量労働制の見直し
報告は、裁量労働制の見直しとして、企画業務型裁量労働制について「企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務」や、「事業の運営に関する事項の実施管理とその実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務」についても対象業務範囲とすることを提案する。
しかし、前者については、営業を対象業務にするものであるが、顧客のニーズ等を調査するなどして顧客に合った商品やサービスを提供するということは、一般的に行われている営業手法である。また、後者については、「事業の運営に関する事項の実施管理」は一般的な労働者が日常的に行っている業務である。後述の高度プロフェッショナル制度と異なり、企画業務型裁量労働制の対象労働者については、年収基準が設けられておらず、対象範囲が真に裁量をもって企業の中枢的な業務に従事する労働者のみならず、一般労働者にも際限なく拡大される恐れがある。
そもそも、裁量労働制については使用者が割増賃金の支払いを免れるために法の趣旨を潜脱して悪用している問題が指摘されているところ、このように営業業務や実施管理業務にも適用を広げることは更なる問題の拡大が懸念される。
5 ④特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)
高度プロフェッショナル制度とは、特定の職種で年収1075万円以上の労働者について、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の労基法上の労働時間規制の適用を除外する新たな労働時間制度の提案である。
報告は、当該制度の導入については希望しない労働者には制度が適用されないようにするとしているが、実際に個別労働者が制度の適用を拒否できるとは到底考え難い。また、長時間労働による健康被害の対策のため、医師による面接指導の実施を義務づけるとするが、対象労働者は1月あたり100時間という過労死・過労自殺のラインを超える時間外労働に従事した者であり、実質的な健康被害の歯止めになるとはいえない。
報告では、制度の対象となる労働者について、「高度の専門的知識、技術又は経験を要する」とともに「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった性質を有する者として金融関係のアナリストなどを例示する。しかし、その詳細は法案成立後に省令で規定するとされており、実際は専門業務や企画業務が広く対象とされて、IT産業のSEなども対象になると言われている。また、年収要件についても、昨年8月14日の日本経済新聞は政府が「大企業の課長級の平均である年収800万円超の社員で、勤務時間を自分の判断で決められる中堅以上の社員を想定している」と報道しており、今後なし崩し的に緩和されていくことが容易に予想される。
高度専門業務に携わる労働者は、専門的・管理的業務従事者が多いと考えられるところ、2013年度の過労自殺(精神障害)に係わる労災請求において専門・管理職が26%(1409件中の365件)を占めている。年収1075万円以上の労働者は30代後半と40代のホワイトカラーに集中しているが、この所得階層は長時間労働に従事している割合が高く、過労死・過労自殺が最も多い年齢層である。労働時間が賃金に何ら加味されないとなれば、仕事で成果を出すべく必然的に長時間労働に従事せざるを得なくなり、該当する労働者の長時間労働が一層長時間化して健康被害が増加することも必至である。この制度は、第1次安倍政権時代の2007年に政府が導入を目指したが、世論の強い反対によって断念せざるを得なかったホワイトカラー・エグゼンプションとその本質において何ら変わりはない。
6 まとめ
労働者の命と健康を守るために、労働時間を適正な範囲内に制限することが必要であることは周知の事実であり、報告の内容は到底許されるものではない。
民法協では、報告記載の内容が法制化されることを阻止するため、2月25日にNPO法人働き方ASU―NET等との共催で「ストップ! エグゼンプション緊急集会 ――残業代ゼロ法案を許すな!」を開催し、3月2日には大阪労働者弁護団と共同して街頭宣伝を行うなどしている。
今後も、3月18日に12 時から13時にかけて南森町で街頭宣伝を行う予定ですので、多数のご参加をお願いします。